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    毒戦BELIEVER⑤

    ##毒戦
    #毒戦BELIEVER

    Bottom 手を引かれ、車から降ろされても、まだ言葉が出てこない。
     とんでもなく間抜けな顔をしているだろうラクと目が合っても、ウォノは何も言わず背を向けた。
     助手席のドアが閉まり、手を引かれるまま家に向かう。
     本人が纏おうとする武骨さにそぐわない繊細そうな指と、厚く広い手の平。
     この手に殴られ、掴まれ、脅されたのに、無性に触れたかった。
     ウォノの強引さは、ラクがこれまでの人生で嫌というほど味わった理不尽な暴力とは違う。逆らえないのは――刑事の犯人に対する技術や経験特有の圧か――いや、命懸けの気迫は、人の命を守るためのものだ。私欲や暴力性ではなく、情が加わって激しさを増す。
     まだ道を正せる誰かを、救おうとしては喪ってきた経験からの執念。
     温かくて、握る強さが心地好い。
    「ウォノ」
     やっとのことで名を呼ぶが、ウォノは立ち止まらず家に入る。
     灰皿で煙草を消した後、やっと手を解いて向き合った。
    「ラク」
     泣きそうになりながら、逞しい肩に頬を預ける。
     頬の傷を軽く指でなぞられ、そのまま強く抱きしめられた。
    「僕の気持ちに答えてくれたと思って、いいですか」
    「ああ」
    「もう少し、わかりやすくして欲しいです」
    「お前が言うか、それ」
    「言葉で聞きたいんです。あなたの考えや想いを」
    「……もう、駆け引きの必要はない。現実が追い着くまで、俺も夢を見ることにした」
     ラクの言葉に全て意味があると知る男は、ラクの言葉を借り、そう言い切った。
    「あなたが今まで大事にしてきたことを否定したくない。でも、全部台無しにしてしまうかも」
     共にいることを望むなら、ウォノも何らかの法を破ることになるだろう。
    「お前、すっかり毒気が抜けたな。一緒に地獄に落ちるつもりで誘ってるのかと思ったのに。底なしだった闇に、底ができたか」
    「闇の底、ですか」
     師匠と弟子か何かのようにそう言われ、妙な居心地の悪さを覚えた。
     ウォノもラクも、お互い上から目線でいるから対等な気でいられるが、未熟な若者扱いをされているのは感じる。
    「今までの自分の信念や感情を否定はしない。罪を犯した人間を裁くのは法と信念に基づいた仕事だったが、お前を救えないまま罰するのは感情に反する。警察組織の体面を保つための采配にも疑問はあった。法は完全じゃないし、お前は法で裁くには手に余る。だから、現実が結末を決めるまで待つことにする。離別するまでは、保護観察つき執行猶予みたいなもんだ」
    「僕はウォノの側にいたいだけなので、それ、ただのご褒美なんですけど」
     警察や自分が、貧しさや不幸から小さいお前を遠ざけられなくてすまなかったと、謝られているようだった。
     お前を悪事から守れたら良かったのにと、泣いているようだった。
     ラクの中には、地獄から連れ出して守るべきだった小さな子どもがまだいて、ウォノにはそれが見えてしまうのだろう。だから、見捨てられないのだ。
     でもラクはもう、小さな子どもではない。
    「その間にお前に嫌われるかもしれん――潜入先の誰かに絆されて迷走する奴は山ほど見てきた――自分だけはそうなるまいと思ってたのに、魔物みたいな極悪人に絆されるなんてな」
     吹っ切れたウォノは、諦観した清々しい顔でいる。ラクも徐々に自分らしい落ち着きを取り戻し、気が抜けて、身体が温まっていく。
    「嫌いになって別れることはないと思いますけど、不満はあります」
    「どんな不満だ」
    「僕の反応、面白がってたんですか」
     悔しい。いつから、こうすることに決めていたのか。
    「俺を泳がせて楽しんでたのはお前だ」
