低レア召喚どうじまるくん。 某日カルデア。今日もまた、新しく一騎のサーヴァントが召喚された。
「ししょー!」
「ねぇねぇししょー遊ぼ!」
そしてその後、そんな鳴き声を出す狐の耳と尻尾をつけ狩衣を着た物体を腰に下げてカルデア内を移動する道満の姿が散見される様になる。
デアの首脳陣に拠れば、耳と尻尾の付いた物体ことショタ晴明は真っ当な別側面。小ギルくんやアレキサンダーと同系統の召喚だ。本人に問いただすと、やはり長じて死ぬまでの記録はあるようだが、別人のものの様にしか思えないと。
故に、己が生前殺した相手を師匠と呼び慕い付きまとう事に一切の遠慮がなかった。
始めは道満も追いかけてくる晴明こと童子丸に対して無視やら雲隠れやら激しい拒絶を示し、いつ戦闘になるかと周りは戦々恐々としていた。が、いつの間にか大人しく2人並ん…静かに道満とその腰巻と化している童子丸の光景が普通になった。そして童子丸は「どうまん」と名前で呼びかけ、師匠呼びすることもなくなっていた。
ある日。ふと立香が子供部屋を通りかかると、ナーサリー達がおままごとをしている脇で道満と童子丸が式神を手に話し込んでいるのを見かけた。その横顔に道化の笑みはなく。彼女は、ただただ安堵した。
***
「こんばんは、ますたー」
静かな夜。寝付けずに当てもなくマイルームから出た立香は凛とした声に呼び止められた。にこりと笑う少年は昼間と溌溂した雰囲気が抜け落ち、神仏の様な静謐さがあった。ただし、より正確に言うならば。道満といない時の彼は概ねこのように口数の少ない子供だった。
足の赴くままたどり着いた食堂でぽつぽつと交わした雑談は、概ね道満の事だ。
「2人が仲良くできててよかったよ」
そう言うというと、彼は寂しげに笑った。
「そのように見えますか。けれどそうでもないのです。あの人が一番関心を持っているのはわたしの霊基なのです」
続きを促すば、曰く。「わたしがこの霊基で召喚された事には必ず座のわたしの意図がある」と。
「道満はそう信じているし、わたしも同意見です。…けれどわたしは、今、この星見台で過ごす事がただひたすらに楽しいのです。人理が揺らぎ、いかなる『ばっどえんど』も確定しておらず、勤め以外の時間はずうっと道満と遊んでいられる。…道満の方はそう思っていなくても、たのしいのです。…道満にとってのわたしが、全盛期のわたしに会うための踏み台だとしても」
そう語る彼の纏う雰囲気は、凪の日の水面の様だ。彼の表情はほんのすこしだけ眉が下がっているだけだ。けれども。
「道満はきみとの時間を楽しんでるよ。含みがあるのは間違いないし、本人は悪だくみしか考えてないるもりだろうけど。でも。無意識にすごく楽しんでる。その謎が解けても、道満はきっと君の所に来るよ。マスターの私が言うんだから間違いない」
「…ふふ。人類最後のますたーが言うと説得力があるような?ないような?」
そこで漸く。彼のしっぽがむいむいと左右に揺れだした。
***
そんな話をした夜もあったなぁと、初めて見るのに初めて見た気がしない白い狩衣を纏う背中を見ながら立香は思った。
「マスター、無事ですか?いえ何とか間に合ったのは把握していますが。はははは」
これまた初めて聞く声なのに聞き覚えがあるように錯覚する声が落ちてきた。あれはただの緑の文字だったのに。
「立てますね、マスター。さぁこの最高最優が在るのです。見事この盤をひっくり返して見せましょう」
三角耳がない代わりに烏帽子を被った頭が振り返る。そこには見慣れた美少年が長じた凛々しいイケメンの顔だった。
晴明と道満を含めたパーティで赴いた微小特異点。聖杯を手に入れ、自覚的に特異点に籠り、正史を塗り替えんとする黒幕は強かった。ひとり、ふたりと倒れていき、最後まで粘っていた道満も倒されてしまったところで異変は現れた。意識を失っていた晴明が鯖の召喚時の様に輝き、姿が消えた後に現れたのが彼。
「マスターはご存知でしょうが…まぁ正真正銘初対面の方もいますし、マスターとも顔を合わせるのは初めてですし、名乗るといたしましょう。クラス:キャスター安倍晴明。最高最優の陰陽師です」
黒幕が新たに現れた鯖に対処しようと構えたところでもう手遅れだった。ぎしり、と黒幕が聖杯を使って構築していた結界が崩れていく。
