ベッド階下からの声に呼ばれて進藤が階段を降りていく。
お茶でも持ってくるのだろう。すぐ戻るから、の、『すぐ』を強調した言い方。床を蹴った足の先。ドタバタという足音。その慌てた素振り一つ一つに、思わずクスッと笑いが込み上げてくる。
「ふーん……けっこう綺麗にしてんじゃん」
進藤の部屋は見渡すところ小綺麗に見えた。
でもあいつのことだ、きっと母親に片付けてもらっているに違いない。
おっ、ちゃんと囲碁の本とかもあんじゃん。ちょっと意外かも…。
なんて、あまりじろじろ見たら不躾だろうか。目線を下におろす。そしたらなんだかすぐ間がもたなくなって、独りベッドに腰掛けた。
「……」
気付いたら進藤がお茶をのせた おぼんを持ったまま突っ立ってこっちを見ていた。
「おま……なんだよ。戻って来てたんなら声くらいかけろよな」
「………いや……」
ナニが、いや…だよ。
ハッキリしない物言いに不満を持ちつつ視線を投げるが、進藤は落ち着かないようにソワソワしながら目線を ちらつかせている。
いちど鼻から息を通して、何?とまた苛つきながら返事を催促すると、鼻を啜るわけでもないのに鼻の下を擦りながら言った。
「…あのさ。お、オトコの部屋でベッドに座るって……そのっ………誘ってる、のかなって……………なる。…かも。」
予想外の話に返す言葉もなくなってしまった。
「…」
「…」
誘ってるって………
アレ のことしか、ない よな……
突然の流れに面食らってしまい、ンなもん知るか!といつものように突っぱねることも出来なかった。
…と言うより、そんなこと知らなかったという思いから、少し恥ずかしくなったのもあって沈黙してしまったと言うのが正しい。
気付いたら顔に向かって進藤の手が伸びていた。
壊れやすいものにそっと触るような、物凄くゆっくりしていて、それでいて柔らかくて、愛おしい仕草だった。
恥ずかしいのに その手を引き剥がせないでいると、コップについた結露で湿った手は撫でるように頬を辿った。
それが突然、重力に逆らうように下から上に撫で上げられ、その意外性に軽く声が出てしまった。
「…………………は…………ッ!…」
聞き逃さないというように瞳が揺れるのが見えた。
もう出てしまった吐息混じりの声。今さらどうしようもないのに思わず手で口を押さえた。
「お、おばさん…下に…いるんだろ…」
少しよろめきながら言うと
進藤はしばらく、その場で まばたきを繰り返していたが、顔を近づけて答えた。
「……それって……声でちゃう、ってこと…?」