ルーチェ #1 賢者がくれた贈り物の箱の中には、裁縫で使うまち針が入っていた。ケース入りで、長さ別に五色の玉がついている。作るものによって使い分けができて良さそうだ。
「色々考えたんですが、やっぱりクロエにはお裁縫に関するものがいいかと思って」
「ありがとう! とっても嬉しいよ。まち針はいくらあっても困らないし、折れたり曲がったりしたら交換しないといけないからさ」
クロエは嬉しそうにしながら晶に向かってそう答えた。晶はあまり裁縫に明るくはなく、知識はもとの世界で学校に通っていたときに授業で聞いて覚えていたことにとどまるのだが、クロエからしばしば話を聞くようになってやっと道具の名前や布の種類が少し分かるようになってきた。しかし、その程度といえばその程度だし、針が折れたり曲がったりするということは頭にはなかったので、何の気なしに選んだものに対する思ってもいなかったコメントに晶は興味を抱く。
「そうなんですか? 魔法で直して使わないんですね」
「旅をしてるときはそうしてたよ。でも、いまは一度にたくさんの服を作ることが多くなったから、作ってる最中は直す時間も惜しくて。中央の国でパレードに参加するって決まって、お揃いのローブを作ったときは特に大変だったなあ」
そう苦笑いするクロエは、あのときが今のところ一番大変だった、と語る。あれから色んなところへ行って、その度にみんなの服を用意したけれども、やはり数が多かったということであのとき以上だったと思ったことはまだないのだそうだ。
「全員分、一度に必要でしたもんね……」
「大変だった分、達成感もすごかったけどね! またああいうの作りたいな!」
「すごいな……タフですね」
「あはは! 大変だったけど、すごく楽しかったから」
晶は、そう言ったクロエに笑みを返しながら、安堵した。あれから四六時中ではないけれど、ひとつ屋根のしたでみんなと暮らし始めて、その中でクロエとも何度となく顔をあわせ話してきた。楽しいときも、少しつらいときも、悲しいときも嬉しいときもあった。それでも、クロエのすべてを知っているわけではないし、彼は何が欲しいか、彼に何をあげたら喜ぶか、意外なほど自信が無かった。
考えて悩んで、これと決めてからまた悩んで、ひとに相談してみたり―紆余曲折を経て辿り着いたのが、五色の玉のついたまち針だった。黄色、紫、青、赤、緑。何となく、みんなの所属している国を思わせる色にぴんときて勢いで購入したのだと話すと、クロエは「やっぱり!」と言って大きな目を瞬き、ケースの中のまち針に視線を落とした。大切なものを見るような、いとおしそうなまなざしが綺麗に詰められた針たちに注がれる。
「賢者様は、まち針って何でまち針っていうか知ってる?」
「知らないです。そういう名前なんだと思ってました。理由があるんですか?」
これも、考えたことさえないことだ。晶は、クロエの目を見つめながら尋ねた。すると、それを待っていたかのようにクロエが顔をあげて晶に向かって笑いかけた。
「待ってるからなんだよ。とめたところを縫ってもらうのを待ってるから。だから待ち針」
「そうなんですか!?」
「あはは。賢者様、そんなにびっくりしちゃう? でも、何だか素敵だよね。一途だなあって思う」
「そんな由来だったなんて、知りませんでした……。今度から、まち針の見方が変わりそうです」
何でもないことのようにクロエは言っているが、晶としては目から鱗が落ちるような話だった。自分が贈ったものがきっかけでこんな話が聞けるなんて思ってもいなかった晶の心は、ゆるやかに揺れる。
「今度、時間を作ってまたゆっくりお喋りしようよ。賢者様さえ良ければだけど、裁縫のこととか、それ以外のことも」
「はい、是非!」
「きっとだよ! 賢者様も忙しいし、ゆっくり会えない日もあるけどさ。もっと仲良くなりたいし、知ってもらいたいことも教えて欲しいことも、まだまだ沢山あるんだ」
プレゼントの箱を大切そうに胸に抱くようにして、クロエは晶を見つめた。彼の瞳は瞬く星か、見たこともない宝石のようだった。手の届かないほど遠くにある、綺麗なもの。でも、クロエは星でも宝石でもないし、ましてや触れられないほど離れたところで光っている存在でもない。
確かにここにいて、自分と関わろうとしてくれる。魔法使いのクロエ。真木晶の友達のクロエだ。
「だから、これからもよろしくね。賢者様」
「こちらこそ。……」
『ずっと』や『末長く』と言えない代わりに微笑んで、晶はひっそりと願った。彼の瞳の輝きが、どうか失せることがありませんようにと。
<おわり>