赤安「お待たせ!」
「零くん……!とても可愛いよ……俺のために……?」
「お前のためじゃなかったら誰のためだよ」
カーキ色のサマーニットの下には薄手の白シャツが覗き、すらっとした黒スキニーにスニーカー。お洒落な彼とは対極に、自分はいつも通りの黒シャツに黒ズボン。一応、このシャツはブランド物で、三万もしたものだが、それでもこの全身真っ黒の組み合わせではまるで葬式のようだ。
「君は本当にセンスがあるね……」
「コーディネートしてあげましょうか。僕に見合う男に仕上げてあげますよ」
「いいのか……?」
「僕の隣に立ってる男が、そんな喪服ファッションでは相応しくないので。そうとなったら早速行きましょう、あなたに似合いそうな服が売ってる、おすすめのお店があります」
当たり前のように握られた手をぐいっと引かれて、なんだか嬉し恥ずかしで頬が染まる。零くんに連れられるまま俺の車に乗り込む。けれど運転手は彼だ。実に乗り心地がよい運転。たどり着いたショッピングモールで、全身、上から下まで全部を彼に見繕ってもらって、言われるがままに購入した。彼が言うなら間違いない。
それからランチをして、映画を見て、日も暮れて……。
予約しておいた高層レストランで、夜景を見ながらのディナー。
「……実は」
口を開いたのは俺の方で、零くんは肉に添えたナイフの手をぴたりと止めた。
「ん?」
「今日は初デートの日だから、すごく緊張してたんだ。でも君の笑顔を見ていたら、緊張はみるみる解けて、愛しさが溢れて……」
「そういう台詞を、さらりと言えてしまうとこ、やっぱりアメリカ人ですね……」
くすくすと笑う彼が、可愛くて愛しくて、本当に大切で、心が締め付けられる。
「ティーンのようなことしか言えないよ。でも言わせてくれ……ずっと、ずっと一緒にいよう……誰かをこんなに愛したのは初めてなんだ……」
「ええ。ずっと一緒です。ずーっと。僕、もう、勝手に同棲だって考えてるんですよ」
「……本当か?!願ったり叶ったりだ……。俺の家は一人で住むには広いから、よければ……」
「いいんですか?それじゃあ……」
零くんは綺麗な青い目で、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「このあと……早速……」
ああ、なんて嬉しいことだろう。これは夢かもしれない。零くんが恋人になってくれて、初デートの初日から、さっそく家に来てくれるなんて。
「ああ、ディナーが終わったら行こうな」
「散らかってたら、片付けさせて頂きますからね」
「なんだか悪いなぁ……」
嬉しいなあ、嬉しいなあ。零くんが俺の家に来てくれる。
愛おしい、愛おしい。
下手な芝居が愛おしい。
「僕、ちょっとお手洗いに」
「ああ。行っといで」
可愛いなぁ。俺が気付いてないかどうか、内心ずっとヒヤヒヤしてるんだろう。可愛いなぁ。
「……風見、もうすぐ店から出る。僕のGPSを確認しておいてくれ、念の為に機動隊の出動準備も頼む」
『はい!』
今回のケースだと、そうだなあ……おそらく彼らのプロファイリングでは、被害者の生存時間は残り三時間という計算かな?
「おまたせしました。すみません」
「構わないよ。行こうか」
零くんは今が一番緊張していることだろう。
レストランから出て、車に乗り込み、今度は俺が運転手だ。
「赤井、あの……何かCDかけてもいいですか?あります?」
「グローブボックスに入っているよ」
「んーと……あれ、ぜんぶ真っ白。ダビングしたやつ?……違法ダウンロードじゃないでしょうね」
「そんなまさか」
適当に一枚、真っ白のディスクを挿入する。車載モニターに映像が映し出された。DVDだったようだ。
「これ……」
粗い画質、暗い映像に、緑色で映し出される人物。暗視カメラでの映像だ。
「え……?」
映像の中はどこかの小さな部屋、窓は見当たらず、映っている人物をよく見れば、それは。
「……あ、梓さん……?」
「彼女の傍の……爆弾が……爆発するまで……確か……残り……二時間ほどだったかな……」
「……っ、貴様……!」
「零くん、取引しよう」
零くんが俺を見ている。零くんは俺のことで頭がいっぱいだ。嬉しい。嬉しい。
「君を閉じ込めさせてくれたら、代わりに彼女を解放するよ。二時間以内に答えをくれ」
助手席の彼へ伸ばした手には、強力な睡眠薬。
「飲めばすぐに眠りに落ちるよ。目が覚めたら彼女は自由、君は不自由。飲まなきゃ彼女は爆死、君は自由だ。いい取引だろう?」
彼は震える手で俺の手から睡眠薬を受け取った。