ほしいもの「誕生日、何がいい?」
それは普通に俺の家で普通にくつろいでいる時だった。
葉山はベッドに寄りかかり、学校に提出するレポートをこなしていると思っていたら、そうやって突然沈黙を切り裂いたのだ。
俺はというと、特にやることもなくベッドの上でゲームしてただけ、てかなんでこいつ俺の家で課題してんの?自分の家あるでしょ?
「…突然すぎるだろ。」
「突然…いやまあ、色々考えてたんだけど、結局本人に聞いた方が早いかなって。」
俺に喋りかけながらカチカチと、パソコンでタイピングをして器用に喋りかけてくる。
ただ課題をしてる大学生なのに、こう、なんというか様になりすぎじゃないですか?何?それともメガネしてるからかな?メガネかけたら全員そうなるかな?
どこぞのエリート若手社長を彷彿とさせるようなイカしたルックスをもち、まさに眉目秀麗、そして文武両道、その二つを兼ね備えている葉山隼人。四字熟語になっても違和感のない、こいつは実は俺と付き合ってるいる。
日を数えているわけではないが、それでも付き合い初めてまだそれほど経ってはいない。誕生日を祝われるとしたら、これが最初になる。
ていうか俺の誕生日知ってたのかよ、どこ情報?小町?小町かな?
「それで、何が欲しい?」
ちら、とゲームから目を離すと葉山もこちらを見ていて、パソコンを使う時だけかけているメガネ姿に思わずどきりと、してしまった。
正直こいつは顔が良い。そこらへんにいる女の子なら1発K.O.できるくらいには顔が良い。
だから、こいつの顔面にときめくのはもうほぼ不可抗力にふさわしい。俺は悪くない。俺は弱くない。
「べつに欲しい物なんてないけど…」
どれほど時間がたってもなれない、その目に見つめられると、こっちも謎にドギマギとしてしまう。なんか美人は3日で飽きるとかそんなことわざがあった気もするが、嘘だろ。
俺は葉山から目を逸らし、またゲームへ集中しようとする。
「ねぇ」
が、それも惜しく、葉山は俺からゲームを取り上げてベッドの端に座り、俺の頬に手を添える。
何が始まるのか分からないが、その生ぬるい空気やら雰囲気やらで、身体が硬直する。
葉山がどんどん近づいてきて、避けることも出来ず、目をギュッと閉じた。
「……それとも俺?」
耳のそばでそうやってささやかれ、俺はガバッと起き上がりベッドの端へと逃げた。
囁かれた耳を抑えると、自分でもわかるくらい耳まで熱くなってるのが分かる。
葉山はそんな俺をみるとひとたまりもなく吹き出し、笑い始めた。
「お前そういうところまじでムカつく」
「ご、ごめん、…くっ、…ふふ……」
こいつは自分の顔が良いことを知っている、から平気でこういうことをしてくる。馬鹿みたいに反応してる俺も大概だが…。
ああいうことをしても顔が良いからそれなりに様になってるのがムカつくし、そうやってあいつの顔の良さには認めることしかできない自分にもムカつく。
語彙がもうムカつくとかそれくらいしかならないくらいに俺は腹立たしい気持ちになっていた。
ベッドの端に座って口を抑えてずっと笑っている葉山に流石に、堪忍袋の緒が切れる。
「……わかった、決めた。」
「え?」
俺の一言に葉山はぽかんと口を開けて目を丸くさせる。
「誕生日だよ、決めた。お前映画奢れ。」
「映画奢れって……日本語合ってる?」
国語力最強のこの俺もテンパってよくわからん日本語を使うほど、俺は思い付きでそう言い放った。
「そんなことはどうでもいい、とにかくその日は一日全部お前の奢りだ。」
まあそんなことでいいなら、と葉山は余裕ぶっこきながら大丈夫だよ、と返事をした。
よし、金に物を言わしてやる、と意気込んだが、一日デートを自らで誘っていることになったのにはその時気付いてなかった。
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「ねー、あの人芸能人かな…?」
「確かに…めっちゃ顔良い…」
すれ違いざま、そんな言葉が聞こえる。
それもそうだ。なんせ隣にはこの日本中を見回してもきっとこえる人間はいないであろう美貌を持つ男、葉山隼人がいるのだから。
そいつは今俺の隣で歩いていて、目的地である映画館に二人で向かっている途中なのだ。
葉山は楽しみだね、と俺に笑いかける。
ぱぁぁ!と花が咲いたみたいにそこだけ明るくなったのは俺の気のせいではないと思う。
俺はハッ、と鼻で笑いながら目を逸らした。
前の件で俺に怒りを買われ、今からその落とし前をつけるため映画館のあるショッピングモールにいて、映画館に向かっている道中だ。
「で、映画って何見にきたの?」
「それはな、ってお前が見たいものがあっても見ないからな。俺が見たいやつにすんだから。」
「わかってるって。俺チケット買ってくるから、教えてくれないとみれないよ。」
そうだった、それは盲点。俺はぱっと視界に入ったその映画のポスターをみつけ、あれ、と指を指す。
すると葉山は何かに驚いたようにこちらをみつめる。
「……あれ俺も見たかったやつ。」
と言って葉山は面白おかしく笑い、映画館に着くと行ってくるねと笑ってチケットを買いに行った。
すぐそばにあった椅子に座って、一息つく。
わざわざ、一言一言に含みをもたせる言い方っていうのはイケメンだけが許されているのか、それともああいう言い方だからいいのか…いや前者か。
映画館が少しばかり混んできて、スマホをいじって葉山を待っていると、するすると人の間を抜けて…というか開けられていってるなあれは。通る道がすんなりとできている、レッドカーペットでも敷かれてるんじゃないの?
