ファーストタッチすぐ後ろにあった壁が、おおよそ人力による打撃ではありえない力によってひび割れて砕け散った。
ジンベエザメ魚人の男、ジンボーは絶やさなかった微笑みの中に僅かな焦りを宿して、自分のすぐ横の壁に突き刺さっている拳から離れようとそっと身体をずらしながら拳の持ち主である男を上目遣いで見た。
なんと恐ろしい顔だろうか。
顔に傷のある大熊猫(パンダ)獣人の大男。表情は無いに等しいなれど、その根底にはドロドロとマグマのように煮えたぎった修羅じみた怒りと感じ取れるほどの破壊衝動が宿って滲み出ている。
ジンボーは高揚感を空気に変えるかのように、フシュッと小さく鼻息を吐いた。
こんな奴、久しぶりだ。
仕事柄強い奴と喧嘩じみた過激な戦闘をする事は多い。しかしこの男はそいつらとは違う。
コイツは相当ヤバい。
一回だけでもダメージを与えたい。
興奮と焦りで脳内はぐちゃぐちゃだった。
半ばがむしゃらに突き出す拳はその度に太い手首で防がれ、蹴り技も受け止められる。
こんな奴に勝てるわけがない。
ふとそんな諦めがよぎった瞬間、目の前が赤く染まった。そして僅かな時間をおいて顔に鈍痛が走りだし、鼻からどろりと何か生ぬるい液体が流れ落ちる。
脳から何か出たんじゃないか、と有り得ない話ではない事を妄想しながら鼻を拭うと、服と肌は赤く染まっていた。
鼻血だ。どんな馬鹿力で殴ったんだ。
また殴りかかってくる男を避けつつ、建物の影に逃げ込む。
このままでは殴り殺される。生活費は少なくなるが命に勝るものはない。
震える手で携帯を取り出すと「早く迎えに来てくれ」と打ち込んでメールを送る。
相手の様子を伺えば、もう既に彼はターゲットである女ーーーこの国の富豪であり、裏社会の女帝ーーーの車に乗り込んで去っていくところだった。
とりあえずは命の心配は無くなった。
その安堵に彼は座り込んでため息をついた。
「は〜〜〜……死ぬかと思った……」
口ではそう呟きながらも、ジンボーの脳裏ではあの男への興味がむくむくと湧き上がっていた。
「……ダンゴに調べてもらお」
言いながら彼は鼻を押さえるのだった。