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    tikutaku_kati

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    tikutaku_kati

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    なかざとさんのリクエスト(迷子ジャミル×星の妖精見習いカリムくん)で、お誕生日祝いで書きました。
    迷子というか、拉致放置されたジャミル(25)×星の妖精見習いカリムくん(14)のおにしょた。現代転生ものでお願いを叶えてくれるカリムくんがいます。

    皆さまはおにしょた大丈夫でしょうか?私はおにしょたもしょたおにも好きです。

    #ジャミカリ
    jami-kari

    星に願いを 世の中不思議な事もあるもんだ。
     平々凡々に生きていた。人より優れたものを持って生まれた自覚はあるが、それも大成功とまではいかない程度。並よりはいい大学に入って、優良企業に入社したくらいのものだ。平凡、と言ってしまえば反感を買うが、それでも人並み外れたものだとも言い難い。
     この現代日本において自分を高く言うリスクよりは、謙遜した言い方の方が好まれるし生きやすい。褒められても真に受けず、できるだけ静かに暮らしてきた。インド人の血を引く容姿は、どうしても人の目を集めてしまうが、概ね好意的なものばかりだ。日本生まれ日本育ちも功を奏して、特別外人扱いされる事もなく過ごせている。
     あの頃に比べれば、凡庸に生きてきたはず、だった。
    「どこだよ、ここ。いッ、頭思いっきり殴りやがって…」
     痛む頭を押さえながら、微かな月明かりを頼りに辺りを見渡す。現状把握は大事だ。
     だが、視界に入るものは全て、木、木、木。
     結論。俺は、どこかの森に捨てられたらしい。
     遠ざかるエンジン音に舌打ちをするが、もう影すら負えない距離だった。
    「ふざけやがって。あの女」
     会社帰り、家までの道で待ち伏せをしていたのは女。隣の課に所属している、名前と顔を見た事がある女だった。
     突然現れた女に告白をされ、丁重にお断りをした。
     何が気に入らなかったのか知らないが、唐突に発狂した女は俺に殴りかかってきたところまでは覚えている。この頭痛は確実にあの女にやられたものだろう。当たり所が相当悪かったのか、意識が飛んだ俺を死んだと勘違いして車でこの森に捨てに来た。おそらくそんなところだ。
     情動的で短絡的。誰がそんな相手と付き合うものか。
     自分の見る目は間違っていなかったが、この結果は予想外過ぎる。幸い野宿できる程度の気候だが、脱出できるかが問題だ。
    「鞄は…無いか。ポケットには、ライターと財布だけ。生木だと燃えづらいから、救難信号としては不十分」
     何処に捨てられたのか分からない以上、取れる手段は考えられるだけ考えていた方がいい。一番いいのは徒歩でこの森を抜けること。それが叶わなければ、最悪ライターの火を使ってここらを燃やせば人が来るだろう。山火事を起こすのは少々気が引けるが、錯乱している振りと女の奇行を訴えればどうにかなるはずだ。
     そうと決まれば話は早い。
     ライターの火を頼りに、地面に落ちている枝を集める。できるだけ乾いているものを選び、山を作って火を近づければすぐに燃え移った。簡易的ではあるが、焚き火の完成だ。
    「これで野生動物は近づいてこないだろう。今日は野宿するとして、明日は動くか」
     パキ、パチリ。
     枝がはじける音を聞きながら、どうか動物が来ないことを祈る。火を怖がる動物は多い。だが、絶対は大丈夫だとも言い切れず、今夜は眠らない方がいいだろう。
     野宿と言いつつ眠れない理不尽さに腹は立つが、そんな事でエネルギーを使うのも癪だ。それより、これからどうすればいいか考える方がいいに決まっている。
    「せめてあと一人いれば、交代で火の番ができたのに」
