指輪がない……と言い出したのは、意外にもアーサーの方だった。
カインの両親、特に母は料理の時にはずしてそのまましばらく見つけられなかったといったことが何度かあったことや、カイン自身片付けが苦手な自覚を持っているのもあって、初めて指につけたその瞬間からなくさないように彼にしては神経質に注意を払っていた。
それでもなくすことがあるとすれば絶対に自分だろうと思っていたが、どんなものでも、誰の持ち物でも、なくなるときはなくなるということをいま目の当たりにしている。
城の自室のあちこちをひっくり返しながら、アーサーは迷子になっていることに気づいた子どものようになくした指輪を探している。カインも話を聞いてから手伝っているが、心当たりがないので探す場所にもまず迷う。ひとまず、アーサーの邪魔にならない位置で床に這いつくばって家具の下を中心に探してみたものの、埃らしいものさえ見当たらなかった。とすると、清掃後になくしたか普段と違う場所にしまっておいたのを思い出せなくなったか―考えを巡らせながら、カインはアーサーに向かい励ますように言った。
「探してるときは見つからないもんだし、まあそのうち出てくるさ」
「そのうちでは駄目だ!大切なものなのに……」
「それはそうだが……。指輪を外して置いたときの自分と気が合ってないのかもしれないぞ」
伊達に片付け苦手歴と人生が等しいわけではない。なくしものに向き合うコツは、第一に焦らないことだとカインは涙目のアーサーを宥めた。
「そういうものだろうか?」
「探し物ってのは、自分ならここに置いたり片付けたりしたんじゃないかっていう過去の自分との心理戦だからな。焦れば焦るほど不利だ。一旦出直そう」
「そうだな……」
そう言ったアーサーに倣い部屋を見回せば、それはすごい有り様だった。だが、それでも自分の過去の散らかしぶりにはまだ負ける。そう言ってみせたカインにアーサーはやっと表情を緩めた。
「……出直す。こうめちゃくちゃにしてしまっては、見つかるものも見つからなくなってしまう」
「そうしよう。大丈夫だ、必ず見つかる」
アーサーのものだから、きっと彼の身の回りから見つかるはずだ、とカインはアーサーと一緒に荒れた部屋を復帰させながら思う。
散らかし上手な自分は何度となく物をなくしてきたが、すぐに出てきたことばかりではないにしても見つからなかったことはないのだ。
今回の心理戦の相手は自分ではなく過去のアーサーだ。アーサーのために、そしてアーサーの考えていることなら概ね解るという自負を賭けた失せ物探しに、カインはひっそりと燃えていた。
しかし、その心理戦の片はあっさりとついた。城の自室にない、アーサー自身も持っていないとなると建てたばかりの新居ではないかと思い探してみたところ、見事探し出すことができたのだ。
傷などなく綺麗なままの指輪をアーサーの指につけてやりながら、カインは自分の母が指輪をなくしたときのことを思い出していた。母はアーサーのように涙目になることはなかったけれど、それでも父が見つけた指輪をつけてやっているときははにかんでいたものだった。
「ありがとう、カイン」
アーサーはというとまた涙目になっていたが、唇はほころび安堵の表情を浮かべていたので、カインもひと安心だった。指輪を見つけられる自信はあっても、やはり主君が、そして愛するひとが悲痛な顔をしているというのは少なからず堪えるのである。
「洗濯かごのなかにあった。あの辺で外したときに転がり落ちたのかもしれないな」
「まったく覚えがない……。不注意が過ぎるな。煩わせてすまない。気を付けるよ」
「気にするな。またなくしても俺が見つける。その代わりってわけじゃないが、もし俺がなくしたときは……」
「もちろん、一緒に探そう。おまえとの心理戦に勝ってみせる」
アーサーの手の定位置に戻った指輪が、きらりと輝いたのをみて、カインはなくしまいとするようにその手を握ったのだった。