ポップコーンと二つの飲み物をセットできるプレートをもってきて、隣の席に座る。
「飲み物これで良かった?」
さっき葉山を待ってる間、ポップコーンの種類と飲み物をどれにするかのメッセージがきて、こいつはやはり気の利く奴だなと再認識させられた処だった。
「……あぁ」
これが所謂スパダリというやつで、葉山はそれを笑って答えているのに少々、ムッとした。
「どうした?調子悪い?」
「別に?」
葉山からプレートを取り上げ、いくぞと言うと、そうだねと返事をしてプレートを奪われた。
そういうところだぞ、と葉山を睨みつけても、楽しそうに笑ってるだけだった。
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「面白かったね」
「そうか?まあ演技は良かったし、面白かったけど……ストーリーなんで改変したのか、正直そこだけは理解できなかった。」
俺は圧倒的に原作派だったため、面白いと言いながらも文句を垂れ流してしまった。奢ってもらったのに文句を言うのはちょっと、あれだったか?と思い葉山を見ると、少し笑ってる?いややっぱりね、みたいな顔してた。
「まあ、君ならそう言うと思った。俺も同感」
「なんだよ、お前原作読んでたのかよ」
「まあね」
葉山は物分りがいい、きっと俺がどんな反応をしようが、すんなりと受け入れて、当たり前のように同意をする。
それが葉山の得意分野なのかもしれないが、そういうところでこいつは地位を獲得してきたんだな、と謎の格差をみせつけられた気分だった。まあ勝手な解釈だが。
「それで、次は?」
「おう、次…………といっても、正直映画以外なんも考えてなかった。」
「…そんなことだろうと思ったよ」
こいつエスパーなんじゃない?とか思う以前に俺が分かりやすくぶっきらぼうなだけだった。
そもそも今日は映画を奢らせる、っていう名目できたはず…まあ、1日奢れとも言った気がしなくもないが。
「とりあえず、見ながら1周しようか」
「…じゃあ、それで」
こっちも特に何も思いつかなかったから、葉山には同意したけど、正直もう帰るか、と言おうとしていた。俺のそんな提案よりも先に、葉山は俺の前を歩き出した。
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そのあと俺達は葉山が言った通りショッピングモールを周回して、特に何も買うことも無く、外食するよりも家で何か作るよ、という葉山の案で材料だけ買って帰ろうとした時だった。何回か葉山は俺の家で飯を作ってくれることがあったが、それがなかなか美味い。偏食も治してくれるかもしれない。先生かな?
