風評被害 黄昏が夕闇の色に変わり、無色透明の沈黙がバス停を包み込む。メリーゴーラウンドの照明がベンチを固定する金具に鈍く反射するのを、わたしはどうにも落ち着かない心持ちで見ていた。
バスが来るまでまだ時間がある。
せっかくの機会だ、以前から思っていたことを告げるべく、わたしはお隣に座る髪飾中学校生徒会長へ声をかけた。
「ねえ、札槻くん。ちょっといいかしら」
「はい、何でしょう? 瞳島さん」
「札槻くんって、見た目だけなら関西弁を話してそうなイメージよね」
札槻くんの細い眉がぴくりと動く。
「ひとを見た目で判断してはいけませんよ、とご忠告申し上げたいところですが、後学のために、そのように見えた理由をうかがっておきましょう。瞳島さん、お聞かせ願えますか?」
「ほら、某G・Iさんを筆頭に、糸目キャラって、裏切り者で悪役で性格が悪くて胡散臭くて腹黒で関西弁を話している確率が高いじゃない?」
「非道い言われようですね、誰ですかG・Iさんって。『高いじゃない?』と言われても、僕は裏切り者でも悪役でも性格が悪いわけでも胡散臭いわけでも腹黒いわけでもないので、何ともコメントしようがないですね。――ああ、でも……」
「でも?」
「それが僕のイメージだと他ならぬ瞳島さんがおっしゃるのでしたら、それ相応に振る舞うことを厭う僕ではありませんよ」
例えば、こんな感じでしょうか……と、札槻くんは上体を屈めるようにしてわたしをのぞき込んだ。
「あきまへんなぁ、そないに無防備に、胡散臭いて思てはる男んとこへ飛び込んできはったら。何されても、文句言えまへんえ?」
わたしの耳からわたしの体内へ侵入した札槻くんの声が、わたしの身体を内側から撫で上げて――ぞくりと肌が粟立つ。先輩くんと同じようにひとを魅力する声だけれど、あちらがひとを啓く天使の声だとしたら、こちらはひとを唆すぺてん師の声。
「――いかがでしょう? 多少なりとも瞳島さんが思われていたイメージに近づけたでしょうか?」
前ぶれなくポーズボタンを解除されたかのように、わたしはカクっと首をもたげた。
「め……、めちゃくちゃネイティブっぽかった! ちょっと鳥肌立ったわ」
「それはどうも。ついでながら瞳島さんの僕に対する好感度もプラスの方向へ変化が生じていれば嬉しいのですが」
札槻くんがくすくすっと笑う。
「いや、そういうのは全然ないなー」
「おやおや、それは残念です」
うそ。残念だなんてこれっぽっちも思っていないくせに。相変わらず口がうまいなあ。
わざわざ問い質すのも粋じゃないわよね……と、相槌代わりにこぼしたため息はあまりにも頼りなげで、通りの向こうから聴こえてきたバスのエンジン音にかき消されてしまった。