夏五♀女の躰に男の名前、五条悟。
この世界で、女なんて最悪だ。こどもは女の躰からしか出来ない癖に、孕めば産めば、御役目御免とばかり。
末路、末路、末路。
そんなのを掃き捨てるほど見た。
掃き捨てるほどのものを横目に、女五条悟は生きている。
生きている、生かされている、生きようとしている。
無下限呪術、六眼を持っていなければ、掃き捨てる方に転がり堕ちていた筈だ。なんの因果がそれを併せ持つ。五条家当主なんかはまさか女にと思っただろう。笑い話だ、喉から手が出るほど欲しいそれらを全て己が持っている。女だなんだと蔑んできた奴らは悪足掻きとばかりに男の名前をつけたけれど。どう足掻いても、女五条悟に傅かねばならないのだ。
はは、ははは。
最高。
最高じゃん。最高に、気持ち悪っ。
東京都立呪術高等専門学校。
五条悟は、一応蝶よ花よと育てられた名家の娘ではある。中々難しい家柄なので、幼少中は屋敷で育った。義務教育とはなんぞやとは思う。実は言うと高専もご当主サマは考えていなかったようだが、悟の我儘の一言により、全ては用意されたのだった。
つまんねー人生だと思う、つまんねー人生。でも、でもだ、自分の人生である、つまんないもので済ませるつもりは毛頭ない。
「傑!」
「……悟」
夏油傑は己の姿を見てキラキラとした笑顔を向けた悟を見て、思わず苦笑する。入学当初は何もかもが合わないなど思ったものの、どうにも好かれたようだ。硝子なんかに言わせると、あれは雛で初めて見たものを親と思ってるよと煙草をふかせた。傑も否定はしない。悟は共同生活するには圧倒的に知識が足りなかったし、今までどうやって生きてきたのか疑うレヴェルの常識しか持たない。聞けば、全ては周りが整えてきたからと一言、家柄と彼女が持つ能力を思えば、まあそうなのかもしれない。
ただ親として悪い手本とする傑(そして硝子)には圧倒的にクズな部分が多く、それをすくすくと悟は吸収していったのだった。
「ゲームしよ、ゲーム」
「私は、任務後なんだけど」
「俺も俺も。いーじゃん、じゃあ、傑の好きなのしよ、桃鉄?」
「別に好きではないかな」
大凡日本人に思えないような銀色の髪と瞳、女性にしては背は高いが細身のこともあって、それを感じさせない。
「それと、15、6の女性が毎夜男の部屋に来るのはどうかと思うよ」
「まあね」
と傑の躰にしなだれ掛かった。
忠告もどこ吹く風。ふんわりと悟の甘い匂いがする。これで勘違いをしない男が居たらなにかどこか狂っているだろう。
夏油傑は狂っている方に入る。
これは、友人だから許されている距離であると理解をしている。そして悟にそういう情緒は期待してはいけない。
「傑」
「ん?」
「いつかわたしの処女あげるね」
期待しては、いけない。
期待しては。
「え?」
ふいと肩に掛かっていた重みが消えて、悟はこちらをみてニヤニヤとしている。
「ひひ」
「は」
悪戯成功したりと整った顔をくしゃりと笑みで崩した。
いつか、悟に、何故悟とつけられたのかと聞いたことがある。さあという返事と、男が欲しかったんだろうなという回答。
彼女がうまれたのは、そういう世界だ。
いくつかのお茶目な悪戯がバレ、担任である夜蛾に拳骨による鉄拳制裁を仲良く頂き、程々に反省して(したふりをして)寮に戻ってきた。悟はさもという顔をして、傑の部屋のベッドに飛び込んだ。一応男子居室に女子が入っては行けないという規則は存在するのだが。
もう慣れたと傑は、靴は抜けと忠告をして、ベッドの端に腰掛ける。ぎしりとベッドが沈む。
「傑太った?ベッド壊れてない?」
「安いベッドだからだろ」
「あ、そっか」
もぞりもぞりと悟は靴とついでに靴下を脱ぎ捨てた。
「行儀」
「かーちゃんかよ」
そんな返し。ふとそうだ、もうすぐ母の誕生日であることを思い出した。
高専は学生でありながら呪術がらみの任務が課せられているが、一応休みは与えられる。こうやって思い出さたのもなにかの縁だ、次の休みに実家に帰るのも良いかもしれない。
「ヒマ」
つんと悟の白い足が躰を蹴りが思考の邪魔をしてくる。
「…………、なあ、悟……」
その一言に悟は顔を輝かせるのだった。
それは気紛れだったのだが。
「ちょーー楽しかった!」
悟は薄い色素の頬を赤らめて、興奮気味に言った。
「あれがふつーの家?」
「うーん、普通かどうかは…」
両親は普通の人間ではあるが、息子は呪力を持ち、呪術師なのだ。普通であるかは少し疑問である。まあでも、概ね一般的な家庭ではあるかもしれない。
悟は陽気に先を歩く。
「いいなーあれが親かあ」
両親は息子と、息子が連れてきた友人を歓待した。母には彼女かと何度も聞かれたものの、否定はさせてもらった。悟は意外や大人しくて、行動だけを見れば、日本人離れしたとんでも美人の顔をしたお嬢さんといった具合だった。こいつもしかしてTPOを弁えるということを知っているのか。
「ははおや、ちちおやか」
呟いた言葉が、上手く聞き取れない。足を止めた悟の顔を覗き込む。
「どうした、悟」
迷子のこどもみたいだ、と傑は柄にもなく思った。
「どうやったって、逸脱する」
つぶやく。
「俺はどうやったって、逸脱する」
「枠が、悟にあってないんだろう」
そもそも呪術師は、世間という枠から外れいる。悟も勿論己も規格外だ。
「それに当て嵌まる生き方もあった?」
「ないよ。私は生まれながらにして夏油傑だし、五条悟も然り」
悟は睨むように傑を見上げた。
「案外小さなことに引っ掛かる」
「………わたしらの世界で女って、面倒くさいじゃん。孕めされたり、生んだり、それに才能があればあったで面倒くさいし、無けりゃなけりゃで迫害される。そもそも男の精を肚にぶぢけられて留めて、生命作るなんて、最悪じゃん」
「…………」
往来で話す内容だろうかと少し迷ったが、促すことにした。幸いにして、誰も通っていない。
「普通だったら、それが幸せなんだろうなって」
「悟はそういうごく一般的な幸せが欲しい?」
「さあ?でも、そんな世界は知らない。けど、隣合わせなんだよ」
「まあ、そうだね」
「いつかわたしは糞みたいな男の精を腹に受けるのかと思ってわくわくしてるとこ」
無下限呪術と六眼を持ち合わせる次期当主五条悟にとってそれは義務であるだろう。
「私に処女くれるんじゃなかったの」
「まあ、やらんこともない」
「今日くれたりしないの」
「うーん、もう少し処女の価値はあると思うし…」
とさも普通な顔をして言っているが、耳が真っ赤なのを知っている。
京都
五条家本家。
悟さまと呼ばれる。悟さま、お帰りなさいませ。お変わりないようで。なんで呼ばれたの?悟さまのお母さまがお待ちです。母親ぁ?誰それ。☓☓☓さまにございます。はは、今更会いに来たって?
