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    去年のオンリーの無配です

    #斑こは
    speckles

    モラトリアムの衝迫 それは桜の花が少しずつ咲き始めた頃だった。
     時刻は丑三つ時。ESから程近い公園にはほぼ誰もおらず、いても通り道に使う程度で足早に去る人たちばかり。こちらを見る人なんて一人もいなかった。
     ひらひらと舞い落ちてくる花弁に対してつい手を差し出すも、自分の先程までの『仕事』を思い出し、ゆるゆると手を下ろす。
     今回の依頼もその前の依頼も、こはくさんには頼らずに一人でこなした。悪い人間とは掃いて捨てるほどいるようで、一人片付けてもまたすぐに依頼が入る。そういった人間をなんとかしてほしいという依頼内容は俺に直接来るので別にこはくさんに言わずに済ませてしまえば、それで終わるのだ。もしかしたらこのことにこはくさんは薄々気付いているかもしれない。それでもこの行動を変えるつもりはなかった。裏の仕事のことで前回連絡したのはいつだっただろうか。すぐに思い出すのはもう難しい。
     そろそろ帰らないと。
     自分の掌を見つめ、汚いものを隠すように握りしめる。
     じり、と桜の花弁を踏み潰し公園を出ると、夜の街を急いだ。

     Double Faceの仕事はアイドル界の治安を守るものである。だが、正義の天秤はこちらに傾くわけではない。流星隊で活躍する千秋さんや奏汰さんの笑顔を見ると、彼らの正しさを感じて以前より眩しく思う事が増えたのはいつからだろう、彼らのヒーローとしての姿を見ないようにしたのは一体いつからだろうか。
     MaMの衣装に袖を通していると楽屋のモニターから千秋さんの声が聞こえてふとそんなことを考える。この衣装に似合うアイドルを目指していたはずなのに、今の自分はどこに向かっているのだろう。これからどうしていくのだろう。理想と現実の狭間で揺れ動く感情に鍵をかける。今日はソロでの依頼なのだから、余計なことを考えてはいけない。
     MaMとしての仕事を終え、ふわふわとした高揚感で仕事場を出たところに一本の電話が入る。その電話はあまりにタイミングが良く、こちらの仕事が終わるのを待っていたようだった。
     通話ボタンを押し、少しだけ声音を下げて応答する。必要最低限のことだけを告げた相手は早々に電話を切った。先程までの会場の熱気の余韻にも浸らせてくれないのか。もしこの仕事を俺がやらなかったらどうするのだろう。こはくさんに連絡が行くのだろうか。そしてこはくさんが依頼をこなすのだろうか。それだけは嫌だった。
     車道を確認するとひとつ溜息をもらし、タクシーを呼び止めた。