「日本の英霊に詳しくない様ですね貴方。まぁ一通りの知識はある星見台の賢人達も何が起こったか分かってないので恥じる必要はありませんよ。まぁこんな馬鹿な事をしでかした時点で座に還る程の恥晒しですがはははは」
晴明の嘲りに抗議する余力もない相手を油断なく見つめつつ晴明は種明かしを行った。
「わたしは『わたし』の霊基に仕掛けを施していまして。星見台に召喚してもらう為の低コストな霊基を作成しました。ですが、いざという時にスペックが足りなければ意味がない。その『いざ』が今、このシチュエーションという訳です」
パチリ。広げていた扇を閉じ、展開が終わった陣が敵を倒さんと収束していく。
「最も継戦能力の高い道満が倒れた時に発動する様仕掛けていました。『蘆道満を討ったのは安倍晴明』そして、『安倍晴明の居る所、即ち平安京』つまり今わたしがいるここは平安京。最盛期の守護者が作成した最高の防御結界の内側という事です。全ては我が掌の上。このわたしの耳目が届くところで如何なる悪事も為すこと能わず。さぁ、大人しく縛につけ!」
両者の術式がぶつかり合い、立香の視界が眩む。次に目を開けた時、なんでもない様な顔でこちらを向いて微笑む晴明の背後には青空が広がっていた
***
「もう戻っちゃうの?」
立香の目の前で晴明の指先が解けていく。
「ええ。先程説明した通り、この霊基は緊急時の為の一時的なものなので。生前の最盛期に限りなく近い代わりに、現界は短時間なのです」
「でも、ずっと会いたかったんでしょう?こんな無理矢理な霊基でデアに来るくらいに」
そう話す間も、晴明の視線は道満から外れなかった。今にも道満を抱き起こそうとする様に。けれども彼の指先は決して手を伸ばすことがないようにと固く握られていた。
「…なんの負い目もなく道満と交流できる機会がくるとは…夢にも思わなかったので。矢も盾もたまらず、と言うやつです。けれどこのわたしは…陰陽師として最盛期のわたしはダメです。彼に触れる資格はない。まして、彼の意識がない時に断りなく触れるなど。…彼処で行き詰まって、彼の首を落とした選択に後悔はありません。あれが最善だった。同じような事があればまた同じ結論を出すでしょう。これ以上は彼から何も奪いたくないのです。今まで奪った物に比べれば、蟻の額よりも些細な物でも」
「でも道満は、何よりもまず貴方と話がしたいって思ってるよ」
「それが本当なら、嬉しいですね」
パタリと、見える筈もない彼の尻尾が動いた気がして。そして残ったのはすやすやと眠る童子丸だった。
***
「何してるの童子丸くん」
声を掛けられた童子丸くんは耳と尻尾をぴんと立てて振り向いた。童子丸くんが見ていた方にはナーサリー達と道満がいつものように遊んでいる。そう言えば、あの特異点から戻った後に道満と童子丸が一緒に居たところを見掛けていない。
「行かないの?」
童子丸は寂しそうに耳と尻尾を垂らして俯いた
「ますたー。大人の私の話を聞いたでしょう」
「聞いたよ」
「だから…駄目なのです。やはり私は、道満を師と慕う資格はないのです」
「まぁ師匠呼びは道満も嫌みたいだけど…今まで通りでいいと思うよ。遠慮なんて要らないよ」
それでも童子丸は顔を上げない。
「道満にとってはね、子供でも大人でも関係ないんだ」
「安倍晴明が超えるべき存在で、今目の前に当時の霊基があってもなくても関係なく超えたいものなんだよ。だから今君と遊んでも遊ばなくても一緒なんだよ。なら、どうせなら遊んでおいでよ。その方が皆楽しいんだから」
漸くちょっと耳を立ち上がってきた。ふと、道満がこちらを向いた。
「マスター、どうかなさいましたか?」
「ううん。私はただの通りすがり」
そう答えて童子丸の背を押した。心配そうにこちらを見上げてくる童子丸に笑いかける。
「そこの小狐。物陰から物欲しげに見つめるのは辞めなされ、鬱陶しい」
ぎゅう、とマスターの手に小さな手が食い込む。道満は童子丸の様子に頓着せずに言葉を繋げる。
「ほれ、貴方の分の菓子もあります。早く来なされ」
しびび!と童子丸の耳と尻尾が逆立ち、道満とマスターを交互に見遣る。
「行ってらっしゃい」
そして童子丸は漸くマスターに押されるままに道満の方に走り出し、その膝に飛び乗った。そこまで見届けたところでカルデアのマスターは踵を返して、当初の予定通り管制室に向かう。
『ありがとうございます』
子供とも大人とも取れる声で、そんな空耳をしたような気がした。