     火の近くに腰を下ろせば、連勤の疲れがドッと身体にのしかかってくるようだった。温かな橙色の光は心地よく、眠気を誘ってくる。眠気に負けないよう、ぽつりぽつりと独り言を声に出して脳を起こすがどうにも弱気な言葉が思い浮かんでしまう。
     揺らめく橙色と耳心地の良い薪の音から逃げるように夜空を見上げた。
     大きな月と広がる星々。人が辛い思いをしているというのに、キラキラと輝く空。どこまでも広がっている星の絨毯は、月だけを乗せて飛んでいる。
    「カリムが喜びそうだ」
     ふと、思い浮かぶのは能天気な笑顔。
     殴られた瞬間思い出したアレは、前世の記憶というやつなのかもしれない。ファンタジーにしてはどこかズレた世界の断片的な記憶。映像というよりは写真を見ているような感覚で前世を思い出した。本当にそんな世界が存在したのか分からないし、前世というよりは自分で作り上げた物語だと思った方が信ぴょう性がある。
     だが、アレは前世だ。根拠のない確信だけが、前の記憶だと告げている。
     殴られ、意識を失う前。写真のように、印象に残っているのだろう記憶が頭の中に浮かんだ。強制的に見せられた一枚一枚に、湧き上がってきた感情は酷く生々しくてどうしようもないくらい俺らしかった。
     だから、俺はあの世界からこの世界に生まれ変わったのだろう。なら、他のヤツらも生まれ変わっているかもしれない。
     会ってもいいかと思える面々を思い浮かべながら、ひときわ記憶に映り込んできたカリムの行方が気になるところだ。俺もさっき思い出したし、カリムは俺を知らないかもしれない。それでも、記憶の中の俺がカリムの事を気にかけているようだ。探せるなら探してもいいかもしれない。
     つらつらと夜空を見上げながら考えたところで、今の状況を思い出してげんなりしてしまう。
     昏睡させられ誘拐、のち遭難。最悪の字面は新聞の端くらいには掲載されそうな内容で、明日を無事迎えられるかの方を心配した方がいいだろう。
     だが、前世を思い出したせいか危機感が妙に薄い。あちらの世界では死を感じる事など日常茶飯事だった。猛獣、暗殺等々、数えきれない死線を潜り抜けた記憶が感覚を鈍らせている。あの頃のような身体能力がないのがネックだが、落ち着いて対処すればどうとでもなるだろうと思えてしまう。
    「それにしても、喉が渇いたな…。こんなことになるなら、自販機で何か買って飲んでおくんだった」
     仕事終わりにコーヒーを飲んでから何も飲んでいない。何時間経ったか知らないが、口の中がパサつき始めていた。
     脱水になるほどではない渇きに焦りはないが、本格的に水が欲しくなる前に対処を考えなくてはいけない。
     目を閉じ、耳を澄ます。
     聞こえるのは風の音だけで、水の流れる音は聞こえない。つまり、近場に川などはないようだ。
    「あったとして、生水は怖いしな。いざとなれば、樹液でも吸ってみるか」
     ライターがあるから火は起こせる。耐熱の入れ物があれば煮沸できるだろうが、川や入れ物があってこそのできる贅沢な悩みだ。ないものを考えるより、樹液や葉に溜まった水を飲む覚悟を決めておいた方がより建設的だろう。
    「とんだサバイバルだ」
     水なら、と思い浮かぶ顔を追い払うようにかぶりを振る。
     確かに前世では魔法で水を出せていたけれど、今いたとしても水なんて出せるはずない。そもそも知り合いではないし、もっと言えば生まれているかさえ分からないのだ。
    「…変に意識が混じって、駄目だな」
     断片的な記憶とはいえ、容姿や考え方は俺そのものだ。色濃く残った意識が、今の俺にまで干渉してきている。無意識の間を縫うように、前世の俺が声を上げているようだった。
    「『ここにカリムがいれば、水の心配なんてないのに』」
     夜空を見上げる。
     この感傷は、きっと俺ではない俺のもの。一人でいる事なんてたいして気にならないはずなのに、今は気になってしょうがない。
     どうやら、前の俺はとんでもなくカリムという男に夢中だったようだ。流れ込んでくる感情先、そのほとんどがカリムへと繋がっている。
