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    前回の惇操の続きです。
    もうどうにもならなくて無理やり終わらせました。

    習作 続き 夏侯惇の手からS市の市長の手に大ぶりののし袋が渡った瞬間、一斉にカメラのフラッシュが焚かれる。市役所のホールに報道陣を集めて行われたこのセレモニーの映像を、曹操は工房の事務室で観ていた。夕方の地元ニュース番組だ。
     市の歴史的建造物の保存会に、夏侯惇が多額のポケットマネーを寄付したことをキー局のアナウンサーが伝えている。続けて流されたインタビュー映像では、夏侯惇が今掛けている眼鏡が同市の曹工房のものであり大変気に入っていることが当人の口から語られ、商社という立場で同市のビジネスをサポートし共に発展してゆきたい、との常套句で締められていた。
     お陰で今日の午後は取材の申込み電話が鳴り止まず大変だったのだ。工房の名を出すならせめて事前に知らせてくれ、と思いつつ少し首の角度を変えて室内を見遣ると、今しがたニュースに出ていた男が部下達と談笑している。
     就業時間が終わる少し前に工房に現れた夏侯惇は、典韋とはすっかり打ち解けた様子でいる。自分たちにとってもこの町にとっても決して失礼があってはならないと、最初は緊張で茶托を持つ手も震えていた荀彧も、すでに肩の力が抜けて表情が和らいでいる。
    「気さくな方ですな、社長。いい知己を得ましたな」
     横に座る曹仁の言葉に曹操は黙って頷いた。

     夏侯惇が、曹操以外の従業員のいる時間に工房を訪れるのは2回目だ。見た目や肩書きから連想される人物像を裏切る素朴な人柄に、従業員ともすっかり馴染んでしまった。
     前回は眼鏡を選びに来て、今日は取材の時からずっとその眼鏡を掛けている。ここではフレームしか渡せないので、それをわざわざ眼鏡屋に持って行ってレンズを嵌めてもらうのだ。忙しい夏侯惇には相当に手間であろうが、その手間のひとつひとつを曹操との縁と捉えて慈しんでいる。今回のS市への来訪も曹操に会うのが目的で、寄付だの取材だのはただの理由付けなのだろう。
     ひょっとして自分以外にも夏侯惇に会って前世を思い出す者がいるかもしれぬ、と身構えていたが、見る限り誰も思い出してはいないようだった。
     この後は二人で居酒屋で食事を取り、曹操の家に夏侯惇が泊まる予定になっていた。曹操の自宅は客を数人泊めるにも十分な広さがあったし、他人が居る場所でできない話も多いからだ。

    「此度の寄付の件、わしも一市民として礼を言う」
     ジャケットを羽織りながら曹操が言う。従業員は全員帰宅し、工房を閉めるところだった。携帯をポケットに滑り込ませ、引き出しから鍵を取り出す。
    「いや、大した額ではない」
    「わしらにとっては大金よ」
    「税金対策の一環だ。それより本題はこっちだ、孟徳」
     夏侯惇はそこで言葉を句切り、曹操の視線が自分を向いてから、先を繋げた。
    「岩倉特殊鋼は夏侯金属が買収する」
     
     曹操は蛍光灯のスイッチに伸ばしかけた手を空中で止め、やがてゆっくりと下ろした。
    「どういうことだ?」
     岩倉特殊鋼は眼鏡フレームの原材料となる合金を多く製産している。業界としても、勿論この工房にとっても重要な会社だ。ここの経営主体が替わるとなれば、製品の価格やラインアップにも大きく影響が出る。対する夏侯金属は夏侯商事のグループ会社で、その名の通り金属やガラス、プラスティックなどの素材を取り扱う商社だ。
     これはまだ極秘の話だ、と断って夏侯惇が続ける。
    「実は岩倉は新事業の展開に失敗して負債を抱えていてな。近いうちに立ちゆかなくなりそうだったんだ。だが、あそこはいくつか重要な技術や特許を持っているからな。ヘタな企業に買われても困る。それでうちが引き取ることになったのだ」
    「ーそう、か」


