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    shimotukeno

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    フーイル(JK)小説 ゾォ視点というかゾォとマンミラちゃんばっかり

    stand alone幼い頃はむやみに泣いていたという。
     着替えを嫌がり、よだれかけを嫌がり、離乳食を嫌がり、鏡を見ると何が悲しいのか泣いていたそうだ。それが原因なのかは知らないが、生母は教会に生後一年になるかならないかの自分を置き去りにしたという。生母を恨むことはない。むしろ、授かったのが前世の記憶などというやっかいなものを背負い込んだ娘で気の毒だったとさえ思う。それからまもなく自分を引き取った夫婦は辛抱強く愛情をかけて育ててくれた。
     子供をすっかり諦めていたその夫婦に男の子が生まれたのは彼女が十歳の時。そこではじめて、実の子供ではないことを明かされたが、彼女にとって血のつながりの有無は大きな問題では無かった。
     血のつながりよりももっと深く、濃いつながりを彼――イルーゾォはよく知っていたから。
     自分の体が女性のものであると知ったとき、イルーゾォは驚きはしたが大してショックは受けなかった。そんなことよりもマン・イン・ザ・ミラーがどうしても出せないことの方がこたえたのだ。
     マン・イン・ザ・ミラーは物心ついた頃より傍らにいて、いつもイルーゾォを守ってくれていた。スタンドは自分自身――というのはイルーゾォも当然わかっているのだが、彼にとっては自分自身であり、半ば他者でもあった。リゾットの下について仲間を得るまで、マン・イン・ザ・ミラーはたった一人の仲間だったし、絶対的な味方だった。忠実な手足で、自慢の武器で、揺るがせないアイデンティティだった。人間が他者との交わりの中で作り上げられるというのなら、家族というものに恵まれず友と呼べる者もない路上の少年は、事実マン・イン・ザ・ミラーによって作り上げられたのだ。
     前世の所業によって罰せられるとしたら、イルーゾォにとっては人間に生まれ変われないことよりも、マン・イン・ザ・ミラーの記憶を保持しながらマン・イン・ザ・ミラーを出せないことの方が罰であった。
     己を己たらしめた存在をまるごと失った自分をあざ笑うかのように、中学に入ってからは背ばかり伸び、ついに前世と同じ高さになってしまった。嫌でも集まる視線から逃げたいと思っても鏡の中には入れないので、イルーゾォはいつもうつむき、背中を丸めていた。必要以上に口を開くこともなかった。同級生と仲を深めることもしなかった。どうしようもない喪失感を共有することなどできないし、無理に付き合っても自分がすり減るだけだ。そもそも、当たり前にいたマン・イン・ザ・ミラーがいない自分がわからない。スタンドなしで他人との距離の測り方が分からない。
     マン・イン・ザ・ミラーの形にぽっかり空いた穴を埋められるとすれば、かつての仲間に会うことだろう、とイルーゾォは考えて、暇があれば仲間にゆかりのありそうな場所を訪ね歩いた。デートスポット、野良猫のたまり場、百貨店の紳士服売り場、釣り堀、病院、スケート場、ジム――。
     イルーゾォはソルベとジェラート、ホルマジオの死しか知らないが、仲間たちはきっと自分が死んだあとそう時間をおかずに死んだのだろう、と確信している。仲間たちの実力を軽んじているのではない。覚悟が足りなかったとも思わない。ただ、あのジョルノとかいう新入り――恐らく全て計算済みで入ってきたのだろう――の持つ運命は並大抵ではない。きっとどうにかして殺人ウイルスから生き延び、ブチャラティたちを勝利に導いたに違いない。仲間達は死に物狂いで追跡し、会敵し、敗北したということだ。
     仲間はどこにいるのだろう。
     仲間と会えば、少しはかつての自分に戻れるだろうか。
     ――仲間は、自分だと気付いてくれるだろうか?