     こんなにも俺に想われていた男に、俺も会いたくなった。この気持ちは、果たして俺だけのものなのだろうか。
    「ん?今なにか、光った?」
     見上げ続けた夜空。その中の小さな星の一つが、大きく瞬いた気がした。
    「気のせい……じゃ…ッ!?」
     スーっと空を流れた小さな星。なんだ流れ星かと目を離そうとした時、段々と大きくなっていっている事に気付き顔が青ざめる。
     隕石はまずい。
     小さかろうが、落ちた衝撃で俺の身体は木っ端微塵にされる。何故か真っすぐ俺の方へ落ちてきているように見えるそれに、どうにか対抗できないかと周りを見るが隠れられる洞窟などもありはせず。
     万事休す。
     魔法も使えない俺に、自然災害など手に負えない。
     短い人生、やり残したことが走馬灯のように駆け巡る。その中でも、やっぱりカリムの顔が浮かんでくるのだから前世の俺は相当執念深いヤツらしい。
     記憶の中でもひときわ輝いて見える笑顔が見えた瞬間───目の前が、強い光に包まれた。
    「っ!」
     眩し過ぎて目が開けられない。
     だが、驚くほどに身体に痛みはなく意識もはっきりしている。一気に熱で焼かれて痛みを感じる間もなく死んだ可能性もあるが。
    「お、無事に着地できた!ここらへんで呼ばれた気がするんだよな~って、そこのお前、大丈夫か?」
     光の中から声が聞こえた。場にふさわしくない、能天気な声音。聞き覚えがあって、ないあの声だった。
     まだ眩しくて、半分しか開けられない目を必死に開ける。徐々に弱まってきた光の束は、目の前に立った男へ吸い込まれるように消えていく。
     まだ目蓋が熱い。強い光に晒されて、視界がチカチカする。
    「おーい、平気かって。ええと、そこの…あれ?ジャミル?」
     やっと、無理やり目を開けた先には、カリムがいた。昔と変わらない姿、大きな赤い瞳にグレーがかった髪。えも言われぬ喜びが胸の奥を駆け回る。
     変わらない、会いたいと思っていた人。
     だが───。
    「なんか、小さいな。それに飛んでる…魔法?いや、ここは日本だぞ。そんなはずは…」
     見た目年齢は中学生くらいだろうか。俺の胸程度しかない身長だが何故か飛んでいるため、目線は同じ高さになっている。
     身にまとっている服はスカラビアの寮服で、一見すればどこかの劇団員のようだった。問題は、釣り糸の類がどこにも見当たらないこと。
    「やっぱりジャミルだっ!へへっ、生まれ変わっても会えるなんて、嬉しいぜ」
    「カリム、だよな。お前も記憶があるのか。っていうか、色々聞きたいことがあり過ぎて、何から聞いたものやら」
     どうやら前世の記憶があるらしいカリムは、俺だと分かると嬉しそうに満面の笑顔を浮かべた。クルクルと俺の周りと飛び回る小さい体を取り合えず捕まえる。
    「おお!捕まっちまった。ジャミルは大人なんだな」
    「そういうお前は子供だし、人間じゃないな」
    「そうだぜ。今回は人間じゃなくて、星の妖精族だ!」
    「星の、妖精…?」
     聞いた事もない種族名に、思わず眉間に皺が寄る。
     おそらく人間が知らない、未知の種族なのだろう。ツイステッドワンダーランドの記憶が蘇ったせいか、妙にすんなり納得がいく。非科学的な生物がいてもおかしくないという思考回路が出来上がっていた。
    「それで、自称星の妖精さんは、どうして俺の前に現れたんだ」
     普通に聞くつもりが、どういう訳か刺々しい言い回しになってしまった。
     これも前世の俺の影響なのか。だとすれば、相当拗らせた想いを抱えていたのだろう。記憶の中で一番残っているのはカリムの笑顔なのに、顔を合わせればこんな態度になるのがいい証拠だ。
    「えっとな、俺の一族はたくさんの人の願いを叶える仕事をしてるんだ。スターゲイザーの本格的なヤツみたいな感じだな。それで、オレは今見習いだから、誰か一人の願いを叶えて一人前になろうとしてる。で!願いのパワーをビビビッと感じた先にいたのが、ジャミルだったんだ」
