財布が死んだのでデートをしよう今日は北も中央も任務がない。だからカインと王都へケーキを食べに行こうと決めていた。一週間ぶりのケーキに胸が躍る。今日はどんなケーキがあるだろう。お腹いっぱい食べてカインの財布をめためたにやっつけてやるのだ。財布が空っぽになって情けない顔をするカインを見るのが楽しみだ。
そのはずだったのに。
「あー、悪い。今月はちょっと無理でな。また来月に行くのでもいいか?」
なんということだろう。断られるなど思ってもみなかった。オーエンの中では今日はカインとケーキの日に決まっていたがオーエンが一方的に自分の中で勝手に決めていただけなので、カインの都合というものは微塵も考えてはいなかった。断られるなど思っていなかったのである。
どうして駄目なのだろう。今日は中央も任務がないことは確認済みなのに。何故なら賢者を脅して自分がそうさせたから。そうなるとつまりカインには自分よりも優先したい予定があるということか。
「何かあるの」
くだらない予定だったら相手を殺そう。そうでないならついていって邪魔しまくって最低な一日にしてやろう。そう決意して波立つ気持ちを押し殺して尋ねると、カインはとても言いにくそうに頬を指でかいて答えた。
「いや、何もないんだが今月はもう金がなくてな。ケーキを奢ってやれないんだ」
「……は」
お金がない。何故だ。そんなことがあるのかとオーエンは衝撃を受けた。いつだってカインの財布に深刻なダメージを負わせるつもりで食べまくっているのの、まさか本当に財布が死ぬ日がくるなんて。
そもそもに北ではほしいものがあれば殺して奪うのが普通なので、金がないとか貧乏だとかそういうものとはこれまで全く縁がなかった。少なくともケーキくらいはいくらでも買える(奪える)ものだった。しかし考えてみればカインは弱い魔法使いで、おまけに騎士の正義感とやらで品行方正に生きているからオーエンのような収入源(強奪)は存在しないのだ。それを思えばカインの財布が息絶えるのも頷けるというものだが、どうにも納得がいかない。なんというかこう、あれだ、賢者の世界の言葉で言う『解釈違い』というやつである。
「あのさ、騎士って儲からないの?」
「いや、もう正式には騎士じゃないしな」
そういえばそうだった。アーサーの護衛でよく城に行っているので誤解しがちだが今のカインは騎士団には所属していないのだ。つまり趣味と義務感で王子様の護衛をしているだけの物好きな無職ということになる。自分も無職であることを棚に上げオーエンはそう結論づけた。オーエンの中でオーエンの職業は北の魔法使いなので無職ではない認識なのだ。
「就職しろよこの甲斐性無し」
「俺の無職の原因はお前だがな!?」
たまたま通りかかった賢者が「二人とも職業は賢者の魔法使いでは……」と呟いていたが二人には聞こえない。カインに至ってはおそらく今日はまだ見えてすらいないだろう。
「とにかく、そういうわけで悪いが今日は諦めてくれ」
自分もカインも予定がないのにケーキを食べに行けないなんてそんなのおかしい。面白くない。オーエンはむすっとして押し黙り考えた。どうしても今日はケーキを食べたい気分なのだ。口の中がもうケーキになっている。何がなんでもふわふわのスポンジにフォークを刺して口いっぱいに詰め込みたい。
「わかった。じゃあ僕が騎士様を雇ってあげる」
「は?」
「要は仕事がないから駄目なんだろ?今日一日エスコートさせてあげる。精々必死に尻尾を振って媚びるんだね」
もちろん餌なんてやらないので、美味しそうなケーキを食べる様を指を咥えて見ていればいい。他にもわざと迷子になって困らせてやるのもいいし、夜まで連れ回してへとへとになるのを笑ってやるのもいい。それはつまり金の出所以外はいつもと何も変わらないし体力的に先にへとへとになるのはオーエンのはずなのだがオーエンがそれに気付くことはない。今はもうカインを金で傅かせることで頭がいっぱいだった。
「いいのか!やった、嬉しいな」
オーエンの非情な提案にカインは嬉しそうな声を上げた。そんなに金に困っていたのかと少しだけ憐れみの感情が浮かんだが撤回してやるつもりはない。するりと伸びてきた手が自然に繋がれ、もう金で買ったエスコートは始まったのかと機嫌よくしかけたところでカインはオーエンの顔を覗き込むように上体を傾けて上目遣いで微笑んだ。
「残念なことに金はないが、デートはしたいと思っていたんだ」
「……デっ」
違う。そうじゃない。そんなつもりじゃなくてただ金で買われる屈辱に塗れたところを嘲笑ってやりたかっただけなのに。なんて酷い誤解なんだ。一回死んでその馬鹿みたいにおめでたい頭をなんとかしてこいと、そう言ってやりたいのに至近距離で浴びた笑顔と繋がれた手の衝撃に固まってしまって何も言い返せない。指と指を絡めるように繋がれた手は振り解こうにもどうしてだかうまくいかなくて、スケジュールを調整した甲斐があったと背後でガッツポーズをする賢者にも今は構う余裕がない。
「それで、今日はどこに行きたい?」
「え、エスコートなら、それくらいちゃんと決めろよ」
「いいのか?じゃあ最近評判の店に行かないか。丘の上にあってお洒落でカップル向けらしいんだ。季節の果物を使ったケーキがうまいらしいぞ」
オーエンの精一杯の抵抗はカインに通じることはなく、それどころか知らないうちにデートコースに誘導されていることにも動揺しすぎて気付かない。
こうしてオーエンは騎士様のエスコートという名目のデートでお洒落なカフェでケーキを食べて見晴らしのいい丘を散歩して、夜には甘いお酒のあるバーで飲み明かし朝帰りすることになったのだった。
「それで、報酬は?」
「解雇!」
翌朝、手の甲に口付けして更なる褒美を請う強欲な騎士様にくれてやる報酬なんてあるものか。あれだけべたべた触っておいて調子に乗るな。おかわりなんて絶対あげない!