     夏侯惇の言葉は大枠においては正しいが、細かい点で多少粉飾がある。
     数週間前のことだ。
    「岩倉特殊鋼の買収を早急に進めて欲しい」
     夏侯惇にそう切り出されて、夏侯金属の代表取締役・張郃は美しく整えられた眉を盛大に顰めて見せた。
     岩倉が多額の負債を抱えていることは知っていた。今後首が回らなくなった場合は夏侯がなにがしかの介入をすることになるかもしれない、と先方のメインバンクとも非公式に話は通してあった。しかし、現時点で岩倉を抱え込むには負担が大きくメリットが少ない。もう少し状況を見極めて関係企業の動向を注視する必要がある。資産も今のうちに自前である程度整理させておく方がいいだろう。
    「どういうことですか?」
    「すまん。これは俺のわがままだ」
     夏侯惇は素直に頭を下げた。もちろんこんな手で張郃が呑まないことは分かっていたので「前に言っていた不採算部門の統廃合の件、9月までに俺が話を付ける」とバーターを提示することも忘れなかった。
     張郃は、独特の美学を持った男だ。スマートに利益を上げる、が信条であり、夏侯金属は有給消化率や産休育休取得率が高く、模範企業として何度も表彰されている。反面彼はこだわりも強く、他社から夏侯惇直々に引き抜かれ育てられた恩義があるといえども、納得できない要望には決して首を縦に振らないのだ。
    「分かりました。お任せください」
     この取引は徳、と判断したのだろう。即断即決の張郃は表情を一気に軟化させた。
    「細かいことは、久々にうちの社食でも召し上がりながらお話ししませんか?」
     張郃は社食にも拘っており、その豪華な社食は度々メディアにも紹介されていて、最近はコンビニとコラボもしている。
     時計を見ると1時を回ったところだ。今なら食堂も空いてるだろう。
    「ああ、いただこう」
    新メニュー開発にも余念が無いのだと嬉々として語る張郃を見るにつけ、孟徳にこいつを会わせてやりたい、ちっとも変わってなくて驚くぞ、と夏侯惇には先の楽しみがひとつ増えたのだった。


     突然の報告に立ち尽くす曹操の二の腕を、夏侯惇は軽く叩いた。
    「大丈夫だ。業界には出来るだけ混乱が起きないように俺がなんとかするから」
     その言葉に、ようやく曹操もほう、とひとつ息を吐く。
    「おぬしには世話になってばかりだな」
    「気にするな。たまたま今の立場では俺がお前にしてやれることの方が多いだけだ。さあ、飯にしよう。ぐじを食わせてくれるんだろ」
     あえて些細なニュースだったかのように軽く言ってはいるが、夏侯金属が被った負債はおそらく数十億、あるいは百億を超える額になるだろう。それを、曹操の為に無理を通したのだ。金額が大きすぎて実感が湧かない。口の中が妙に乾く。
    「だが…わしに何か出来ることはないか?」
    「でもお前は、東京に来る気はないんだろう?」
     すかさず痛い所を突かれる。
    「いや、すまぬ。わしに出来ることなどなかったな」
     自嘲気味に笑ってみせると、不意に夏侯惇の纏う空気が変わった。つい今し方、ビジネス上の重要機密を伝えた時ですらゆったりとした態度を崩さなかったのに、だ。
    「いや、ある」
     前世で何度も窮地を救った曹操の直感が、まずい、と告げる。この声は、まずい。ほんの数歩先にいる男の体が、やけに大きく見える。

    「お前が欲しい、孟徳」
     捕食者めいた威圧感を発しながら、その声はなお鷹揚さを保っている。ネコ科大型獣の柔らかな筋肉のようだ。
    「どういう意味だ?」
     夏侯惇は数歩の距離を詰め曹操の正面に立つと、その体をゆっくり抱き込んだ。
     髪に何かが触る。ややあってそれが夏侯惇の唇だと気付く。
    「落ち着け、夏侯惇。おぬしは感情を混同しておるだけだ」
     出来るだけ動揺を抑え込んだ声音で諭す。

     夏侯惇はもちろん特別な存在だ。かつての世では自身の右腕であり、生涯共に戦場を駆けた無二の戦友だ。今は唯一過去の記憶を持つ秘密の共有者だ。だが、色恋の対象ではない。曹操は前世ほどではないにせよそれなりに女好きであったし、破綻はしたが籍を入れていたこともある。夏侯惇とて、元より同性愛者というわけではなく、ただ曹操への思い入れが強すぎるためにそれを恋情と取り違えているのだろう。
     青青子衿 悠悠我心 などと詠い、率先して五倫を混ぜっかえしていた自分のことはこの際棚に上げて説得に当たろうとする。

