一輪の花最近、よく店に買いに来る子がいる。
この制服。近くにあるあの高校のだよね。
男子高校生が花を買いにくること自体珍しく、すぐに印象に残った。
お使いで来てるのかな。それとも花が好きなのだろうか。だったらいいな。
自分も昔から花が好きで、だからこの仕事に就こうと思った。
『男が花好きとか、気持ち悪ぃんだよ。』
そういう心ないことを言う人もいたから。もしこの子もそうなら、それはとてもうれしいことだった。
所作の綺麗な子だから、もしかしたらいいとこのお坊ちゃんで家で生け花とかやってるのかも。
似合いそうだなぁ。
「あの」
「あ、はい!」
「これお願いします。」
「かしこまりました。今お包みしますね。」
ちょっと妄想がすぎたな。仕事中なのに。ちゃんとやらないと。
「…………」
今日はリナリアか。
花言葉は「この恋に気づいて」
案外、彼女とかにあげてるのかもしれない。年頃の男の子だし、そう考える方が自然かも。
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
「こちらこそ、いつもありがとうございます。」
礼儀正しいしいい子だ。それに
とても背が高くて、綺麗な顔をしてる。男の自分でも見惚れてしまうような美男子だ。その彼が花束を持つ姿は、まるで絵画みたいに美しく目を奪われる。
「ありがとうございました。」
きっとモテるんだろうなと考えながらお見送りをして。
次はいつ来てくれるかな。
彼の後ろ姿を見ながら、そんなことを思った。
この頃には彼を意識し始めていて、無意識に心待ちにしている自分がいた。
名前も知らない相手に何をと思うかもしれないけれど、多分一目惚れだったんだと思う。
だからあの日は、酷く驚いたのを覚えてる。
「いらっしゃいませ。」
お客さんの気配がして声を出すと、あの彼がちょうど店に入ってきたところで。こんにちはと声をかければ、少し恥ずかしそうにしながらも同じように返してくれた。
「今日はどれにしますか?」
「えっと。じゃあ、この赤いチューリップを12本お願いします。」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ。」
チューリップもバラと同じで本数に意味がある。指定するってことは、その意味を分かってるのかも。意味は確か──
「お待たせしました。」
「…………」
ラッピングし終えた花束を渡すと、彼は無言でそれを受け取る。
どうしたんだろう。いつもだったらお礼を言ってくれるのに。もしかして、ラッピング変だったかな。気に入らなかったのかも。
「あ、あの!」
不安になり口を開こうとした自分より早く彼が口を開き、驚きに固まる自分に花が差し出される。
「これ。貰ってくれますか?」
「え?」
これを、僕に?どうして……
そこまで考えて、頭に浮かんだのは花言葉。
赤いチューリップの花言葉は「愛の告白」
本数の意味は「恋人になって下さい」
「っ…!」
一気に顔に熱が集中し、心臓がばくばくと早鐘を打つ。
え。これドッキリじゃないよね。じゃなかったらからかわれてる?
疑心を抱き、目の前に立つ彼をじっと見つめる。すると花を持つ手が震えていることに気づき、そんな考えを抱いた自分を恥じた。
この子がそんなことするわけない。ずっと見てきてから、自分には分かる。
じゃあこれは、本当に自分へ向けられたものなんだ。
そう思ったら今度はうれしくなって、差し出されたそれにそっと手を添えると返事を返した。
「僕でよければ。」
それから改めて自己紹介をして、僕達はお付き合いすることになった。
憂太の仕事が休みの日。学校帰りに訪ねると笑顔で迎えてくれて。それから何をするでもなく、憂太が淹れてくれた甘いココアを飲みながら二人並んで話をした。
「あの時の悟君。かわいかったなぁ」
「っ…」
事ある毎に憂太はそう口にして、その度自分は恥ずかしくて居た堪れなくなる。
「…もう忘れていいよ」
「忘れられるわけないよ。うれしかったんだから。」
そういって笑った顔が本当にうれしそうで。
ああ。この人を好きになってよかったと、心の底から思った。
「そういえば。結局買った花はどうしてたの?」
「それは──」
「悟。いい加減告白しな。毎回花を貰う私の身にもなってくれよ。」
「…うるせぇな。分かってるよ!分かってるけど……」
「君でも怖いことがあるんだ。」
「……そりゃ怖いだろ。フラれたらって考えたらさ…」
机に突っ伏した自分の頭の上で、息を吐く音がする。さすがに呆れられたかな、なんて考える自分に傑はこう告げた。
「仕方ないな。もしフラれたら、君が行きたがってたスイーツの店。付き合ってあげるよ。」
まあ結局フラれなかったし、スイーツにも付き合ってくれた。色々相談にも乗ってくれたし、あいつにはホント感謝してる。持つべきものは、やはり親友だ。
「友達にあげてた。」
「……その友達って、女の子?」
正直に言えば憂太の顔から表情が消えて、それから冷ややかな声で問われる。彼にしては珍しい反応で、どうしたのだろうと疑問を抱いていると、その意味に思い至り逆に問うた。
「もしかして、嫉妬してる?」
「!」
図星だったのか。目を見開いた後少し罰が悪そうに背けて。けど開き直ったのか。まるで拗ねた子供のように不機嫌さを顕にし自分に向き直る
