ギフト「お姉さま、こちらの品は?」
手持ち無沙汰で、資料の盗み見にならない程度にうろうろと部屋を見て回っていた際にそれを見つけた。
当のお姉さまはパソコン画面に向き合い、ぱちぱちと何かを打ち込んでいる。いつだって私に構い甘やかしてくれるお姉さまだが、社会人としてこの場にいる以上優先順位というものは存在するのだ。残念なことに。お姉さまと共に帰路を辿りたい私は、お姉さまの最優先事項が片付くまでここで大人しく待っているほかない。
「こら、プロ……。まあいいか二人しかいないし」
ちらり、こちらを一瞥したお姉さまはそのままパソコンに視線を戻した。寂しいけれど、仕事の最中に関係のない問いかけをしたのだから仕方のないことだ。
「今日もらったものだよ。音響チーフの……佐藤さんから」
音響チーフの、佐藤。顔もプロフィールも何一つ浮かんでこない人物だった。人の顔や人となりを覚えることは得意なのだがさっぱり心当たりがない。よくある苗字であることを差し引いても、あまり目立った、このESにおいて重要な存在とは言えない人物なのだろう。お姉さまだって名前を口にするのに少し時間がかかった。
それは書類や文具で溢れかえったワークデスクには不釣り合いな代物だった。マットな質感の濃いグレーの包装紙に、光沢のある淡いピンクのリボンが斜めに巻かれ左端で華やかに結ばれているプレゼントボックス。箱とリボンの間には筆記体で定型的な英文の書かれた二つ折りのメッセージカードが挟まれている。そこらの量販店のありふれたラッピングサービスのクオリティではない。
お姉さまに、贈り物?お姉さまの誕生日とはかすりもしないこの時期に。クリスマスもバレンタインにもまだ早すぎるこのタイミングで。ほんの一瞬、『彼氏』という単語が頭を過ぎったがすぐに打ち消した。そんなこと、あるはずがない。根拠を羅列するまでもなく。
「知らない方ですね。なにゆえお姉さまに?」
「前にライブ中に音響トラブル起きちゃったとき、私も現場にいて手伝ったから、そのお礼にって」
お姉さまはP機関に所属するプロデューサーとして企画の提案や進行、案件の割り振りなどに関して大きな権限を持つようになった反面、現場仕事が少なくなったという話をどこかで耳にした。だが夢ノ咲学院において数多の場数を踏んできたお姉さまにとって、現場のトラブル解決など朝飯前のはずだ。流石はお姉さまである。多少の心付けと共に感謝の気持ちを送りたくなるのはわからなくもない。
改めて佐藤という人物の詳細を求めて記憶を掘り起こす。音響スタッフの、佐藤、サトウ。ああ、もう少し珍しい名前であったなら何か記憶していたかもしれないのに。
「お礼に食事でも、って言われてたんだけど、そんなに大したことはしてないからって断ったら代わりにってそれをくれたの。律儀な人だよね」
はあ、食事?一体どこが律儀だというのか。どうせ下心があったに決まっている。それなりの立場のあるプロデューサーとしても、素敵な女性としても、お姉さまとお近づきになって損をすることはない。このプレゼントだって、何を入れたのやら。
「……お姉さま、こちらの中身、司が検めても?」
「うん……?あらため……、えっ、ちょっと待って、流石にダメだよ」
ちぃ。お姉さまに気付かれないよう小さく舌打ち。仕事に熱中しているようだったから適当に相槌だけもらえると思っていたが、失敗だった。まあお姉さまがデスクから離れこちらへ来てくれたので良しとする。
「お姉さまだっていつも私へのプレゼントをひとつひとつ検品してくださるでしょう。それと同じですよ。万が一盗聴器だとか変なものが付いていたらどうするんですか」
「アイドルじゃあるまいし……!」
焦った様子で私が手にしていたプレゼントを取り上げるお姉さま。そのままパソコンのすぐ傍に箱を起き、再び画面に向き合ってしまった。それを追いかけてデスクのすぐ横まで来たものの、きっと睨まれてしまった。可愛らしい。何も怖くない。
「お姉さまのためでもあるのですよ」
「いい子で待てないのなら私一人で帰るからね」
そう脅されては何も言い返せない。こんな夜道を女性一人で歩かせるなんて。なによりESができてからがくんと減ってしまった、お姉さまとの二人だけの貴重な時間を過ごす機会を失うわけにはいかない。
愛らしいお姉さま。純真無垢で、人を疑うより人を信じることを重んじるお姉さま。そんな人だからこそ愛しているけれど、そんな人だからこそ悪意の矛先に選ばれてしまうことだってあるだろう。
冗談などではない。お姉さまだって、こちらから見ればアイドルの如く輝かしく魅力的な存在なのだ。己の邪欲を押し付けようとする男がいたって何も不思議ではない。そのメッセージカードに連絡先や再度の食事の誘い文句が書かれていたら。中身の物品に盗聴器やGPSが隠されていたら。物品を通して何かしらの悪意を送り込んでいたら。そんな悪意から守るのだって、騎士の務めである。