     ラクを撃った後しばらくウォノは、確かに迷い惑っていた。
     行動の理由がラクへ向かう強い情によるものだとは自覚しつつも、そこに愛情や執着を含む運命的な絆があることを認められずにいたはずだ。
    「僕を捨て身で追いかけて来たくせに、往生際が悪いからです」
     いつから、駆け引きぶった煽り文句も口説き文句も告白も、ウォノにはリーチの合わない子どものパンチみたいに見えていたのか。
    「運命の相手ごっこが続く間は、お前はもう罪を犯さなくて済むんだろ」
     冷たい髪をゆっくり梳かれ、ライカを撫でる指を思い出す。
     駄目だ。敵わない。
     目を閉じて、指の動きと厚い身体に身を任せる。
     ラクとの馴れ合いを拒否し、情に流されるのを恐れた手が、今はラクだけのものだ。
    「ごっこじゃないです。少なくとも、僕にとっては」
     強く抱きしめて、悔しさと気持ちを伝えた。ウォノは揺らがずに背中を撫でている。
     視線の先でライカと一瞬目が合ったが、眠っていいと手で合図した。
     涙目でウォノを睨んだら、複雑な表情に迎えられた。
    「何年も散々、振り回されて弄ばれたのは俺だ。偽者に惑わされずにいれば、もっと早く軌道修正できた」
     偽者に困っていたのはこちらも同じだ。
    「軌道修正?僕の?」
    「そうだな」
     迷える子羊扱いか。
     幼少期はそうだとしても、道を誤ったわけではない。自分の選択で動けるようになってからは、置かれた状況を最大限利用して生きることを選んだのだ。
     仕事は忙しく、面倒もあったが、自由だと感じられていた。
    「殴って撃ったのも、軌道修正?キスだって急だったし、はっきり好きだとも言ってくれない。自分勝手でひどい男だ」
     何故ウォノを好きなのかなんて、理屈ではわからない。
     イ先生への関心の強さや執念に惹かれた?
     捜査の最中は手段を選ばない強さに驚いたから?
    「ずいぶん殊勝なことを言うな。やられたことをきっちりやり返す男だろ、お前は」
     目には目を、腕には腕を、炎には炎を。
     やり返すに値する被害も理由もあり、実行犯は兄妹だったとはいえ、ラクの冷酷で残虐な部分はウォノにも知れている。
     同時に、強い憎しみの源にある感情的な部分も。
    「あなたを殴っても楽しくない」
     殺すのは惜しい。それは確かだ。
    「センスはいいが、男の趣味は良くない」
    「あなたがいい男だなんて、一言も言ってませんけど」
    「はは、確かに」
     言ってないのは確かだが、いい男だと思う。強い力を持ちながら、感情と理性の間で苦悩する様は美しい。ウォノ自身がそれを愚かだと思っているのさえ、美しいと思う。
     哀愁と情熱と憎しみと、隠せない慈愛。
    「なんで笑ってるんですか」
    「取り乱すと子どもっぽいから」
     見抜かれている。
     自分はウォノのような苦悩すらしない冷たい人間で、自分にとって大事なものにだけ執着し守ろうとする、子どもっぽいエゴの塊だ。
     そのエゴに人間らしさを見て、もう少し人らしく振る舞えるはずだと揺さぶってくる。
    「――嫌いだ」
     甘えたいと思ってはいたのに、子ども扱いされるのは悔しい。でも大事にされるのは嬉しくて、心地好いものだと受け入れてしまえばいいと、本当は知っている。
     自分の愚かさを認めたくはないが、自分を完璧にコントロールできていると思い込むほど馬鹿じゃない。
     無防備で無邪気になった自分が子どもでないと気付いた瞬間、夢から覚めて、これまでの悪行を悔いる最悪の地獄が待っている。それでもいい。これは夢だ。
     無邪気な振りをして残酷で狡いまま、天国と地獄の境界に留まる彼を誑かし唆しては、呆れた顔で諭されて、愉快に暮らしていたいのだ。
     未熟で危なっかしいと思われるのが嬉しいのは、ウォノだからだ。
     だから好きだとわかった。
