麦わら帽子3/4
#dnsn版深夜の60分一本勝負
お題:『麦わら帽子』
ダンデの家の門から右に曲がると小川と小さな橋がある。
今日はお手伝いの後、ソニアと川遊びをしようと約束をしていた。ウールの寝床の掃除や干し草集めのお手伝いを急いで終わらせ、走って小川の方に向かう。迷子予防で、今日は一番長老のウールーが付き添ってくれた。
空は青く、白い境界を作っている入道雲は、空の高さをさらに強調している。ムワリとした草いきれ。生温い風が牧場を渡り、ザワザワと葉を揺する音が聞こえる。のんびりとした夏の1日だ。
約束していた橋のたもとまで来ても、ソニアの姿は見えなかった。どこだろう?ソニアが約束を破る事はほとんどないため、それが小さな違和感に感じた。
ウールーがそっとダンデの腰を押して、もう少しだけ先に行くように促す。
橋を越え少し先に進むと、右奥には今は空き家の小さな家へと続く階段。左側にはまどろみの森の木々がこんもり覆い茂る。森への入り口は新しく作り直した木の扉があったが止めているロープが緩んで僅かに開き、風に揺れキイキイ音が鳴っていた。
その扉の前の地面に落ちている麦わら帽子…
広いつばと飾りで緑のリボンが巻かれているそれはソニアの帽子だった。
半年前、ソニアが森に行ってしまった日の景色と重なる。あの時居なくなってしまったソニアを追いかけて森へと分け入ったダンデが、奇跡的にソニアを見つけ事なきを得たのだが、ソニアにはその時の記憶はない。ダンデも忘れかけていた記憶だったが、再び冬の凍てつく風の冷たさを思い出しブルリと震える。
──もりにはいってはいけないよ
あの時あの獣と約束したのだ。次に会う時は契りでソニアは森のものになってしまう。
あれからどんな迷子になっても、この約束だけは守っているが、ソニアは知らない。
ソニアは……森に?
今まで聞こえてたウールーの鳴き声や、葉音が遠くなり、背筋に冷たい物を感じる。
ウルォーン…
けものの遠吠えが聞こえたような気がした。
森から流れる涼しい風がおいでよと誘惑する。
── も り に は い っ て は い け な い よ
もし、ソニアが森に入ってしまったのならば……
ドクドクと自分の鼓動だけが響く。ダンデはなんとか足を踏み出し、麦わら帽子の前までたどり着く。
帽子を拾おうとつばに触れると
「待って!」
その声にビクリと跳ねてしまい、帽子を持ち上げてしまった。
麦わら帽子の中から、フワリと青い羽根の蝶がひらひらと舞い上がった。あ、と声が漏れるが時すでに遅く、蝶は風に乗ってまどろみの森のなかへ行ってしまった。
「あーあ。珍しい蝶だったから、捕まえてダンデくんに見せようと思ったのに」
背後から現れたソニアは、ダンデが握りしめていた麦わら帽子を受け取り、被り直した。手には虫籠。頬は日差しを浴びて上気している。
「飛んでいくとこ見た?綺麗だったでしょ?」
ダンデは無邪気に笑うソニアの手を掴むとギュッと握りしめる。青ざめたダンデの様子を見てソニアは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたのダンデくん?怖い顔だよ?」
「……ソニア。帰ろう」
「え?」
「ここは良くない。……戻ろう」
ダンデはソニアの手を引いて橋の方へ戻る。ウールーもダンデを助けてソニアの背中をぐいぐい押していく。
ウルォーン…冷えた空気が森から流れてくる。
「ねえ、ダンデくん…森から何か聞こえない?…ほら、…呼んでいる」
足を止めて森の方へと振り返り、魅せられたように森をみつめるソニアの瞳は光も消え虚ろに見えた。