     キラキラと輝く瞳の奥には、小さな星がたくさん散りばめられているようだった。
     語りながら興奮してきたのか、頬をピンクに染めて意気揚々と話してくれたカリム。脇腹を手で捕まえられているから飛ぶ事ができず、手足をブンブンと振って感動を伝えようとしているようだった。
     話の内容は理解できる。だが、いまいちピンとこないのはこの世界になれているからだろうか。
    「つまり、多くの人の願いを叶える仕事をする為に、見習いとして俺の元へ派遣された、と。研修期間ってやつか」
    「まあだいたいそんな感じだ。ひとりの願いも叶えられないんじゃ、この仕事は務まらないってのが族長の考えでさ。それでジャミルのとこになったんだから、もうビックリだよな!」
    「ああ、色んな意味で驚きだ…本当に、色んな意味で」
    「だよな~驚きだぜ」
     はっはっはっ、と笑うチビカリムは、俺の言っている意味の半分も理解していないだろう顔をして笑っている。
     会いたいと願っていた。だがまさか、人間じゃないとは思わなかった。
     複雑な心境など知る由もなく、純粋に再会を喜んでいるカリム相手に何も言えず、せめてもの意趣返しとして丸い額にデコピンを食らわせてやった。
    「痛いっ!なんでだよ~ジャミル」
    「知るか」
    「なんかイジワルだ…」
    「そんなことないだろ。今だって、お前がへまして落ちないように支えてやってる」
    「おお!これって、そういうことだったのか…!捕まえられたのかと思ってたぜ」
     無論、周りを飛び回られるのが煩かったから捕まえただけである。感づかれていたらしいが、口から出まかせを信じたカリムはニコニコと俺を見つめてくる。
    「やっぱりジャミルは優しい」
     信頼しきった視線を浴びてしまえば、自然と気分が良くなった。手放しで褒められるのは得意ではないが、カリムは思った事しか言わないと知っているから、額面通り素直に受け止められる。
    「それで、ジャミル。オレがここに来れたってことは、何か願い事があるんだろ?」
    「あー、そうだな……、うん、ある」
    「そっかそっか!いいぜ、なんでも言ってくれ。あっ!でも、3つまでな!まだそれしか叶えられないんだ」
     ほんとは全部叶えたいのに、と呟くカリムの頭を撫でる。すると、しょげていた顔が気持ちよさそうにとろけるものだから、何だか変な気分になりそうだった。
     なんせカリムは顔がいい。同性という壁もコイツ相手なら、と思わせる雰囲気があった。だが、どう見ても年下の未成年。手を出すわけにはいかない。
    「お前、いま何歳だ?」
     一応、ほんとうに一応聞いてみる。種族的に若く見える、などという事例もなくはない。
    「14歳だな。ジャミルは?」
    「………25歳だ」
    「あー、あれくらいの時期か。確かにそんな感じだな、うんうん」
     あれくらいがどれくらいの時期なのか聞く余裕はなかった。おそらく前世の話だろう。
     見た目年齢のままだったカリムに邪な感情を抱いてしまった事への罪悪感。現代で培われた倫理観は根強く、カリムに向けてしまいそうだった想いに急いで蓋をした。
    「歳、離れちまったなぁ」
    「そうだな」
    「オレ、まだ背伸びるから楽しみにしててくれ!」
     手を俺の頭に置いて、背比べするように足をピンと伸ばすカリム。空中に浮いているから、将来は俺くらい背が伸びるとでも言いたいのかもしれない。
    「お前はせいぜいこれくらいだ」
    「え~、ちょっと低くないか?」
    「前もこんなもんだっただろ」
     前と同じくらいの位置に手を導けば、不満そうな声が上がった。
    「オレもジャミルと同じくらいがいい」
    「なら、伸びるか確かめないとな」
    「おう!」
     元気な返事に思わず顔が笑ってしまう。この妖精は、自分の立場をすぐ忘れてしまうらしい。いまだ人類に発見されていない種族。それがほいほいと数年後、俺の前に来れるはずないだろうに。
     ただ、真っすぐに向けられる好意は俺にとって好ましく映った。