     中学三年間の休日のほとんどを費やしたが、結局会うことはなかった。会いたいと思う一方で、実のところは会うのが怖かったのかもしれない。何もなくなった自分を見たときの反応が怖かった。「お前は誰だ?」と言われるのが恐ろしい。だから訪れた先で長居することはなかった。ほんの数分見て回って、ため息半分、安心半分で家路についた。イルーゾォにはあの頃のような覚悟はなかった。覚悟も自信も、全てマン・イン・ザ・ミラーあってのものだったから。


     しかし転機とは思わぬところに転がっているものである。突然『イルーゾォ』の名を呼ばれて驚きつつも胸が高鳴らなかったと言えば嘘になる。振り向いて見た顔が、あの時自分を殺した少年のものだったので一悶着はあったが――どういうわけだかその少年、フーゴに誘われて喫茶店に入っている次第である。
     あの時の恐怖は魂に染みついているものの、フーゴ個人に対する嫌悪感や恨みはなかった。彼に対してはとっくに折り合いを付けている。フーゴの方も半殺しにされたことはなんとも思っていないらしい。むしろ自分に対する申し訳なさのようなものさえ感じる。
     店内はいかにも『レトロな喫茶店』といった雰囲気で、つやのあるテーブルも革張りの椅子も年代物だ。入店したときのフーゴとマスターの素振りからして恐らく常連なのだろう。年の割になかなかいい趣味をしている、とイルーゾォは思った。
    「イルーゾォさんは何にしますか?」
     まだ子供っぽい頬辺をしたフーゴが小さなメニュー表を手渡してきた。イルーゾォは一瞥してからフーゴに返す。最初から当たり障りのないものに決めていた。
    「……ブレンド」
    「ではブレンド二つ」
    「かしこまりました」
     笑顔をたたえたマスターがカウンターの奥に消えると、フーゴはイルーゾォに向き直った。まっすぐな視線が痛くて、イルーゾォはテーブルに視線を落とす。
    「イルーゾォさんと同じ学校だなんてびっくりしました。高等部から入られたんですね」
    「ああ。制服で選んだ」
    「そうなんですか? 制服で……。意外です」
    「首。セーラー襟なの、この辺じゃここだけだろ。ブラウスのボタン、上までとめられなくってさ――」
    「あっ……」
     星が落ちるようにフーゴの声から明るさが消えた。一瞬の沈黙の後、ちいさなため息が聞こえてきた。
    「ごめんなさい。無神経でした」
     イルーゾォは視線をフーゴに向ける。主人にこっぴどく叱られた子犬のように悲しげな顔をしている。
    「気にすんな」
     もっと他にかける言葉があるだろうに、他人との交流をおろそかにしていた自分にはそれしかでてこない。対話が苦手なのはもともとだけれど。
     フーゴは首を振る。
    「体に引っ張られているのか……我ながら子供っぽくて」
     そういうとフーゴは肩を落とした。言われてみれば、確かにポンペイで会ったときよりも子供っぽい。顔だけではなく、仕草や表情も。だがフーゴに関しては「子供っぽい」のは悪いことではないとイルーゾォは思った。
    「子供なんだから、子供っぽい方が健全ってもんだろ」
    「そうでしょうか? だといいですが」
     首をかしげるフーゴに、イルーゾォは小さく頷く。
     イルーゾォ自身は年相応の無邪気さというものがなかった。周囲の大人の中には、妙に大人びた目をしているイルーゾォを気味悪がる者もいた。周囲の子供とは異質であろうことはイルーゾォもよくわかっていたので、そうした大人の反応に傷付きはしなかったが、もう少し子供っぽい方が両親は安心しただろうかと思うことはある。子供っぽい可愛げがなくとも、実子が生まれても両親の愛情は変わらなかったし、イルーゾォもイルーゾォなりに家族を愛しているし、現時点では唯一安らげる場所だった。世間一般の娘のような愛情表現はできない代わりに安心させたいと思うのはイルーゾォにとって当然の考えだった。
     もう一度フーゴを見れば、彼は透き通るような紫水晶の目で見つめてくる。綺麗に輝いている瞳。かわいげのある瞳。愛情を素直にたっぷり受けた子供の目だ。
     自分とて愛情を受けているのには変わらないのに、心にどうしようもない穴が空いていて、光を溜めておくことができない。
     フーゴもスタンド能力を持っていないのは同じなのにこうも違うのは、自分と彼ではスタンドに対するスタンスが全く違うからであろう。フーゴの能力は味方をも殺しかねない。そうやすやすと出すことさえなかっただろう。それに自分と違って『矢』とやらで授けられたのだろう。幼い頃から当たり前にマン・イン・ザ・ミラーが自分とは違う。でも――本当に?
