『可愛い以上の言葉ってないの』僕は最近何だかおかしい。
彼のことを、可愛いと思うなんて-
彼との出会いは迷いの森だった。
森から抜け出すために海賊が隠したという宝を見つけることに協力し彼らに付いてきた。
第一印象は、とにかく積極的で押しが強い。猪突猛進、かと思いきや意外と思慮深いところもあったりと見ていて飽きない少年であったことは今でも鮮明に覚えている。
宝の正体に僕達は愕然とし、今までの苦労は何だったのだろうと溜息が止まらなかった。だが、1人だけ喜びに満ちた人物がいた。彼である。
『目的は何だっていいんだ。大切なのは冒険しようとする自分なのかもしれない』
『本当の宝じゃなくても、後悔しないさ!』
彼のあの時の言葉と、夕日に照らされた満面の笑みが今でも脳裏に焼き付いている。
夕日に向かって放たれた言葉に彼の親友であるハックも同意し笑い合う姿がとても眩しく写った。彼らの前にある夕日のせいだけではないと、今なら分かる。
筏を下りてそれぞれの故郷に帰り、僕は変わらぬ日常を過ごしている。
あの大冒険の後に変わったことは特に何もなかった。学校へ行き、友人と遊び、時々家業を手伝う。いつも通りの日々。
強いて言うならただ1つ、僕の記憶に新しいものが刻まれたこと。そしてそれを思う度、目の前のことに集中出来なくなっていた。その証拠に、机に置かれている学校の課題が全く手に付いていない。
これではいけない。遮断しなくてはと思えば思うほど益々脳裏に浮かんでくる夕日に輝く彼の姿。
(どうして、こんなにも思ってしまうんだろう…彼のこと)
溌剌(はつらつ)とした仕草。走り出す度にふわふわと揺れる金の巻き毛。きらきらと輝く瞳。そして、屈託の無い笑みを浮かべて大きく手を振りながら僕の名前を呼ぶ声。
-可愛い。
はっと掌に乗せていた顎を上げて目を見開いた。
僕は今何を思った?彼は男だ。年下だからといって同じ性の人間に対してそう思うなんてある筈がない。血の繋がった弟妹や飼っている犬にならまだしも、彼は赤の他人だ。
軽く首を振り先程の浮かんだ言葉を取り消そうとした。だが中々上手くいかず、逆に益々脳裏に刻まれる羽目になってしまった。
どうしよう。
(これ以外の言葉が、全く出てこない)
太陽が沈み出す頃になっても、開きっぱなしの教科書が手を付けられることはなく、小さく唸りながら頭を抱えて俯くことしか出来なかった。