    「いや。俺は昔からお前のことがずっと欲しかった」
    「それも錯覚だ。おぬしはー」
    「俺自身気付いていなかった感情に、お前が気付かせてくれたのではないか。その体で」
     曹操を打ちのめす一撃だった。


     かつて、一度だけ夏侯惇と体をつなげたことがある。
     つとめて思い出さぬようにしていた記憶だ。多くの命を奪ったことに比べればあまりにも些末な私事である。忘れていてくれと、せめて忘れたふりをしていてくれと、祈っていた。
     きっかけがなんであったかは覚えていない。他愛ない悪戯のつもりだったのかもしれない。丞相と将軍の色事、それも主君の方が抱かれるという倒錯した戯れに仄暗い喜悦を覚えるほどに倦んでいたのだろう。
     丁寧に丁寧に拓かれた体は、痛みこそ少なかったが快楽は感じなかった。こんなものか、やはり女を抱く方が楽しいな、と醒めた感情で抱かれていた。しかし、夏侯惇の方は違った。
     はらわたを貫かれているのは主君のほうであるのに、その股肱の臣はひとつきり残ったまなこを悲痛に歪めていたのだ。にも関わらず、その肉茎は充血しきって胎の粘膜にその存在を主張し続けている。
     自身の様々な葛藤に苦悩しつつ、曹操の異常な命を完遂しようと懸命な様に哀れを感じ、すまなかった、と抱き寄せた。汗か涙か、肩口にしずくが落ちるのを感じた。


    「わしは、おぬしの知る曹孟徳ではない。中原の覇者ではないのだぞ」
     力の削げた、投げやりな台詞だった。
    「だからこそだ。お前の覇道の妨げとなるならば、と前世では殺した想いを今生では遂げられる」
     もはや降伏勧告を受け入れる段階だった。
     なぜ、転生したのか。夏侯惇の問い掛けが虚ろな心に響いている。
     やはり、自分の意志だったとは思えない。夏侯惇の強い執着に引きずられた、と考える方がしっくりくる。前世で、あまりにも曹操は夏侯惇に借りを作りすぎたのだ。
     ならばこの身は元譲のものであろう。
     我人に背くとも、人我に背かせじ などとうそぶく気力はもう無かった。

    「嫌か?孟徳」
     背中に回された腕と同様に優しい声音だった。だが、もし拒めば、経済的なプレッシャーを、曹操個人にではなくこの町に掛けてくることは容易に想像がつく。
     かつての元譲なら、このように退路を断って追い込んでくるようなまねはしない。小細工などせずに真っ直ぐ気持ちをぶつけてきただろう。しかし、曹操も変わったように夏侯惇も変わったのだ。そうそうが諦観を覚えたように夏侯惇は狡猾さを学んだ。或いは、二人の本質はその時代の、環境の影響を受けて変質しやすいものなのかもしれない。でなければ前世の記憶などという厄介なものを抱えながら、破綻せずに生きてはいかれまい。嘆息と共に曹操は白旗を揚げた。
    「おぬしの好きにせよ、夏侯惇」