「そうだよ。君はモテるのに。何でかわいい女の子じゃなくて、こんな歳の離れた僕なんかを選んで、くれたんだろうって……」
だがそれも長くは続かず、段々と尻すぼみになって消えていく。そして最後は悲しい表情を見せた憂太に、自分ははっきりと告げた。
「何言ってんの。憂太、超かわいいじゃん。」
「──え?」
俯いていた顔が上がって、自分を映すその瞳を見ながら笑う。
「他の女なんか眼中にないよ、俺は。憂太が一番かわいい。」
「〜〜っ!」
ほら。そうやって顔を真っ赤にするところとか、ホントかわいいと思う。それに
「憂太こそ。何でオッケーしてくれたの?」
むしろこっちが聞きたい。こんな年下の男なんかを何で好きになってくれたのか。
「……笑わない?」
「絶対笑わない。」
躊躇う憂太に真剣な顔で答えると、意を決したのか。ぽつりと話してくれた。
「一目惚れ、だよ。そんなの信じてなかったから、自分でもビックリしてる。」
「…………」
「怒った…?」
何も答えない自分に不安そうな表情を浮かべた憂太に、慌ててそれを否定する。
「違う違う。俺もビックリしたから。だって俺も─」
学校の帰り道。花屋の前を通り、ふと目にした彼の姿に惹かれた。花を慈しみ、愛でる姿がとても綺麗で。きっと心の綺麗な人なんだって、そう思った。
あの瞳に映りたい。
どうしてかは分からないけど、その時そう思ったんだ。
それが恋心だと気づいたのは大分後になってからで、しかも傑に言われて気がついた。
『恋しちゃったんだね、悟』
言われて気持ちを自覚して、顔を真っ赤に染めた自分を傑はからかって。ムカついたけど、あいつに言われなかったらずっと気づかぬまま過ごしたかもしれない。癪だけど、告白できたのもあいつの後押しがあったからなんだよな。
「悟君?」
改めて親友に感謝していると、途中で言葉を止めた自分を不思議そうに見つめる憂太と目が合い、抱く想いを口に乗せる。
「俺も憂太と同じだよ。一目惚れなんだ。」
言えば憂太は数度まばたきをして、それから
「じゃあ、僕らは相思相愛だね。」
「…っ!」
花が綻ぶように微笑んだ彼に、心臓が高鳴る。
花は綺麗で美しい。その中でも、いつも花に囲まれた彼が自分にはとても美しく、まるで一輪の花ように見えたなんて。そんなことは、口が裂けても言えないから。
「どうかした?」
「……いや。憂太が恥ずかしいこと言うから、俺固まっちゃって。」
巫山戯た態度を取れば、揶揄されてると気付いたのだろう。むっとした表情になり、頬を膨らます年上の彼にホントにかわいい人だなと思う。
「嘘だよ。俺も、憂太のこと大好きだから。」
機嫌を悪くしてしまった彼に抱きつくと、しばらくしてぼそっと声が漏れる。
「……君って狡いよね。」
「ん〜?何が?」
「子供みたいで狡い。」
「ははっ。だって俺、年下の男の子だもん。」
「かわいくないけどね。」
「えー。かわいいでしょ?」
「かわいくない。」
ふいと顔を逸らしてしまった憂太に、少しやりすぎたかなと思いながらゆうたと猫なで声を上げる。いつもならそれで許してくれるのだが、今日は少し様子が違ったようで。
「もう知らない。」
腕から逃れ、背を向けてしまった憂太にさすがにやりすぎたかなと焦りが募る。
「憂太、ごめんって。」
謝っても反応はなく、本気で怒らせてしまったのだと気づき顔から血の気が引いていく。
もしかして、本気で嫌われた?このままケンカ別れになったらどうしよう。
どうすればいいのか分からず、泣きそうになりながらその背を見つめていると、しばらくしてふっと笑う声がして。
「嘘。かわいい。」
こちらを振り返った憂太はいつもの優しい顔をしていて、さっきの仕返しをされたのだと分かり身体から力が抜けていく。
「……憂太のバカ。」
「ごめんごめん。」
情けない顔を見られたくなくて、体育座りをして顔を埋めればその頭を優しい手が撫でた。
「嫌いになんてならないよ。」
「っ……」
不安な心を見透かされて、そんな言葉をかけられて。本当に泣きそうになる。
「…………」
こういう瞬間に、やっぱり自分は子供でこの人は大人なんだとそう感じてしまう。この人にはもっと相応しい相手がいるんじゃないかって、たまにどうしようもなく不安になるのだ。
「好きだよ。」
そんな時、決まって彼は言う。自分を安心させるように、あたたかな言葉とぬくもりをくれる。
「僕は悟君がいい。悟君じゃなきゃ、ヤダよ…」
包み込むように抱きしめられて、その想いが肌を通して伝わってくる。この感情に嘘などないのだと、そう教えてくれているようで。
「俺も好き。憂太じゃなきゃ、ヤダ!」
「わっ!」
顔を上げて勢い良く抱きつくと、自分の体重を受け止めきれなかった憂太がバランスを崩し、二人でラグの上に倒れ込む。
「もー。重いってば。」
「俺の愛が?」
冗談混じりに言えば憂太は目を丸くして。それからバカと言って笑った。
また君に花を贈ろう。今度は
一輪の赤いバラを。
花に囲まれた綺麗なお兄さんに恋した悟青年の物語でした🌷憂太のエプロン姿絶対かわいいよね。という気持ちで書いた。
赤いバラの花言葉「あなたを愛している」「美」
一本「あなただけ」「一目惚れ」
書き終わった後に気づいたのだけど。12月の誕生花バラで、3月の誕生花チューリップじゃん。
という偶然の一致に自分でもビックリしてる。
案外悟がプレゼントするより早く、憂太の方が渡しそうな気がするな🌹