    「なんだ、もう振られたか」
     潤んだ目と触れているところから、温かいものが流れ込んでくる。
     注がれる度に溺れてしまう。
     薬物に手を出す輩だって、本当はこれが欲しいのに得られず、誤った毒に溺れるのだ。
    「振ってない。ウォノ――笑うとかわいいんだ」
    「うん?」
     ラクの指摘に、ウォノは困惑する。
    「かわいい。もっと笑って」
    「おい……」
     頬をほぐすように触れると、ライカにじゃれつかれた時と同じ反応をされる。
     悔しさは消えないまま、今度はラクがウォノの唇を奪った。
     積極的に触れたいと思うのは、ウォノだけだ。触れてもいいなら、もう我慢はしない。
    「先手を取られても、逆転のチャンスはありますから」
     最後に勝つのは僕だ。
     息を継ぎ、啖呵を切ろうとしたところで、ふわりと身体が浮いた。
    「駆け引きは必要ないと言ったろ。ゲームがしたいなら付き合ってもいいが、勝ち負けにこだわる気はない」
     ロマンチックには程遠い姿勢で担がれ、寝室へ向かう。
     ベッドに転がされたが、押し倒されたわけではない。
    「……ウォノ」
     乱れた髪を直し、どうするつもりか見定める。
    「見た目より重いな」
     ウォノはゆったり上着を脱ぎ、隣に寝そべった。
     愉快そうにしているが、迫ってくる気配はない。
    「――しないんですか」
     仕方なくラクも上着を脇に置き、眠る体勢に戻る。
     ライカを挟んでいたより近くで、ウォノと向き合う。
     ウォノは動じずに、またラクの頬を指の背で撫でた。
    「さっきのキスは、俺がしたくなっただけだ」
    「そうやってまた勝手にゲームを始めるくせに、僕を批判するんですか?勝負なら勝ちたいと思ってるし、勝てると思って仕掛けてる。でも、ロマンチストですよね」
    「お前もな。表情に出なくても、感情の激しさはわかる」
    「いつからそんな風に僕を見てたんですか」
    「そんな風、ねぇ」
     ウォノは片眉を上げ、目を細めた。
    「ほら。すぐに誑かす。それなりに人を惑わせる色気はあるって自覚してますよね」
    「お前、俺ごときに誑かされてるのか」
     からかうように笑った顔も、いちいち好みでずるい。
     ムカついたのでまた、頬をつねるように指でつかんだ。
    「じゃなきゃとっくに殺してる。チンピラでもクズでも、善性を見出して懐柔するための観察は常にでしょうけど」
     認めても別に構わない。自分の強みを自覚している人間は好きだ。
    「いつからって――霊安室にいるお前を見つけた時か。自分の油断を悔いながら、近しい者の死を悼み、怒りを燃やしている顔だった。まるで――一国の王か何かみたいに」
     思い出した光景に見惚れるようなウォノの表情に、どきりとした。
    「でも、イ先生だとは思わなかった?」
    「均衡を保つ能力が高いのは見抜けた。でも、組織の核に近い人間なのか、ただイ先生の気に入るよう動けるだけか、工場の優秀な管理者だったというだけなのか、格の大きさが計れなかった。お前はなぜ逃亡しないのか、理由が知りたかった。そもそも俺はイ先生が人なのかどうかも疑ってた。そういうシステムか役職に過ぎないのかと思う度、偽者が現れて面倒だった」
    「逃げるのはいつでもできた。僕が意識を失っていた間のことを知りたかった」
     最初の取り調べの時、初めは避けていた視線。
     深くまで見破ろうと仕掛けてきたウォノの眼差しを、自分も知りたくて正面で受けた。
    「その後は、犬の話に反応した時。ライカに再会した時。あの兄妹と葬儀をしていた時。単に所有物としてじゃなく、生きたものとの繋がりを大事に思う情があるとは気付いた。今思えば、自分だけに用意された社会的な記録や証明の無いお前の人生で確かなのは、その身体で体験した記憶と、信頼を積み重ねた誰かとの繋がりだけだからってことかもな」