    ***

    「曹操様、お久しゅうございます」
     白い手に幣を携え、十二単を模した風変わりな衣装を纏った少女が、そう言って深々と下げた。頭には金の房飾りが揺れている。なにか、記憶の底にうっすらと覚えがある造形だった。
    「おぬしはー」
     そう言葉を発して、気付く。これは夢だ。
     周りは発光する薄もやに包まれ、少女と二人、宙に浮くように居る。もし夢であればそのことに疑問を抱かぬのが通常であるが、目覚めが近い時にはまれに夢だと自覚できるときがある。
    「わたくしはかぐやでございます」
     かぐやーどこかで聞いた名だ。記憶力は良い方だとの自負があるが、彼女が誰だか思い出せない。淑やかな口調で少女が続ける。
    「皆様を現世に転生させたのはわたくしたちでございます」
     その言と共に、かぐやの左右に甲冑を纏った偉丈夫と白い髪の美女が現れた。
    「殺生石に閉じ込めた九尾が再び悪さをしようとしていてな。殺生石ごと破壊したんじゃが、そのために大量のエネルギーが必要でな。おぬしらの魂を無理やり現世に転生させ、本来の時空から引き剥がすことによって生じた位置エネルギーを使わせてもらったんじゃ」
    「お前達にはそのことは知らせず、今生を平穏に生きてもらえれば、と思っていたのだが、お前達二人だけは記憶が戻ってしまい苦悩しておるようなので真相を伝えることにしたのだ」
     左右の二人が交互に言葉を継ぐ。霞がかった思考の奥から伏羲・女媧の名が浮かぶ。
    「思い出せぬ箇所の方が多かろうが、あまり深追いはするな。今生が生きやすくなる訳でもない」
     曹操の黙考に女媧が言う。淡々とした口調で表情も乏しいが、その労りが心からのものだということが、なぜか理解できた。
    「それで、その九尾とやらの退治は上手くいったのか」
    「はい。みなさまのお陰で完全に消滅させることに成功いたしました」
     儚げだった少女の表情が急に明るくなり、白い頬にも赤みが差したようだった。
    「本当にありがとうございました」
     少女が再び頭を下げ、光が濃くなった。
    「達者でな!」
     甲冑の男が大剣を掲げて叫ぶ。三人が光に包まれていくのに比例して意識が覚醒していく。

     重い。暑い。狭い。
     曹操が目覚めて最初に感じたのは不快感だった。その原因は、曹操を背中から抱き込んでいるひげ面の大男だ。二人とも下着だけを身に着けて、一つの布団で眠ったのだった。
     外はすっかり明るくなっている。
    「起きているか、孟徳」
     暑苦しい巨体が声を発した。
    「…ああ」
    「夢を見た」
    「わしもだ」
    「かぐやか?」
    「伏羲と…女媧もいた。九尾を…ぅわ⁈」
     抱き込む腕が急に締め付けを強くし、体が擦り付けられる。すね毛の感触が気持ち悪い。
    「勃った」
    「知るかっ。やめろ。どこを触っておる!」
     魔手から逃れようとじたばたするが、夏侯惇はびくともしない。跳ね飛ばした毛布とともに汗と精の臭いもむわりと舞う。昨夜の情事の記憶が頭よりも先に肌によみがえり、ぞくりと鳥肌が立つ。そうしている内に、早くも二人分の下着は器用に脱がされて脇に放り投げられていた。
    「手か太ももか、どっちなら出して良い?」
     中、という選択肢が無いのは、昨夜はまだ体を繋げるには至っていないからだ(その分、屈辱的な奉仕もさせられたが)。
    「どちらもだめだ。それより夢の話が終わっ」
    「ああ。俺達が転生した理由らしきものは分かった。向こうは解決したらしいから、あとはこの人生を満喫するだけだ」
    「なっ!」
     何かたしなめるような言葉を紡ごうとして、ふいに、昨日の重苦しい諦観が薄れていることに気がついた。
     負債などではなかったのだ。我らの執着などとはまったく別次元の理由で転生させられていたのだ。深刻になっていたのが馬鹿らしくなってくる。
    「100万だ」
    曹操は抵抗を止めると、はっきりと言った。
    「は?」
    「手でも腿でも、1回出したら100万だ。キャッシュのみ可」
    「なんだ、急に」
    「覇王の玉体をおぬしの精で穢すのだ。本来なら打ち首のところを100万で手を打ってやる、と言っておるのだ」
     急に強気になった曹操を訝しんで、夏侯惇は絡めた腕を解いてその顔を覗き込む。すかさずその鼻を摘まんで引っ張ってやる。
    「ぶわっ」
     虚を突かれて倒れ込んだ体をするりと躱して起き上がると、曹操はさっさと周囲に散らばった衣類を身に着け始めた。
    「おぬしから金を巻き上げるのもよいが、腹が減った。先に朝飯にするぞ」
     夏侯惇は神妙な面持ちでじっと曹操を見つめていたが、ふっと表情を弛めてつぶやいた。
    「しおらしいのもいいが、やはり孟徳は偉そうななほうがらしくていいな」
     その言葉に振り向くと、曹操は尊大な覇王の笑みを浮かべて見せた。
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