N-2 N-2
とある城の一室。げっそりと疲れ切った二人の吸血鬼がテーブルを挟んで座っている。一人はテーブルに突っ伏し、もう一人は椅子の背に身体を預けてなんとか姿勢を維持していた。
「ドラウスは良くやってる……いつもあの御方の遊びに付き合ってるんだから」
ノースディンは椅子の背にもたれて天井を見たまま言う。
「うう……ありがとう、ノース」
ドラウスはテーブルから顔を起こしてノースディンを見た。
「今回はどうなることかと思ったよ……ドラルクが采配を振るってくれて、助かった」
「あの子も頑張ったな」
弟子の前では絶対に言わない素直な感想。親友にして弟子の父親であるドラウスにだけは言ってもよかろう。もちろん、口止めはするのだが。
「それに比べて俺は……ハァ……。俺は冷蔵庫の奥で忘れられた調味料の瓶……の底のなんか変色してネバネバしたやつ……」
「そこで戻るな」
ドラウスはふたたびテーブルに突っ伏した。
「お父様だって、どういうつもりであんな事言ったのか」
「『そろそろ当主やる?』って、あれか?」
「そう。『良い時代まで生きた』って、いつ死んでもいいみたいなこと言うしさ。息子としてはショックだよ」
「……」
それは真祖を敬愛するノースディンにとっても同じだ。不死の種族の頂点にいる御方が、人間の弱った年寄りみたいなことを。真祖の言葉はそうした血族としての感情に加えて、ノースディンに複雑な気持ちを起こさせた。
良い時代、か、そうか。
「俺にはお父様のような力は無いし、親の七光りみたいな者に当主なんて務まるわけが」
「ドラウス。顔を上げろ」
ドラウスは上目づかいでノースディンを見た。
「あの子が少しでも生きやすい世の中を作るためにって、頑張ってきたのはお前じゃないか」
「それも大部分はミラさんが」
「あのひとは人間相手に頑張ってる。だがそれも、後ろで我々を束ねる者が居てこそだろう? 考えても見ろ。『古き血』の会議なんか、あんなアクの強い連中を相手にして物別れにならないで続いてるのは並大抵のことじゃないぞ」
「ノースもそのアクの強い一員なんだけど」
「メンバーに味方が一人居るのは、悪くないと思うがね」
親子そっくりの癖がついた銀色の頭をノースディンはポスポスと叩く。ブラッシングしたてのむく犬のような、優しい手触り。
ノースディンが人間への不信感をあらわにしないのは、この親友が人間への歩み寄りを是としており、そのために心を砕いてきたのを間近で見てきたからだ。
ミラが法曹として、人間の世界のルールが吸血鬼たちに適切に行使されるよう働きかけていなかったら。ドラウスが『古き血』の吸血鬼たちを纏め上げず、それぞれ勝手に振る舞うままにしていたら。世界は吸血鬼たちにとっても、人間たちにとっても、もっとひどいことになっていただろう。だから、いまの世界はかなりましなほうだ。親友とその妻の努力の賜物である。
親友。ノースディンはその言葉を感傷とともに噛み締める。苦い。本当は、このむく犬のような手触りを自分だけのものにしたいと思った時もあった。大昔の、誰も知らない話だ。
ノースディンはもう一度ドラウスの髪に触れた。
「自信を持て。お前は今までもやってきたし、これからもできる奴だ。あの御方に万一なんて考えたくもないが――お前とミラさんならきっと大丈夫だ。私もついてる」
我ながらスラスラと良く出てくるものだ。ノースディンは秘かに自己嫌悪する。親友にあかせない気持ちはあれこれと根雪のように積もって、言葉ばかりが達者になっていく。