「あれ悟は?」
「京都」
硝子が尋ねたのを傑は答えた。
時計の秒針の音が酷く耳障りだ。カチ、カチ、カチ、カチ、と耳障りな音。
先日、
五条悟は、覚醒した。
任務の失敗、生死、極限の状態で、五条悟は完全に覚醒し、最強となった。
「気が狂いそうだ」
悟は一人部屋に転がった。
ここは紛れもなく15歳まで育った場所だった。与えられた部屋、与えられたもの、与えられたなにか。それらを全て置いて東京の高専へ進学した。それは正解だったのだとわかる。なにひとつ、自分のものだとは思えなかった。愛着など皆無。高専の方がよっぽど、それらしい場所だ。どうやって、ここで生きていたのだろう、果たして、ここに居た日々は生きていたのか。
「悟さま」
「!!」
気づけば眠っていたようだ。襖の外から声が掛かって、夢から浮上した。酷いゆめだった。
日は暮れ、廊下にいる女中の持つ火がゆらりと揺れた。影が見える。女中と男。
「…なに」
「ご当主さまのお見えです」
「あーはいはい」
身体を起こして、銀色の髪を掻き混ぜた。
「どーぞ」
男が、姿を現した。
悟の祖父であるおとこ、いや、厳密に言おう。
この男こそが、父親だ。
五条悟の父親。
高専に通うようになり、娯楽を覚えた。映画、小説、アニメ、ゲーム。甘味、ジャンクフード。
外の世界、そして、友。
どれも悟の世界には存在せず、あることも知らなかった。そうして、ここが狭く息さえも苦しい場所であることを知った。
五条家当主は、生死の境を彷徨った悟の身をおざなりに案じ、無下限術式と六眼のことを尋ねた。あれらの一件は一応悟からも報告をしたし、各所にばら撒いてある五条家の諜報からも入っているだろう。
この男、尊大なフリをしながら、内心怯えている筈だ。悟は、次期当主である。術式は生まれながらにしか持たない。現当主という立場で、それなりに強い術師ではあるが、まあ、ぶっちゃけ悟の足元にも及ばず勿論傑にも敵わないだろう。こんな男が当主だなんて。詰まらない話をこんこんとしているのを聞き流しながら、欠伸を堪える。
「で、本題は」
夜蛾の話よりも無意味だと切り出した。
「いつ、俺に、その場を譲るという話なら、まあ、聞いてやらんくもないけど」
「っ」
「まあ、ぶっちゃけ要らんけど。まあ、貰えるものは貰っとく主義かな。あーでも、まだ、いいかな。高専卒業までその場所は譲ってあげる」
ゆらりと悟は立ち上がった。尊大な顔の下は酷く歪んでいる。
「帰っていい?」
ここは居場所じゃないんだわと悟は思う。
はやく、帰りたいな、あそこに。
「悟さま」
声が震えている。
細い女だった。年齢はそれなりだが、少し幼く見えるのと、酷く怯えている。
悟は、それを冷たい眼で見下ろした。
「なに」
「お、お元気そうで、なによりでございます…」
末路だ、女の末路。
「まあね」
母親に初めて会った。
母親のことは見たことも無かったが、うっすらと、存在は知っていた。戸籍上の父親に充てがわれた女のひとり。一族としては、血は繋げるもの、数撃ちゃ当たる寸法だ。数撃ちゃ当たるを祖父が当ててしまったわけだ。その不貞(別にこの女が不貞を働いたわけではないが)に精神を不安定にした女は、悟を産んだあと身を引いたとたいうわけだ。なんとも不幸な女である。
酷く怯え、実際身体を震わせている。
「別に取って食いやしないよ」
「いえ、その…」
ふと、傑のことを思い出した、傑の家に行ったときのこと。傑の母親は、ニコニコとして、傑の身をあんじて、突然訪れた悟のことも気にかけてくれた。
「あんたも不幸だよねぇ。ご当主サマにお手つきにさてれ、孕まされて、んで、奥方様にもなれなかったんだもんね。産んでみりゃ、一級品。いくら貰った?」
「あ、い、、」
怯えている。