月がてらす誰そ彼真っ赤な月
染まる 染まる
月に照らされた身体も
そして
その心さえも
***
ザシュッ!
「ぐあっ!あ…ぁ…」
小さな掌には到底合わない苦無を振るって目の前の相手の皮膚を切り裂いた。
「………」
雷斗はくずおれた男を一別し、また別の標的に襲い掛かる。
それを何度繰り返したことだろう? もう辺りには人っ子一人見当たらない。
あるのは死体のみだ。
それを見て、やっと雷斗は動きを止める。
「雷斗」
背後から聞こえた声に雷斗はぱっと振り返る。
「!」
「っと、あー…怪我、してないか?」
ぴょんと雷斗が抱き付くと、少し眉尻を下げつつもその小さな身体を受け止めたのは諸泉尊奈門だった。
「…、…」
「…そっか。それなら、いいんだ」
「♪」
頭巾の上から撫でられて雷斗はふにゃりと笑う。それが周囲の、現在の状況とあまりにも不釣り合いで尊奈門は口布の下で僅かに唇を噛んでしまった。
雷斗は幼い。それこそ忍術学園の1年生たちよりも。それなのに
(本当はこんなこと…させたくない……)
尊奈門は手拭いを取り出して雷斗の頬に付いている返り血を拭き取ってやる。
『あの子はもう染まってるんだよ』
組頭である雑渡の言葉が尊奈門の脳内に響く。
染まりきっているから別の色になることは出来ない、と。
理由はわからないが、雷斗はこの幼さで忍としてのいろはを有してしまっている。おそらく何者かが雷斗を優秀な忍にするためにそのように教育したのだろうと小頭である山本も言っていた。だから人を殺めることに戸惑いも抵抗もないのだろうと。
そんな雷斗に戦うなと言ったところで無意味だ。雷斗は戦わずに生きていく術を持たないのだから。
(私たちが…受け入れてやらないといけないんだ…)
ならばせめて、同じく忍の世界に染まりきっている自分たちが受け入れて、受けとめてやらないといけない。
「…?…?」
俯いて黙り込んでしまった尊奈門の顔を覗き込むように雷斗が首を傾げる。それにハッとして尊奈門は顔を上げた。
心配そうな表情を浮かべている雷斗に何とか笑いかける。
「何でもない。戻ろう。組頭と小頭が待ってる」
「♪」
雷斗を抱き上げて、尊奈門はその背をぽんぽんと軽く叩いた。
「今日もよく頑張ったな、雷斗」
「…!…?」
「あぁ…きっとみんなも褒めてくれる」
「……、…!」
本当は肯定してはならないのだろう。けれど雷斗を否定することは忍としての有り様を否定することだ。
タソガレドキの忍として『誇り』を持っている者として、そんなことは出来ない、してはならない。
人としての一線を越えてしまっているのは尊奈門も、他の忍たちも、同じなのだから。
「雷斗、明日、何したい?」
「?」
「いや…その、城下に新しい茶屋が出来たんだ。一緒に行くか?」
「…!…!」
「わっ!?わかったわかった!約束な」
尊奈門からの誘いに破顔してぎゅうっと身体を刷り寄せる。
「……、…!」
「な…土井半助のところに行ったりなんて…!」
「…!…!」
「し、しないぞ!!ちゃんと約束は守るからな」
「…、…♪」
尊奈門の腕の中でご機嫌に揺れる小さな身体。
その温もりを感じながら、尊奈門は朱に染まる月に願った。
どうかせめてこの子の笑顔だけは何色にも染まりませんように
と。
了