光る呪いドール 廊下に転がっていた何かを踏んで、気がついたら自分の周りのものすべてが大きくなっていた―と晶はミスラの手のひらの上で語る。しかし、その声はほとんどミスラには届いていない。手のひらサイズになってしまった晶が普段と同じように喋ったところで、その声量はたかが知れているのだった。
「……なにもわかりませんけど」
「えっと、廊下になにかが転がってて……」
「はあ」
「諦めないでー!」
まるで気力の無さそうな顔をするミスラの手の上で、晶は両腕を頭上で大きくばたばたと振りながら叫んだ。全力でアピールをしないと、毎日眠ることができなくてぼんやりしがちなミスラのことだから、放棄されてしまう。そう考えている晶はとにかく必死だった。いま、頼りなのはミスラだけなのだ。
「もうちょっと近くに連れていってください!」
「もうちょっと……何です?」
「近くに! 連れてってくださーい!!」
「近く。ああ……」
やっとまともに晶の声が届いたらしい。ミスラはゆるりと頷いて手を顔の横に動かした。恐らく、彼にとってはゆっくりとした動作だったのだろうが、手のひらサイズになってしまった晶からすると、遊園地のアトラクションのようなスリルがある。
「これでいいですか?」
「あっ、ありがとうございます!」
上手く立っていられずぺたりとミスラの手の上に座り込み、しがみつくように両手をついて、晶は改めて何があってこうなったかを説明した。顔の近くまで来たからと言って少し声量を落としたが、やはり聞き取りにくかったようで結局力一杯話すことになってしまい、ほんのちょっとのことを説明するのにすっかり疲れてしまった。
「成る程。確かに、そこにそれらしいものが転がってますね」
ミスラは、廊下の真ん中に落ちている人形を見やる。ちょうど、手のひらに乗るくらいの大きさのそれからは、呪いの気配がした。呪いといえばファウストだが、彼がこんなところに落としていくような真似をするわけがないので、もしかするとオーエンがオズか自分をはめようと思って転がしておいたのかもしれない。
「それらしいもの……何なんですか?」
「呪い人形ですね」
「呪い人形!?」
「まあ、よくあるやつですよ」
「集めてお風呂に並べると光ったりしますか!?」
「初めて聞きましたけど。そんな話」
そう返しながらさっさと元に戻してやろうと試みたミスラだったが、どうもやや面倒な術式がかかっている。オーエンらしさを感じるといえばそんなような気もするが、分からない。ただ、呪いの類いなら手順を踏んで解く必要がある。人間にかかっているのなら尚更だ。
ミスラは、小さくなってしまった晶の声を拾えるよう自分に魔法をかけると、手のひらを再び目の前に移動させ、小さくなってしまった晶をやんわり掴んで上着の内ポケットの中に入れた。ペンでもさすような無造作な入れ方に、晶は「ぎゃっ」と声をあげたがそのままミスラは歩きだしてしまったし、思いの外ポケットの中が揺れるので、立ち上がることもままならない。
「ミスラー! どうしたんですか!?」
「ここじゃ何なので、俺の部屋でやります」
「えっ!? 呪い人形光らせます!?」
「違いますよ。賢者様にかかった呪いを解くんです。……ああ、でも、呪い人形を集めてその中に賢者様を置いたら、賢者様も光るのかな」
「さあ……」
「どっちでもいいですけど」
端から見ればひとりごとを言っているように見えるし、実際すれ違ったヒースクリフとシノが驚いて立ち止まり見ていたが、ミスラは気づきもせず二人の横を通りすぎて自室へ向かう。そして、彼が光る呪い人形のことを気にし始めていることを、ポケットの中で揺られる晶は知る由もないのだった。
◆◇◆
自分の部屋でしかるべき手順で解呪するつもりだったミスラだったが、やはり晶が言っていたことが気になってきた。呪い人形を集めて並べると光るという話である。
長く生きてきたし、幾度となく呪術を使ってきたが、あんな話を聞いたのは初めてだった。気にならないわけがない。部屋に戻ったミスラは、手近なところにあった依り代用の人形を四体掴んですぐに出ていった。
「ミスラ? いま部屋に戻ったんじゃないんですか?」
「風呂に行こうと思って、その準備に一度戻りました」
「あ、そうだったんですか。……え?」
「さっき言ってたでしょう? 呪い人形を集めて並べたら光るって。あれ、やってみたくなったんです」
「やるんですか!?」
「言い出したのはあなたじゃないですか」
別にそういうつもりじゃないとポケットのなかで晶が跳び跳ねているが、ミスラは構わずくあっとあくびをしながら浴場へ向かった。時間的にはやや早いが、他の誰かがいない方が居心地はいいし、やりたいことの邪魔もされなくていいだろう。
