ルーチェ #2 季節は晩秋を過ぎた、初冬のある夜。ヒースクリフとルチルは、日付が変わって今日迎えるクロエの誕生日のための作業に追い込みをかけていた。
夜も更けて、起きていることなど滅多にないような時間になってきたが、朝が来ればもう作業を進める時間はない。本来ならいまごろは確認まで終えていなければならないのだが、ままならないのが人生(とムルには言われた)。余裕をもって考え始めたつもりでも、考えていることと実際にできることは違っていて、再考を繰り返しているうちに作業ができる時間を削ってしまったのだった。
ふたりがクロエに贈ろうと決めたのは、道具箱である。クロエの自室には度々入らせてもらうことがある二人だが、入る度に布や服飾資材が増えているのを見て、なにか彼の助けになるものがいいだろうと話し合って決めた。
蓋つきの道具箱は、開けると中が三段構造になっていて階段状になるのだが、ルチルが考えたそれを設計図に起こす段階でやや躓いて、試作段階で発見したミスを修正するのにまた少し時間を割くことになり、材料の調達のための時間も依頼等でなかなか確保できず―こうして当日まで作業することになってしまった。しかし、それも完成をもって終わろうとしている。
「できた?」
「うん、これでいいと思う」
「やった……!」
工作用の道具の散らばる机の上に、完成した道具箱がきらきらと輝いているようだ。安堵でいっぱいのふたりは、思わず抱き合いながらひっそりと小さく笑みをこぼした。もう少しすれば早朝だ。騒ぐわけにはいかない。
「ありがとう、ヒース。ちゃんと形になったのはヒースのおかげだよ。無理を言ってごめんね」
「無理だなんて! 俺の方こそ、ミスで遅らせちゃってごめん。最後の方はルチルに任せきりだったし」
「ううん。設計をみんなやってもらったし、それにヒースは別に作るものがあったでしょう?」
ヒースクリフは気分が乗ると時間も忘れて没頭してしまうクロエのために置時計を作っていた。道具箱の設計と試作のあとはそちらの製作にもかかっていたが、それもつい先程出来上がって動作確認まで終えたところだった。ルチルは梱包を残すばかりとなったふたつの贈り物を一度見やった後、ヒースクリフの手を労うように握りしめた。
「本当にお疲れさま」
「ありがとう。ルチルも、お疲れさま」
疲労と眠気にやられてしまいそうだったが、ふたりはなんとか贈り物をラッピングした。クロエに気づかれないように事を進めるのは少し大変だったが、彼はきっと驚いてそれから喜んでくれるだろう。自信と期待をもって結んだリボンがほどかれるまで、あと少し―。
◇◆◇
「おめでとう」と言ってふたりがくれたふたつのプレゼントを、クロエは溢れる幸福感と共に抱き締めた。
「ありがとう……!」
この世界中のとれたボタンというボタンをすべてつけ直してあげたくなるような気分になるほどの幸せで、目にうつるものすべてが眩しく揺らめく。泣くほど嬉しいのだ。そして、そんな気持ちにさせてくれるひと達―友達が自分にはいるということがもっと嬉しくて、しばらくなにも言えなくなってしまった。
「びっくりした? 気に入ってくれた?」
「ルチルってば、ムルみたいなこと言って……」
「……うん、びっくりしてるし、嬉しいし……めちゃくちゃで最高な気分!」
そう答えると、ルチルとヒースクリフは顔を見合わせて笑った。屈託なく、そしてとろけるようなふたりの笑みは、クロエの幸福感をより深くさせる。
こんな日が来るなんて。こんなことがあるなんて。あの日までの自分には考える余地もなかったけれども、連れ出してくれた世界は広くて、つらいことも悲しいこともたくさんあるけれど、それと同じくらい楽しいことも嬉しいこともあって、それを分かち合ってくれるひと達が自分にはいる。
―生まれてきてよかった。
クロエはほどいたふたつのリボンを握りしめて、切なくも眩しい笑みを顔中いっぱいに湛えた。