至千ワンライ4月3日『おいで』 至千ワンライ 4/3
お題『おいで』
千景さんが時折放つ『おいで』というセリフには、パターンがいくつかある。
呆れた声でため息とともに言う『おいで』。これは俺が大抵何かやらかした際。片付けができていなかったり、シャツやスボンをソファーの上に脱ぎっぱなしにしていたり、まあその他いろいろ、もろもろ、彼のお説教モードに火をつけてしまったタイミングで低く放たれる。だいたいが腕組みとセットになっていて、形のいい眉がひそめられるのがお決まりだ。
少し静かなトーンの『おいで』。会社での失態や激務、行きたくもない接待続きや無駄に長いミーティング。それらをすべてそつなくこなしながらも、内心穏やかじゃないしHPもMPもごりごり削られてる時に、伸ばした両腕とともに優しく放られる一言。合わせてハグなんかもいただけたりして、疲れも荒んだ気持ちも一気に雲散してしまうチート魔法。
そしてもうひとつ。極めつけはベッドの上で仰向けかなんかになっちゃったりして、ほんのりと桃色づいた顔で囁かれたりする『おいで』。その破壊力は何より抜群で、現に今、俺の鼓動を極限まで高ぶらせ、鼻息まで荒くさせてしまうのだから相当強い。最強の必殺技。いたる、なんて甘く幼い口調で言われた日には、理性なんて軽くぶっ飛んじゃうわけで。
俺の方からその一言を口にしたことはなかったな、なんて彼の首元にキスを落としながら考えるけど、俺が千景さんに言うのはなんか違うんだな、とぼんやりし始める脳裏で結論づける。そういう、少し居丈高なセリフは先輩みたいな人によくお似合いなわけで、後輩キャラの俺から放たれるのは少し不自然な気がした。なら代わりになんて言えばいいんだろ。
そうか、と思いながら身体を起こし、シーツの海をゆるやかに漂う彼を見下ろす。丸い眼鏡を外し、少し幼く見える裸眼で熱いまなざしを送ってくるその人は、いつもみたいに余裕そうな表情はどこへやら、まるで互いの立場も逆転している。普段の自分をかなぐり捨てて、ちゃんと向き合ってくれる年上の彼に、俺ならきっとこう言うのがお似合いだろう。
『千景さんのとこ、行ってもいいですか』
彼は一瞬目を見開いた後、目尻を下げてこう言うのだ。
『いいよ、至。おいで』
ほら、このセリフは、彼にこそ合っている。