    「ああそうだ。カリム、願い事を思い出したぞ」
    「ほんとかっ!何でもいいぜ。3つまでならっ!」
     トンっ、と薄い胸を叩くカリムは、オレに任せろと得意げに笑う。
    「じゃあ、お願いだ。喉が渇いた、美味い水をくれ」
    「お安いご用っ!それっ」
     小さい手を大きく振り上げれば、その手にはいつの間にか杖が握られていた。スカラビアの寮長が持っている、あの魔法の杖のミニチュア版。それを振り下ろせば、杖の先からどんどんと水が溢れてきた。
    「おお…ホントに出た」
    「なっはっはっ!そりゃ願いごとだからな。飲んでみてくれ」
     杖の先からちょろちょろと出ている水に口を付ける。肩に冷たい感触が広がるが、それよりも水の美味さに喉が鳴る。
     冷たくてまろやか、僅かな甘みを含んだ水は、今まで飲んだ中で一番美味い。
    「…生き返った。ありがとう、カリム」
    「へへっ、ジャミルが喜んでくれて嬉しい。美味かっただろ?」
    「ああ、そうだな。今まで飲んだ水の中で一番美味かった」
     名残惜しいが、水から口を離す。
     腹がタプタプになるくらいたくさん飲んだ。それはもう、一生分くらいの水を飲んだ気分だった。
    「あ、肩濡らしちまったな…。拭くもの、拭くもの……あっ!これで拭くか?」
     嬉しそうだった顔を一変させ、慌てふためくカリム。脇腹を掴んでいるから動けないだけで、手を離したら俺の周りをグルグルと飛び回りそうな様子だった。
     これ、と差し出されたのはカリムの上着で、そんなところで拭いたら今度はカリムが寒い思いをするだろう。子供にそこまでさせるわけにはいかない。
    「大丈夫さ。これくらいすぐ乾く」
    「でも、夜に濡れてたら風邪ひくぞ。でもオレ、ハンカチとか持ってないしどうしよう。このままじゃ、ジャミルが…死」
    「勝手に人を殺すな」
     真冬のさなかなら分かるが、今はさほど寒い時期ではない。肩も、少し濡れていて冷たいが我慢できる程度のものだ。
     なのに、カリムは目に涙を浮かべて俺に抱き着いてくる。胸の辺りにまわってきたカリムの腕は、中途半端なところで抱き着ききれていない。俺がカリムを持っているせいで、上手く腕をまわせないようだった。
     手を離せば、ふわりと浮いたままぎゅっと抱き着いてきたカリム。
     首元に当たる髪の感触がくすぐったい。だが、スリスリと押し付けてくる仕草が可愛くて、まんざらではない気分になってしまう。幼い子供に抱く可愛さ。それ以上のものを抱いてしまいそうになる。
    「ジャミル?」
     身体を引き離せば、きょとんとした顔をされた。
     その無防備さに思わず、今すぐ大人の怖さを教えてやろうか、と一瞬考えが過ぎる。だが、この無防備さはおそらく信頼の証なのだ。前世の記憶がある分、ジャミルに対する距離感が近いのだろう。
    「それはそれでムカつく…」
    「え?」
    「なんでもない」
     俺だって前世の記憶基準でカリムを認識している。だから、この胸のモヤをカリムに当たるのは筋違い。八つ当たりだ。
     釈然としない気持ちが悶々と広がりながら、カリムと向き合う。
     俺の言った意味が分からないのだろう。こてん、と小首を傾げるカリムの頬は丸く、まだ幼さを残している。
     その頬へ、手を伸ばして───。
    「いひゃいっ!いひゃいぞしゃみうっ!」
     もちもちとしたその頬を指で引っ張る。ぐにっと伸びた口から抗議の声が聞こえるが、無視する。
    「うるさい、カリムが悪い」
    「うるしゃかったかっ!?ごめぇん、ごめぇんってっ」
     しばらくぷにぷにとした感触を伸ばして遊べは、多少は気分が良くなった。ごめんと謝るカリムに免じて今回は許してやろう。
     パッと手を離せば、うぅ~と唸りながら頬を撫でるカリム。調子に乗って遊び過ぎたせいか、その頬は少し赤みを帯びていた。
    「…やりすぎた。すまん」
    「ううぅぅ、ジャミルがいじわるだった」
     いじわる。
     舌足らずの発音で、頬を赤く染め、目は潤んでいる。