「あ」
葉山は何かを思い出したかのように突然立ち止まる。
しかし見つめている先は道ではなくてインスタ女子とかが好きそうなケーキ屋さんだった。
「ケーキ、買ってなかったね」
「あー…」
え?もしかして?そのケーキとやらをそこで買うおつもりですか?別に大丈夫なんですけど…。
「ちょっとまってて」
断る前に葉山は俺に荷物を手渡してきて、歩いて行ってしまった。
ケーキ屋さんの前には何人か女子高生らしき人が何人かいて、葉山がショーケースに近寄ると、周りの女子たちは騒然としだした。
それもそうだ、あいつは無意識だろうと、カッコをつけたりしても、何でも様になる。だからああやむてショーケースでケーキを眺めてるだけでも雑誌の表紙に飾られてもおかしくない姿になる。そういうところが妬ましいところで、唯一好きになってしまった所かもしれない。
俺は反対方向のなにもない柱のそばでスマホをいじる振りをして葉山を目で追ってしまう。
葉山は何かしら決めたようで、ショーケースの向こう側にいる店員さんに話しかけると、その店員さんは少し顔を赤らめて、あたふたと葉山に言われたケーキを箱詰めしていく。
俺は葉山が振り返ると同時にまたスマホを一所懸命に触りだして、いや何も見てませんでしたけど?みたいな雰囲気を醸し出してやった。
いや正直に言うとずっと目で追ってしまっていたなんて、その事実自体自分でも恥ずかしいのに、本人にしれたらたまったもんじゃない。
「ごめん、待たせたね」
「いやー、まあ、…それすまん」
「ああ、いいんだよ。そもそも買うつもりだったんだ、忘れてたけど」
少し苦笑いをして、行こうかと歩き出す葉山はやっぱりキラキラと輝いていて、馬鹿みたいにこいつ顔がいいなとしか思えなかった。
どんな表情をしてもプラス効果になるこいつの顔は正直好きだ。俺に対しての性格は悪いけどな。
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そのまま俺の家に直行して、葉山は買ってきた材料で夜ご飯を作ってくれた。これまた葉山は料理もそつなくこなし、豪勢な食事になった。食後は葉山が買ったケーキをデザートで食べた。うむ。世は満足じゃ。人がつくる飯は大変美味じゃ。
特にすることも無くてなんとなく流してたテレビを眺めてると食器を洗ってくれていた葉山がリビングに戻ってくる。
「そろそろ帰るかな。明日朝からだし」
「そうだったな」
帰り支度を済ませて、そのまま葉山は玄関へむかう。見送りしなくてもいいかと思ったけど、なんとなく今日の1日もあった事だし見送ることにした。
「今日、たのしかった?」
靴を履きながら葉山はそう俺に問う。
「あー…」
返答に困っていると、靴を吐き終えた葉山がカバンの中から小さなラッピングされた袋を取り出した。
「はい、プレゼント」
「え、いや、別にいらな」
「いらないとはさすがに言わせれないな」
俺の腕を掴んで手のひらに載せた葉山はそのまま俺を引き寄せて抱きしめる。
こういうスキンシップが苦手な俺は腰に回ってくる手にぎくしゃくと反応して、片手が伸びてプレゼントが埋まった状態で動けなくなる。
「よし」
葉山は俺を腕から逃がして、玄関の扉をあける。
「じゃあ、また連絡するね」
開けた扉からむあ、とした熱気が入ってくる。
その熱さにやられた訳じゃないが、俺は葉山の裾をプレゼントで埋まってしまった反対の手で掴んだ。
「……今日たのしかった、ありがとう」
葉山はぱちくりと、その長いまつ毛を何回も交差させる。
だんだんとその熱気が体をつつんできて、冷房で冷えた体との温度差を感じるくらいになった時に、葉山は動き出した。
「君ってそういうところ、結構卑怯だよね」
すっと手が頬に伸びてきて、葉山はそのまま俺にキスをしてきた。
びっくりして、目を瞑って、プレゼントも少しひしゃげてしまうくらいに力がはいる。
お前がいったその言葉をそのまま返してやりてぇよ、畜生。
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「げ、」
「げっ、て自分で入ってたのに」
なんでもないお昼、俺は葉山から貰ったプレゼントの中に入ってた合鍵を使って勝手に家に入っていた。貸してた漫画取り来ただけだったが、葉山に遭遇するとは思わず、思わず声が出てしまった。
「……よかった、つけてくれてるんだ」
葉山は俺の首のついてるものに手を伸ばして、キラキラとひかるそれを確認するように見ていた。
葉山のプレゼントは、ネックレスと葉山の家の合鍵だった。
「まあ、貰ったものだし使えなくはない」
「そっか、てっきり売られるかなって」
「どんだけ俺を非情な男だと思ってるんだ」
まあ2割くらいはそう思ってたけど、とは言わず入れ替わりで俺が外へいこうとしたが、それは阻止された。
「今日は泊まっていこうか」
「…ひぇ……」
思ったけど、葉山って意外に強引だ。意外じゃないのかもしれないけど。