パンのにおい「おはよう、炭治郎」
例えるのならお菓子よりも甘くバターよりも濃厚。そんな蕩ける微笑みを向けられて炭治郎は思わず腰を抜かしてしまった。生徒保護者の皆様、この鬼教師こんな顔するんですよ。見せませんけど。声高らかに宣言したかったが動悸息切れに襲われて何もできない。寝室の出入り口で真っ赤な顔のまま、立てない炭治郎を義勇が担ぎ上げて甘やかす。記念すべき同棲1日目の出来事だった。
◇
穴場だと評判の竈門ベーカリーは炭治郎の実家である。小ぢんまりとした店内だが素朴な味わいのパンは家族を思い出す、ほっとする味だとかなり好評だ。遠方からの来客も少なくない、そんな根強い人気を誇る竈門のパンが義勇は大のお気に入りだった。お隣さんで常連さんだった両親に連れられて行ったのは幾つの頃だったか。穏やかな空間に置かれたパンは、きらきらと輝いてまるで宝石のようだった。すっかり義勇も常連になった頃、竈門家に幸せが舞い降りる。
3018