    「………悪くないな」 
     何が?という視線を投げかけられたが、答えるわけにはいかず黙殺した。誤魔化すために軽く咳ばらいをすれば、一気に顔を青ざめさせるカリムに今度はこっちが首を傾げる番になる。
    「じゃみる、やっぱり死」
    「なない。勝手に人を病人扱いするな」
    「でも、でもさ。人間は飲まない食わない寝ないだけで死ぬだろ?それなのに…風邪は一大事だ」
    「星の?妖精基準で話すんじゃない。…分かった、分かったから抱き着くなよ」
     サッと青ざめたままの顔で俺の顔を無遠慮に手で触ってくる。ぺちぺち、と効果音でも付きそうな調子で触ってくるが、もしかして熱を測っているつもりなのだろうか。
     熱の籠った赤い瞳は雄弁に、心配だ、と伝えてくる。
     今にも抱き着いて、俺の身体が冷えないようにしてきそうな雰囲気を醸し出していた。だが、それは俺にとってよくない。非常に、違う扉を開けそうになる。そしてその扉の先はきっと、より冷たい鉄製の監獄に繋がっている事だろう。
     願いごとはあと2つ。
     どうすればこの危機を脱出できるか、頭を巡らせる。
     寒くて風邪を引く。人は飲まず食わず、寝れなければ死ぬ。
     最後の願いごとはもう決まっているから、使える願いは実質1つ。この1つを使ってカリムに俺は死なないと思わせなければ、社会的に俺が死ぬだろう。
     考えて、考えて───思い付いた。
    「カリム、2つ目の願いごとだ。家に帰りたい。それなら風呂にも入って温まれるし、飯も食えるから。な、安心だろ」
     丸い頭を撫でる。ふわふわとした髪が、小さく揺れた。
    「それなら、ジャミルは大丈夫になるのか…?」
    「ああ、元気になる。心配なら見ているといい。最後の願いもまだしてないし、お前も一緒に来てくれるだろう?」
     不安そうに俺の頬を滑った小さい手を握りしめる。
    「っ、行くぜっ!ジャミルの面倒は俺がみるっ!」
     どうやら俺の面倒までみてくれるらしいカリムは、いつのまにか消えていた杖を手に持ち、高く掲げた。
     目の前が真っ白な光に包まれていく。
     温かな光は俺の眼を焼くこともなく、ただ白い景色を見せてくれる。小さな手がしっかりと繋がれているから、白がこんなに優しく映るのかもしれない。




     ──数年後




    「カリム、カリム。…そろそろ起きろ。会社に遅刻する」
    「んん~…おはよ。もう行くのか?」
    「今日は会議だから、早めに出勤しないと」
    「そっかぁ」
     抱き合いながら寝ているせいで、カリムを起こさないと俺も起き上がれない。せっかく広いベッドを買ったのに、両端はだいぶ余らせながら寝るのが常だった。
     まだ眠たいのか、頭をコクコクと揺らしながらついてくるカリム。そんなに眠たいなら寝ていたらいいのに、一緒に飯を食べると言ってきかないのだ。
    「適当に作るからな」
    「うん。ジャミルの飯なら何でも好きだ」
    「はいはい」
     トースターに食パンをセットして、目玉焼きとソーセージを焼く。飲み物は、俺がコーヒーでカリムがリンゴジュース。
     出来上がった、朝の定番メニューを並べていけば、カリムが待ちきれないとばかりにそわそわしている。待て、をされた犬のようだと小さく笑ってしまう。
    「いただきます」
    「いただきますっ」
     手を合わせて、いただきますを言う姿も自然になってきた。
     星の妖精族は飯を食べなくても生きていけるらしいが、それでも一緒に食卓を囲むのはいいものである。寝る、食べる、その他朝から言えないことも、愛おしい人とするものはいいものだ。
    「美味いな、ジャミルっ」
    「ああ、美味い」
     窓から差し込む朝日に、カリムがいる。
     この先、どんな願いごとを叶えようが、これに勝る幸せはないだろう。


     ずっと一緒に。


     最上級の幸せだ。
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