お題【見ていて】(病室が暇だから、見舞いに来ていたイケメンなだけの同居人のツラ見るだけ)「暇ならさ、麗しい俺の顔でも見ていればいいんじゃなかろうか?」
昨今の若手俳優ばりに整った顔立ちのニートクズ同居人・魅上が爽やかな微笑みをオレにかました。
つい先日、鳶職の仕事をしているオレはうっかりミスで足を滑らせて3階くらいの高さの足場から落ちた。
幸い、下の土が柔らかかったので命に別状はないが右足を軽く骨折した……? から、今現在入院しているのだと、思う。
何故に疑問形なのかというと、診てくれた医者がそんな見目麗しくなかったので、オレがあまり診断を聞く気にならなかったからだ。
オレは男女生物動物問わず、自分が気に入ったデザインとスタイルのもの以外をどうも視界や耳から除去してしまう癖がある。
なので、医者の診断も「いけない」とわかってはいても、ついつい左から右に聞き流してしまった。
まぁ、要するに「足やっちゃったから君、入院ね」とか、そういう感じで今オレは白いベッドでだべるはめになっているのだろう。
現に右足が動かないし。
で、魅上が適当に買ってきた週刊誌や漫画雑誌を暇潰しとして読んでいたのだが、目が疲れた。頭も疲れた。
コロナ・政治・芸能人の大麻・節約術、生活の為の必須知識を短時間で頭に、目に入れたおかげでメチャクチャ疲れた。
気分転換に窓の外を見る。
窓の先が晴天なら気晴らしにでもなったが、何もない白い空。病院と同じく、ただの“白”が広がる虚無にオレの心にも曇天が感染した。
白い壁だけの部屋に人を入れると人の精神がおかしくなる事を知らないのか、せめてクリーム色にしろクリーム色に、とボヤいた矢先に、やる事がない暇クソニート魅上が冒頭の言葉を吐いた。
「……あん? お前の顔を見てろって?」
「今、この場で新美の"眼福"になれるのは俺の顔しかないと思うんだよね」
他の人が聞いたら「何、自惚れてんだブン殴るぞ」レベルの失笑台詞だが、事実なので仕方ない。
魅上は何も家事ができないポンコツクソニートだが、それでも同居させてやっているのにはメリットがあるからだ。
それは魅上が『サマになるから』である。
オレが帰宅して魅上が部屋にいるのといないのとでは、気分に雲泥の差がある。
魅上はソファーに座っているだけで『サマに』なる。肘をつく角度・組んだ足の角度・浮き出た腕の血管・垂れた前髪、全てが黄金比。
何もしていないはずの肌もきれいで、一般的普通肌のオレは劣等感しか感じない。
「どこぞのCMかドラマのワンシーンですか? 撮影中ですか?」と訪ねたくなるくらい、何をしててもサマになる。空気もピンと張る。
いるだけで非日常。土埃や汗にまみれたオレの眼球を爽やかに癒やす。
つまり、“人間”としては役に立たないが"インテリア"として最高なのだ。それを部屋に置いているオレも、何だかまるで上級国民にでもなったみたいな錯覚を覚えて気持ちがいいのだ。
「はい。まずは喜怒哀楽の“喜”ぃ~」
魅上が洗剤のCMに出ている若手俳優と同等のクオリティの爽やか笑顔をオレにかます。
オレの心の曇天は魅上の笑顔によって一気にほどかれ、溶けた。
「……あぁ~……。やっぱお前、ほんとにサマになるな……」
別に魅上の事は好きでも何でもないが、ただただ見た目は好みである。国はコレの蝋人形を直ちに作るべきである。本人は処しても構わない。
「お褒めに預かり光栄です。……はい、喜怒哀楽の“怒”の怒ぉ~」
魅上が形のいい眉をぐっと顰める。
あぁ~、いいねぇ。何このイケメン、オレに親でも殺されたの? レベルの妄想膨らむ迫真の“怒”にオレは心打たれる。
憎悪が漏れ出ている魅上の瞳に一瞬たじろぐも「いや、何でだよ。オレ、何も悪い事してねぇよ」とすぐに気分を持ち直す。
「喜怒哀楽の“哀”ぃ」
魅上が目を伏せながら嗚咽を始めた。何も考えてないでやっているくせに、もうその姿だけで涙を誘う。オレの涙腺が緩む。
こんな実直そうな若者がこんなに背中を丸めて泣いているなんて、本当にどうした。親でも殺されたのか? メシでもおごろうか?
演技とはいえ、ついつい心配になってしまう。
「楽ぅ」
打って変わって魅上がゆるく笑う。黄金比の白い歯に感嘆の意を覚える、が。
あー、うんこ出してトイレから出てきた時の笑顔だコレ。これはちょっと見飽きてる。
「おい。ソレ、うんこ出した時の顔だろ。……口を閉じろ。清楚な感じに微笑め」
魅上はすぐさま俺のリクエストに応え、口を閉じて微笑んだ。弱々しい感じの魅上、悪くない。抱きしめたくはないが、思わず抱きしめたくなる。
「その笑顔のまま凍死してくれ」オレは真顔で言う。
「イヤだ」学がないので何のひねりもなく返す魅上。
魅上の眼福喜怒哀楽を味わったオレは、だいぶメンタルがリフレッシュされた。
「お前さぁ、モデルとか俳優やればいいのに」
「セリフおぼえられないし、ひとにきめられたふくをきたくないのでムリでちゅ!」
魅上が裏声でおどける。天から授かった外見生かせよクソニート。
見た目が恵まれているのだから、あとは内面を磨けば何かしらの『天下(?)』は取れそうなのに、こいつは努力しない。
眼福ビジュアルに引き寄せられた女が寄ってきても、特に盛り上がる話をしたり引き止めるような事をしないので、女は冷めてすぐ去っていく。
口を開けば自分の賛辞か、そんな自分をこさえた親の賛辞を延々言う男なんて、そりゃあさぞ気持ち悪いだろう。
しかし、オレに言わせてみれば『インテリア』に容姿以上のものを求める奴がどうかしている。魅上は“これ”でいいのだ。
別にいいのだ、何も出来ないクソニートで。オレが代わりにやってやるから。
「いるだけでいい」なんて「これは恋か愛の類の感情ではなかろうか」と、たまにふと思うも、インテリアにそんな感情持つなんて変態じゃないですか、やだなぁ、もう。