休憩中 がこん、と音を立てて扉を開ける。エンジンがかけられたままの車内からむっと暖かい空気が外に漏れ出し、至はそれを逃がさないように手早に運転席に乗り込んだ。大きな音が出ないようことさら丁寧に扉を閉める。
「お待たせしました」
がさ、と手元のロゴの入ったレジ袋が音を立てる。はい、おにぎりとコーヒー。中身を探り相手に手渡すと、先程まで運転席に座っていた千景は助手席からどうも、と礼を言った。それから財布を取り出そうとするので手で制する。
「いいですよ。ご老体に運転任せきりにしちゃったので、今回は俺の奢りです」
「誰がご老体だ。……まぁ、それならお言葉に甘えさせてもらおうか」
至は満足そうにほんの少し口角を上げ、狭い運転席で身を捩りつつ着ていたコートから腕を引き抜いた。肘が窓にぶつかって思わず痛、と声を上げれば隣からふ、と呆れたような笑い声が聞こえてくる。
「子供たちが起きるだろ」
言われて後ろを見れば、幸い四人の目は未だ開く気配を見せず、穏やかな寝息だけが車内に充満していた。ようやくコートを脱ぎ終え、自分の膝にかける。
「俺がコンビニ行ってる間もずっと寝てました?」
「ああ。熟睡」
千景はおにぎりのパッケージを剥がしつつ、バックミラーを見上げた。それからやさしく目を細める。その眼差しがいやにぐっと胸をついた。ぱり、と歯が海苔を破る音。
「……楽しかったですね、合宿」
同じようにおにぎりのパッケージを、海苔の破片が落ちないように慎重に剥がしつつ至は千景に話しかけた。三日間の思い出が、炭酸の泡のように脳裏に次々浮かんでくる。うん、と千景は返事を返す。口に米粒を含んでいるせいで少しこもった声色。
「みんなも楽しそうにしてたしね」
甘味嫌いのくせに、多分に甘さを含んだ声で、千景は。その言い方は彼らの喜びが自分の喜びなのだという彼の心情を雄弁に物語っていた。
「なんか、本当に家族旅行って感じでした」
独り言のトーンで至は言う。今回の合宿は、自分が保護者であることを改めて実感した旅だった。
合宿の計画は全員で立てたけれど、宿泊施設の予約や車の手配、運転なんかは年長者である至と千景の役割で。この六人で行動するにあたって、曲がりなりにも周囲より年上で社会人である自分は「連れていく」側の人間なのだという感覚があったし、何か起これば自分が頼りにされるのだという責任感もあった。
幼い頃、両親が担ってくれていた役を今自分がこうして演じていることがいささか奇妙でもあり、面映ゆくもある。四人の健やかな寝息に感じるよろこびと誇らしさ。父親ってこんな感じなんだな、という実感が胸に湧いてくる。
「かもね」
曖昧な返事を、もう一人の保護者は。熱いコーヒーのせいで眼鏡が薄ら白くなっているのが笑えた。家族旅行に行ったことがないと言っていたから、そのせいかもしれない。彼の家庭環境を直接耳にしたことはないし、追求する気もないけれど、どうも彼はそういう類の情動に弱い節がある、と至は思っている。そうですよ、とひときわ強く頷いた。
「先輩、これ半分こしません?」
二人共が握り飯を食べ終えたタイミングで、至は再度袋を探る。取り出したのは肉まん一つ。丁度三〇円引きになってたんで、と至は続けた。千景が何か言うより先に、至は白い饅頭に手をかける。
「……下手くそ」
「……どうしてこうなった」
横から野次が飛んでくる程に、饅頭は見事なまでに大小の区別のついたふたつに別れた。眉を寄せ、両手の肉まんを見つめる男に可笑しそうに吐息を漏らしながら、小さい方でいいよ、と当たり前みたいに千景は言う。その口元に、至は運転席から手を伸ばして大きい方の片割れを差し出す。
「はい、先輩」
千景は眉を寄せ、横目で至をちろりと見てから、観念したようにそれに歯を立てた。ふふんと笑ってみせると、腹立つ、と千景は至の二の腕をつまむ。
ちょっと、暴力反対。後ろの四人を起こさないよう小声で文句を言いつつも、至は千景のこういう瞬間をそれなりに気に入っていた。春組の保護者は、と言われれば、MANKAIカンパニーを知る人ならまず千景の名前を上げるだろう。実際今回の合宿でも細々したことはほとんど彼が手を回してくれていた。彼はいつも保護者であろうと努めている。そんな彼が、自分の前でほんの少し緩んだところを見せてくれるのが、すごく、いい。今この瞬間は、二人とも春組の保護者をほんの少し休んで、ただの至とただの千景で話をしていた。
肉まんの最後のひとくちを飲み込んで、眠気覚ましのミントタブレットを二粒口に運ぶ。よし。ぐっと伸びをすれば、空気が切り替わるのがわかった。
「じゃあお父さん、今から運転よろしく」
「任せてください」
椅子の位置よし、サイドミラーよし、バックミラーよし。じゃ、行きますか。