    「悲しみより憤りが強くて、恨みと憎しみでいっぱいだった」
    「それから、過剰摂取した俺を助けた時。俺が死んだら偽者を突き止められず、自分の恨みを晴らせないからかと思ったが――それにしたって情で身体が動くなら、これまで捕まえた組織の奴らより人間性が残ってると思った。お前は無意識に、俺と繋がろうとした。俺は逆に、自分と似たものを感じたから、深入りしないよう距離を置こうとしたんだ」
     自分が薬物を作って売ることで悪党が蔓延ることが、大罪だという自覚もある。
     大罪だからウォノに追われてきたのだ。
    「好んで薬を使ったなら自業自得だけど……僕のせいで誰かが死ぬのはもう、嫌だった」
    「それでいて、母親の死とライカの傷を見た時にはもう、同じ目に遭わせてやろうと決めていたんだろ」
    「何かの過失なら仕方ないと思えたし、許せたかもしれない。でも違った。あなたの大事な人の命を奪う気はなかった」
    「ゲームや駆け引きに強いと、全能感や俯瞰から見下す感覚があるだろ。そんな自分をどう思ってる?」
    「狂っているのは自覚しています。自分の狂気や残酷さを楽しんでいることも認めます。ただ僕は、あなたの守ろうとしていた世界に踏み込まないよう、線引きをしてきた。その一線を越えるなら、大事なものを守るために闘うしかないんです」
     結局何もかも、エゴでしかない。
     ウォノも、その罪の重さを忘れるつもりはないだろう。本当のラクを救い、イ先生の部分だけを裁きたいのだ。でも結局は同じ人間だから、分離はできない。
    「身体が落ち着かないんなら――できるところまでは付き合う」
     肌を滑る指に、自分でも知らない人間らしさを暴かれたいと望んでいる。
     暴かれ目覚めてしまったら、自分の狂気を悔いるだろう。その苦しみを罰として仕掛けられていたとしても、それでいい。
    「どこまでできるかなんて知らない。でも、初めて誰かとしたいって思えたんです」
    「何を焦ってる」
    「知らないけど、わかったから。多分、あなたの言う『しなくていい経験』と同じようなことを無理矢理仕掛けられることはあったけど、わからなかった。みんながどうしてそんなに、誰かとそうしたいのかが」
     ウォノになら見せてもいい。
     ウォノだけに、見て欲しい。
    「でも、自分ではしてたんだろ。というかお前、ゲイなのか?バイ?」
    「ゲイなのかな。わかりません。ずっと生きてきた環境は悪かったから、いろんな性癖は見てきたけど、見過ぎたのかも。性的なものに反応はしても、奪われたり傷付けられるのが当たり前の世界にいたから。人とすることに興味はそこまでなくて……」
    「あぁ……」
    「あなたを好きだなと思って、想像しながら試してみたら、良かったというか……僕の中でいくあなたを見たくなって」
    「馬鹿。そこまで具体的に語らなくていい。想像してるだけの方がいいこともある」
    「はっきり言わないと、わからないのかと。あなたは納得したいんでしょ」
    「……じゃあ、性的行為以外は何に興奮する?暴力か?ゲームみたいな駆け引きか」
    「あなたの感情と頭脳、表現するものに興味があって、好きだと思います。中身も顔も身体も好きですけど、煙草の匂いと、ライカの撫で方?声も好きです」
    「俺のどこが好きって話じゃ……いや、そういう話か」
     ウォノは取り調べの最中に口説かれたみたいに困ったが、ラクにとっては逆だ。
    「なんで僕ばっかり――ウォノは?」
    「俺は、肉体関係を持てるかどうかだけで言えば、許容範囲は広い方だ。捜査でも身体は張ってたし。特定の相手がいない時、安全な相手に望まれれば、自分の貞操は割とどうでも良かった」
     それが得意な戦法なのはわかるが、囮捜査であれだけ自分を投げ出す男も珍しい。
    「欲求が先で、したい時は合意があれば誰でもよくなるってことですか?」
    「そこまで無節操じゃないが……若い時は、まあ、色々あった。潜入先でせざるを得ないこともあったし」
