こだきバニー アテンションプリーズ!
説明はもう不要かもしれないが、これは例によって例のごとく、語り部を務めるわたし瞳島眉美が『神の視線』でお届けするエピソードである。
**
川池湖滝嬢は混乱していた。
困惑していた、と言い換えてもいいだろう。
なぜなら、本日のお着替えとして用意されていた衣装が、湖滝ちゃんにとって初めて目にする類のものだったからだ。
早々に本筋から脱線するが、ここでお着替えについて解説しよう。
年上の婚約者――咲口長広氏の自室で、ホームパーティという名の、ふたりきりのお茶会が開かれるようになって久しい(わたしに言わせれば、それはホームパーティではなくルームパーティだ)。
当初は婚約者同士の親睦を深めるためのお茶会として始まったのだが、アフターヌーンティーを楽しむだけでなく、年度が改まってから先輩くんは、月に一度の割合で、湖滝ちゃんに『お着替え』と称した衣装を用意するようになった(お着替えなんて聞こえはいいが、わたしに言わせれば、要するにコスプレだ)。
もちろんお着替えを強要することはない。いくら私利私欲にまみれたロリコンでもその辺りはわきまえている。湖滝ちゃんが「着たくない」と言えば、衣装についてそれ以上言い及ぶことはなかった。
けれど――悪魔といえども、湖滝ちゃんだって幼い女の子。
同じ年頃の子どもが着せ替え人形のドレスに憧れるように、湖滝ちゃんも可愛らしい衣装にそれなりの興味関心を持っていたわけで。着てみますかと訊かれ、無関心を装いつつもこくりとうなずいたわけで。
かくして、双方同意の『ホームパーティーでのお着替え』が、つつがなく始まったのであった。
お着替えといっても、当初はごくささやかなものだった。
手始めに、湖滝ちゃんに用意されていたのは、衣装ではなく、ふわふわした黒い耳がキュートな猫耳のカチューシャだった。着物の上から試しにカチューシャを付けてみせると、「よくお似合いですよ」と先輩くんがにっこり目を細めるのも、くすぐったくてうれしかった(とのこと、幼女談)。
そして、ナース服、メイド服、巫女装束と続く(徐々にニッチさが増していく気がするのはわたしの気のせい?)。いずれの衣装……というより看護師さんやメイドさんや巫女さんそのものを見たことがあったし、誰に教わるでもなく、湖滝ちゃんはそれらの衣装をひとりですんなり着用することができた。
衣装の調達先について詳しいことは聞かされていなかったけれど、ふしぎなことに、どれも誂えたかのように幼女の身体にサイズがぴったりだった。――って、実際、湖滝ちゃん用に特別なルートで仕立てられたものなのだから、当然といえば当然なのだけど(ところで、どうやって湖滝ちゃんの採寸をしたのだろう?)。
閑話休題。
今回のお茶会でもてっきりワンピース風もしくは着物風の衣装が用意されていると思っていたのに、予想は大きく外れることになる。前述した通り、本日のお着替えは、湖滝ちゃんの――まだ七年にも満たない――人生の中で初めて目にするものだった。
最初はワンピースタイプの水着かと思った。
水着を着て、これからプールにでも行くのだろうかと思った。
けれど、更衣室代わりのウォークインクローゼットに案内され、バゲージラックの上に水着(のようなもの)と一緒に並んでいたのは、スイムキャップでもゴーグルでもなく、蝶ネクタイ付きのつけ襟、カフス、ストッキング、少しだけかかとの高いワンストラップシューズ、そして、うさ耳ヘッドピース(!)とうさしっぽ(!)という、水泳とはおよそ無関係だと思える付属品ばかりだったのだ。
「水着と……うさぎ……?」
つぶやいて、幼女は首を傾げた。
見た感じ、ただの水着ではなさそうだ。ただのうさぎでもなさそうだ。これはいったい何の格好だろう?
「湖滝さん、着方は分かりますか?」
クローゼットの扉越しに先輩くんの声が聞こえる。
「だ、大丈夫だ!」
慌てて返事をし、ひと呼吸おいてから、湖滝ちゃんはふるふるとかぶりを振った。
「こんな衣装くらいひとりで着られるようにならなきゃ、いつまで経っても長広に子ども扱いされちまう……」
着方が分からねえとか言ってられねえ、なるようになれだ! と、湖滝ちゃんは意を決して、黒い水着――バニーガールのボディスーツに手を伸ばした。
**
結局、背中のジッパーをじょうずに上げられなくて、湖滝ちゃんはお着替えの仕上げを先輩くんに手伝ってもらうことになる。味をしめた(と、断言しちゃってもかまわないわよね!)ロリコンがこの後、黒バニーちゃんの他にも白バニーちゃんやふわもこワンピバニーちゃん、メイドバニーちゃんに着ぐるみバニーちゃん等々各種バニーガールの衣装を用意するようになることを、湖滝ちゃんはまだ知らない。
――あの男、どれだけバニー湖滝ちゃんにご執心なのよ。
いつぞやのリーズナブルダウトでバニーちゃん達にきゃっきゃっと取り囲まれた時、そりゃあ先輩くんはカジノのバニーちゃん達に一ナノメートルたりともなびかなかったわけだよな、さすが筋金入りのこだ専は徹底しているわ……と、今さらながらわたしは合点がいったのであった。