『誕生日のことばを』ネロはブラッドリーの家のリビングで、持参した物を並べる。
部屋を飾り付けるのはやり過ぎかと思って、ほんの少し、食卓を飾る程度にしていた。
落ち着いたアイボリーにモスグリーンのラインの入ったテーブルマットに金縁の広めの白い皿。いつもは使わないそこそこいいカトラリー。高級店、とまではいかないが、ディナーと呼べるようなセッティングだ。と言っても、カトラリーは使わないかも知れない。おしゃれにしすぎたかと悩んでいれば、短く携帯のバイブが鳴る。
「今から帰る」
と出た表示に、いつも使っているお気に入りのスタンプを返すと、深呼吸をした。
今日は、ブラッドリーの誕生日だ。
冷蔵庫には昨日一晩下味をつけて準備したフライドチキンが油で揚げられるのを待っている。今学校から出たとしたなら、揚げ終わる頃に丁度帰ってくるだろう。
「よし。やるか」
気合いを入れ直すようにエプロンの紐をキュッと結ぶとキッチンへと向かった。
コンロに火をつけ、油を温める。一番美味しく揚げる為には高温になるまでしっかりと待たなければいけない。温度を確認するように衣の一部を油に落とした。パチパチと小さな音を立てて浮かび上がった衣に頷くと、チキンを投入する。浮かび上がったチキンを救い出し、バットへあげれば、香ばしい良い匂いがふわりと漂った。
今日のフライドチキンはチームで出し合ったお金で買ったとびきりいい肉だ。せっかく高い肉が買えるなら、高級牛肉にしようかと思っていたが、ブラッドリーの一番喜ぶものを考えれば自然とこうなったのだが、この香りを嗅げば正解だったと言えるだろう。
「良いできだな」
そう呟いた時、玄関の鍵が開く音と、ドタドタと慌てたように入ってくる足音が響く。
「帰ったぜ! ネロ!」
「おう、お帰り」
「良い匂いだな!」
入ってくるなりキッチンへと顔を見せたブラッドリーは今揚がったばかりのフライドチキンをめざとく見つける。
「おいこら、先、手洗ってこい!」
「わーったよ」
渋々と大人しく洗面所へ向かっていく背中に、ついでに着替えてこいと声をかけた。遠くで気のない声が聞こえた。
「手、洗って着替えて来たぜ! これでいいだろ」
「おう。今揚がったから、座れよ」
タイミングよく帰って来たブラッドリーをセッティングした席へと促す。
「美味そうだな!」
「いい肉だろ。皆で買ったんだぜ」
「さっき学校で聞いて、バイク飛ばして帰ってきた」
「予想より早かったのはそれでか。いっぱいあるから満足するまで食えよな」
「おう」
席に着いたブラッドリーがフライドチキンに伸ばしかけた手をふと止めて、まだ座っていなかったネロを見上げた。見つめられて疑問符を浮かべるネロに口をとがらせて不満そうに、呟くようにいった。
「……そういや、てめぇからはまだ何も聞いてねぇぞ」
「……。」
ネロは一度目をそらすと、向かい側に座って、ゆっくりと呟くように伝えた。
「……誕生日おめでと」
「おう。ありがとな。よし、食うぞ!」
満面の笑みを浮かべ、意気揚々とフライドチキンにかぶりつく姿に、ネロもつられて笑顔になった。
もう一つのプレゼントをどうやって渡そうかと、美味いと笑う顔を見つめながら考える。でも、今日はまだあと数時間あるのだ、しばらくはこの幸せそうな顔を眺めていたいと、ゆっくりと机に頬杖をついた。
終