    「さっき、それ言うタイミングありましたよね。言いやすいように質問してあげたのに」
    「まともに恋人になれた相手は稀だ。どう始まっても大体、仕事のせいで会えなくなって終わる」
     違う。始まった時点で、いつか終わると思っているのはウォノだけだ。遊びで寝るタイプでもないのに身体目当てだと侮って、相手の誘いに乗るからいけない。
    「でもいたんだ」
     しかも、しっかり相手から望まれているじゃないか。ああ、だから――いい男かどうかではなくて、センスがいいのに趣味が悪いと言ったのか。
    「もういない」
     とんでもないことを白状したことに気付かないウォノに、おかしさが込み上げる。
    「今まで恋人と上手くいかなかったのは、お互いに納得できない部分があったからでは?どうしてイ先生にそんなにこだわるのか口論したりね。それ、仕事より優先した相手は僕だけってことになりませんかね」
     仕事の範疇を出て人生を賭け、恋すら超えてウォノの情熱と興味が向いていたのは、イ先生だ。
    「そ……」
     ああ、今やっと気付いたか。笑いながらウォノを見る。
    「イ先生を追っていたせいで、他の人とは別れてきたってことですもんね。正体がわかったら、今まで追っていた幻影でなく――ソ・ヨンナクとして生きてきた、自分でも誰だかわからないこの僕と惹かれ合ってしまったわけだし」
    「……そうなるのか」
     悔しげにそう吐き捨てて、ウォノは仰向けになり、ため息をついた。
     さっきからそういう話をしていたつもりだが、はっきり言葉にされると悔しいのか。
    「で、僕は恋人になれるんですか?なりたいと言わないほうが終わらずに済むってことですか?あなたにそうなりたいと言わせればいいんですか?許容範囲内なだけですか」
    「お前、もの好きだな」
     もの好きはどっちだ。
    「だから、ウォノは僕のどこが好きなのか知りたい。さっき、洒落た顔って言ってた。顔を知らずに追ってきたんでしょう?僕が醜い爺さんだったら、こうはならなかったってこと?」
    「お前のことが気になる理由の答えが、長年追ってきた黒幕だから、ってことだ。お前が俺に興味を示してなければ殺せたかもしれないし」
    「僕があなたを好きだから、好きになった?思っていたより若くて、かわいそうだったから?別に、結果がこうなってくれるんなら、僕にはどうでもいいことですけど、騙されていたらどうするんです」
    「お前に騙されるのが俺の人生だってことで、おしまいだな。お前だとわかって納得したんだ。自分がどうしてイ先生の正体を暴くのに必死になったのか。偽者の仕業だった悪事は無駄だったが、お前がそれをどう始末してきたのかやっとはっきり見えた。お前の仕事には一貫したルールがあって、何故そうするのか理由が気になってた。一線を越えたと言ったな。それが全てだ。俺も線引きは感じてた」
    「イ先生に惹かれていたんでしょ。そうなるように作り上げた虚像だから。僕も、あなたのチームのことは気になっていましたし――正体を見破られるかは別として、いつかは、この人に捕まってしまうだろうとは思っていました。だから、こんな逃げ場まで用意して――ああ、嫌だな。あなたに追われてなかったら……もっと早くここに来てたのかも。組織を壊したかったのは、僕も同じでした。壊せば線など無くなるのに、と。あなたと話せたのは嬉しかった。あんな惨事と関係なければもっと、良かったのに」
    「面白がられてることには気付いてた」
    「僕の正体に気付いてから好きになったの?元々、見た目は好みだった?」
     口説くのを再開し、ウォノの胸に身を寄せる。
    「そういう、ファンタジーみたいな顔は好きだ。いい声だし、色気もあると思う。今は、俺には若すぎる相手だと思うが」
    「年の差は縮まらないでしょ。若さに惹かれるのは嫌?それとも、老けたら愛せないかもしれなくて怖い?」