     以前見かけた桜の木はとうに満開になっていた。
     あの時と同じくらいの時間、平日だからか同じくらいの人出。一人での花見は勿体無いくらいだった。
     足元に広がる花弁は量を増しており、花弁を踏むことに罪悪感もなくなる。
     怖いくらい綺麗に咲く桜はこちらをひとつも見ることなく堂々と咲いていた。周りの植物のことも俺たちのことも何も、桜の眼中にはない。ESの土壌を守る仕事をし、洗っても洗っても落ちることのない汚れを身に浴びた自分が、他のESのアイドルたちが、なんだか全てがどうでも良くなってしまった。
     魔が差した、とでも言ってしまおうか。
     腕を少し伸ばせば届きそうな枝の方に向かって手を差し伸べる。
    「斑はん」
     びくりとして手を下ろす。その呼び方をする人は一人しか思いつかなかった。
    「桜は触ったらあかんよ」
     振り向かない俺に向かってその人物は追撃する。今、彼には会いたくなかった。
    「こはくさん」
     ゆっくりと振り向くとラフな格好をしたこはくさんは思っていたより近くにいた。声をかけられるまで気配に気付けないなんて、今の自分は少しおかしいかもしれない。
    「未成年が、なんでこんな時間にこんなところにいるんだあ?」
    「不良になりたいこともあるんや」
     そう言って笑ったこはくさんは一歩、また一歩とこちらに近付き、横に並ぶ。
    「不良って」
    「綺麗やな、桜」
    「ああ」
     隣で桜を見上げるこはくさんの顔を盗み見る。
     桜が駄目なら、同じ名前を持った君を。大事に大事に育てられた君を。……違う、本当は逆だ。桜が君の身代わりになるはずだった。
     君をこの手でへし折ってしまえたら。それから俺がその後を追って。そうしたら今のこの葛藤から逃れられるのかもしれない。親や妹には迷惑をかけるかもしれないが、俺はそもそもその何倍も迷惑をかけられているからおあいこだ。
     だから、君のことを殺してもいいかな。俺もすぐ後を追うから。
     真っ直ぐ前を見ていた顔が突然こちらを向き、紫色の瞳に捉えられる。白くて細い首に目を奪われた。
    「ええよ」
    「なに、が」
    「知らんけど」
    「知らないことを安請け合いしたらダメだぞお」
    「知らんけど、斑はんがやっとわしを認めてくれたっち気がして」
    「……俺は君をこの場で殺してしまおうかと思ったんだぞ」
    「斑はんが本当のことを言うん、珍しいな」
    「……」
    「茶化してるわけやなくて。本音が聞けて嬉しいっちうか、やっとこっち見たなっちうか」
     まぁ、まだ死にたないけど。そう言ってこはくさんはまた桜を見上げる。
    「わしなぁ、知っとったんよ。斑はんがいつも一人で依頼こなしてること。たまたま副所長はんに聞いて」
     大方一緒に依頼をこなしていると思った茨さんがいつもの誉め殺しでもしたのだろう。絶対に隠し通すというつもりだったわけではないが、気付かれていたと後で知るのはバツが悪い。
    「この下に死体埋めたら、来年からもっと桜綺麗に咲くんかな。それなら死に損にはならんかも」
     靴で地面を軽く削りながら歌うように言うこはくさんに対して、背筋に冷たいものが走る。
    「坊はあれで意外とちゃんとしとるし周りに助けてくれる人もいる、Crazy:Bのみんなは協調性は無いけど個々の能力は高いし。うん、大丈夫。ええよ、斑はん」
     両腕を大きく開いたこはくさんには怖がる素振りなどなかった。俺が殺せないとわかっているのか、それとも……。ここまでされてしまうと降参するしかない。
    「……どうして君はそうやって俺の想定外の動きをするかな」
    「わし、怒っとるんよ。なんにも言ってもらえんし、勝手に色々終わらせるし。同じユニットやろ? SSの時にもあんだけ言うたのにまだわからんのか」
    「うん、ごめん」
     君の手をこれ以上汚したくなかったなんて言ったらきっともっと怒られるのだろう。今まで身近な人を助けることができなかったから、事前に綺麗な箱に入れて大事に守ってしまいたかったのだ。
    「一人で嫌なこと何でもかんでも背負わんで。わしにもちゃんと分けて。そんな簡単には潰れんから」
    「そうすると俺は減っても、こはくさんは背負うものが増えるだけになるだろう? それに俺はこういうことには慣れているし」
    「苦しみは分けて喜びは共有しようっち言うてるだけなんやけど。あー、じゃあ手出して」
     おそるおそる右手を出すと掌を上に向けられ、そこに何かを置かれる。
    「飴?」
     昔からある有名ないちごの飴。それはいつの日か奏汰さんにこっそり渡したことがあるものと同じだった。
    「わしはこれが減ったから、斑はんの荷物少し分けてや。それに慣れててもそれは痛みを感じないわけやないやろ? 斑はんも、わしも、一人の人間なんやし」
     だから、ちょっと疲れちゃったんやろ。こはくさんはからからと笑う。確かに気付かないうちに精神の疲労の蓄積はあったのかもしれない。
    「こはくさんには敵わないなあ」
    「少しはわしも役に立つやろ」
    「それは自分で言うことかあ?」
    「斑はんは言うてくれんもん」
     ぼんやりと桜を見上げていると、突然手首を引っ張られる。飴が落ちないように優しく包み込んだ。
    「そろそろ寒なってきたし帰ろ」
    「こはくさん」
    「ん?」
    「この飴を食べてしまったら」
    「そんなん賞味期限ギリギリの和菓子でもまたあげるわ」
    「はは、そうか」
     少し気持ちが前向きになった気がした。こはくさんのおかげ、なのかもしれない。認めたくないが、やはり自分の中でも何か思うところがあったのだろうか。
    「よおし、寮まで競争するぞお」
    「え、なんそれ、うざ……って、速!」
     元陸上部の脚力でスタートダッシュをすると後ろからこはくさんの声と足音が聞こえてくる。次の曲がり角で待って、そこからは一緒に帰ろうか。
     こはくさんが追いつくまであと五〇メートル。
     

     



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