「本当に光るんですかね。楽しみだな」
「えっと、それは呪い人形がですか? それとも俺がですか?」
「両方です」
そう言い、ミスラは晶をポケットから出してやり服を脱いでいく。ポケットのなかで息苦しかった晶は、やっと出してもらえたところですーはーと深呼吸していたが、自分のすぐ隣に依り代用の人形が無造作に置かれているのを見てぎょっとした様子で距離をとった。別段見た目が恐ろしいというわけではないのだが、自分がいま手のひらサイズなので、やたらと大きく見えて怖かったのである。
「待たせましたね」
服を脱いだミスラは、そう言って晶と依り代の人形を掴むと浴場へと入っていった。
呪い人形を風呂に並べると光る―というのは、晶がもといた世界でやりこんでいたゲームの隠し要素である。ミスラから呪い人形と聞いて思い出してつい興奮してしまったが、自分も一緒に並べられるなんて、プレイしたときには想像することなどなかった。事実がゲームを超えてくるようなことが起こるのはいまに始まったことではないにしても、手のひらサイズになってしまった上に呪い人形と一緒に並べられて発光するかもしれない状況に、晶はミスラの手のなかであわあわとしていた。
「あの、ミスラ……」
「あ。賢者様も服を脱いでおけばよかったですね」
そうではない。そうではないのだが、主導権も何もかもがミスラの手のなかだ。暴れて飛び降りることもできそうだが、背の高いミスラの手元から飛び降りて上手く着地できる自信はなく、晶はミスラが大きな浴槽に魔法で湯を張りながら依り代の人形を浴槽の四隅に置いていくのをおとなしく見ていることしかできなかった。
「なんか雰囲気出てきましたね。これはよさそうだな」
「大丈夫かな……」
「さあ。知りませんけど、大丈夫ですよ。俺がいますし」
ミスラは四体目の人形を置くと、湯のたまった浴槽のなかにざぶざぶと入っていった。晶を乗せた手のひらを上に向け、濡れないようにしてくれているらしいが、当の晶はこの後何が起こって自分がどうなるか、はらはらとしながらミスラの手に両手両膝をついていた。
しかし、呪いがかかっている状態とはいえ自分は人間だ。人形じゃない。何だかんだでなにも起こりはしないのだろう―と思っていたそのときである。ミスラがちょうど浴槽の中央まできたところで、ついさっき人形を置いていった四隅の方を見た。まさかと思いその視線を追ってみれば、なんの変哲もなかった人形が唸りをあげながら紫色に発光していた。
「あ、光った」
「すごい! 本当に光ってる!」
「あなたも光ってますよ」
「えっ!?」
ミスラからそう言われてはじめて目の前が眩しく感じて晶は手を目の前にかざしたが、自分が光っているので変わらず眩しいままだ。ミスラの手のひらも見えやしない。
人形たちはごうごう唸っているし、服を着たまま湯気に包まれているので暑いし、光っているから眩しいし、意識が朦朧としてきて、晶はミスラの手の上にぱたりと倒れこんだ。
しかし次の瞬間、顔が湯について手放す寸前だった意識が戻ってくる。
「ぷわあ!!」
プールで溺れかけたときのような感覚だ、と思ったが溺れてなどおらず、しかしびしょ濡れでミスラと向かい合っていた。巨人のように大きなミスラではなく、見慣れた大きさのミスラとである。晶は思わず自分の手や体を見て声をあげる。
「戻った!」
「ああ……。呪い人形を並べるって、そういう方法の解呪だったんですか」
「わかりません。でも、光ってましたね!」
「あなたも光ってたのに、なんでそんなにはしゃいでるんですか? おかしなひとだな」
「だって、本当に光ったんですよ!? 俺も人形も。すごいじゃないですか」
「はあ……。まあ、俺も本当に光るとは思ってなかったので、面白いもの見られてよかったですけど」
服を着たままだったので濡れて重いが、晶はテレビの画面のなかに見ていたシーンを体感した興奮がおさえきれず、ミスラの胸元に飛び込んだ。
「色々お世話になりました。ありがとうございます!」
「いえ。小さいあなたは連れ歩きやすくて、それはそれでよかったんですけどね」
確かに、ミスラのポケットのなかに入れられたり手のひらの上に乗せられたりするのは小さくないと決してできないことだし、怖いこともあったが楽しかった。けれども、こうして触れあって向き合うことは小さい姿ではかなわない。
服の裾が体から少し離れたところにふわりと湯に浮いたのを視界の端にみながら、晶は甘えるようにミスラに身を寄せた。