    「お前が老けたところで何も変わらない。お前が俺くらいになった時わかるよ。自分の老いを自覚させられると、年の差を感じるんだ。わからないこともわかり合えることも、必ずしも年の差とは関係なくそこにずっとあるのに、ただ肉体の衰えに気弱になる」
    「それは僕だって……つまりは自分の老いとの折り合いの付け方でしょ。僕には関係ないですね。多分あなたは可愛いおじいちゃんになりますよ。ファンタジーみたいな顔ってどういうことです?」
    「エルフとか、妖精とか、幻獣にいそうな顔」
     なるほど。
    「うん。言われます。あとは、ヤギに似てるとたまに。自分の顔は嫌いじゃないけど……そういう世界観が好きなんですか。ロード・オブ・ザ・リング?ゲーム・オブ・スローンズ?」
    「自分とかけ離れたものに憧れることはあるだろ。生まれた時からこの姿だったわけじゃないが」
    「あなたもグラディエーターみたいで、剣と魔法の世界も似合いますよ。僕たまに、口元がアンジェリーナ・ジョリー似で色っぽいって言われるけど、ウォノ、アンジー好き?」
    「まあ、好きな方だな。なんだ、急に」
    「映画が好きなら、今度一緒に観ましょう」
    「こっちの映画館でか?英語はそこまで得意じゃない」
    「ソファでいちゃつきながら」
     取り調べもウォノにされるなら楽しいが、今は口説く方がいい。
    「そんなに好きか」
    「え?映画を?ウォノを?どっちも好きですけど、ウォノは違うの?だったらどうしてキスなんてしたんですか」
    「当分、死ぬ気はないが……地獄に落ちてもいいと思ってキスした」
    「どうせ死ぬなら、僕に殺されたいってことですか?」
    「そう――なのかもな」
    「……したくない?」
     わざと媚びずとも欲望は漏れてしまう。自分の浅ましさに呆れる。
    「顔、まだ痛いんだろ」
    「今日はキスだけでもいいけど、添い寝してくれるんなら、そのまま撫でて欲しい。傷は痕が残った方がいいし。これは感情とストーリーを伴う、特別ドラマチックでロマンチックな傷です。通りすがりのクズに殴られるのとは違う」
    「病んでる」
    「今更でしょ。僕だって正常だなんて思ってませんよ」
    「ヤクザじゃないだけで、特級のクズだろ。俺は」
    「ふふ、痛いから笑わせないで。これから特級の悪人を抱くって時に」
    「傷が治ったら、お前ももっと笑え。ライカ、連れてくるか?」
    「なんで?せっかく二人きりになれたのに。ライカとはいつも一緒に寝てるわけじゃないし、ペットじゃなく、バディです。今日は僕がウォノのためにベッドの片側に寄っていたから、きやすかったんでしょう」
    「眠いんだろ」
    「さっきまでは、キスされたことで眠れないと思った」
     言いながら唇で触れキスをねだると、ウォノも唇を重ねたまま言葉を紡ぐ。
    「今は?」
    「……ウォノのキス、眠くなる」
    「じゃあ寝ろ」
    「眠いんじゃなくて、血が下に集まってるからかも」
    「あぁ、くそ」
     やや仰向けになりかけたウォノに寄り掛かるように密着すると、熱っぽい声が吐かれた。
    「先にキスしてきたのはウォノだからね」
     かぶさるように迫ると、抱き止められた。
    「わかってる。してやるから」
    「んふふ、偉そうに」
    「笑うなよ」
     唇はずっと離れず、煙草臭い吐息が混ざる。
    「さっきは笑えって言った」
    「うるさいガキだな」
    「はははは、いてて」
    「道具は?」
    「そっちの引き出し。二段目」
    「慣れてないだろ」
    「普通のディルドなら入るよ――人とそっちでしたことないから、ウォノのが入るかはわかんないけど」
     余裕がないと敬語が飛ぶのは、きっともうバレている。
    「……わかった」
     確かに切り替わるウォノの声色に酔いながら、欲と熱に身体を委ね目を閉じた。
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