    「……こたえなかったか」
    「え?」
     口をついて出た言葉に、フーゴはきょとんとする。
    「パープル・ヘイズ……っていったな、お前のスタンドの名は。そいつを出せなくなって、平気だったのか?」
    「あ、ああ……。危険な力でしたけど、やはり僕自身だし、少しは寂しいし、いてくれたら便利なのにって思うことはありますけど。あの力が発現して、誰かを傷つけるよりいいのかもと思うようにしています。スタンド使い同士は引かれ合うそうですから、僕にその気はなくとも遣わざるを得ない状況になるかも……。そもそもパープル・ヘイズは滅多に出しませんでしたしね。それにしても、名前を声に出すのも久しぶりですよ!」
    「そうか……」
    「あなたのマン・イン・ザ・ミラーは……」
    「十数年経つのに、まだ割り切れてねえんだぜ。笑えるだろ」
     イルーゾォはふん、と自嘲的に鼻を鳴らすと、磨き抜かれたテーブルに目を落とす。視線の先には沈んで暗い顔をした少女の顔が映っていた。バーナーのぼーっという音が妙によく聞こえる。
    「笑ったりなんかしませんよ」凜とした声でフーゴが言った。「あなたにとっては伴侶や肉親を突然亡くしたようなものってことでしょう」
    「お前……」イルーゾォは顔を上げて感心したような目つきでフーゴを見た。「いいやつなんだな」
     フーゴは「いえ、そんな」と口ごもって恥ずかしそうに頬をかいた。イルーゾォも何か気恥ずかしくなって黙り込む。
     そこへ、マスターがトレイを持って二人のテーブルにやってきた。トレイには二つのココット皿も載っている。白髪交じりのマスターはにこりとほほ笑んでコーヒーカップとココット皿を二人の前に置いた。
    「はい、ブレンド二つ。それから、これはサービスだからね」
     ココット皿にはクレームブリュレが入っている。フーゴは驚いてマスターを見上げた。
    「いいんですか?」
    「いいんだよ。何しろあの小さかったフーゴちゃんがガールフレンドを連れてきてくれたんだからねえ」
     何やら感慨深そうなマスターに、フーゴはツバメのように顔を赤くして慌てる。
    「い、いえそういうのでは! 今日、初めて会ったばかりなので!」
    「そうなのかい? そうは見えないけどなあ」
    「初対面ではないといえばそうですが……初対面でもあるし……ともかく、ありがとうございます。いただきます」
     もごもごと不可解なことを言うフーゴに、マスターは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐにまた優しい笑顔になって、カウンターに戻っていった。
    「い……いただきます」
     イルーゾォは小さく呟くと、クレームブリュレに目を落とす。半分に切ったイチゴが載っていて、見た目にも可愛らしい。ひとくち口に入れると、香ばしいカラメルとなめらかで濃厚なクリームの味が口に広がった。コーヒーも苦みと酸味のバランスがちょうどいい。フーゴはなかなかいい趣味をしている、と改めて思った。そのフーゴは幸せそうな顔でスプーンを口に運んでいる。『今』のフーゴなら、教師を滅多打ちにすることもなさそうだし、ずっと穏やかで落ち着いているように見える。ポンペイで相対した時間は短いものだったが、確信を持って言える。もしスタンド能力が発現しても、能力はあのパープル・ヘイズとは違うものになりそうだ――と考えたところで、イルーゾォははたと気がついた。
    『今』の自分では、どうあがいてもあの時のマン・イン・ザ・ミラーに会うことは叶わないのではないかと。
     女の肉体である――というのは些細な問題で、安全で、食べるものや寝る場所の心配がいらず、家族の愛情にも満たされ恵まれた環境にいる。安全圏への渇望がない。家族がいる。何かの弾みでスタンド能力が発現しても、全く別物になるのではないか。路上の少年を守ってくれたあのマン・イン・ザ・ミラーではなくなるのではないだろうか。
     周囲の人間とあまり関わろうとしてこなかったのも、『そのこと』に無意識のうちに気付いていて、マン・イン・ザ・ミラーが『いなかった』頃の自分をシミュレートしていたのではないだろうか。そんな瞬間は前世にはなかったというのに。
     孤独でいれば、無二の存在であるマン・イン・ザ・ミラーが出てきてくれると思っていたのではないだろうか。『マン・イン・ザ・ミラーがいなくても平気』なことに気付きたくなかったのではないだろうか。マン・イン・ザ・ミラーがいなくても問題なくやれてしまえば、自分の中のマン・イン・ザ・ミラーの存在価値をなくしてしまうような気がしたから。
    「……イルーゾォさん?」
     フーゴの声に、深く考え込んでいたイルーゾォははっと我に返った。フーゴは心配そうな目つきでじっと見つめてくる。
    「顔色があまりよくないみたいですが……」
    「考え事してただけ」
    「そうですか……」
     フーゴは何かこらえるように控えめに目を伏せた。
     前世を経て『今』のフーゴがあるのならば、自分もまたそうだ。マン・イン・ザ・ミラーに作って貰った『後』の自分であり、『いなかった』頃など、初めから存在しなかった。
     イルーゾォはクレームブリュレを平らげると、流し込むようにコーヒーをあおった。甘味を押し流し、ほろ苦く、しかしさっぱりとした味が口に広がる。
     顔を上げて、仲間を探しに行こう。
     マン・イン・ザ・ミラーの穴を埋めるためではなく、ただあれっきり二度と会えなくなった仲間に会いたいがためだ。もし「お前は誰だ?」と聞かれても、フーゴですら一目で分かったのに情けねえなあといつもの調子で言ってやればいい。マン・イン・ザ・ミラーがいてもいなくても変わらなかったわけではない。『いてくれた』から顔を上げられるのだ。いや、上げなくてはいけない。それがマン・イン・ザ・ミラーへのせめてもの報いだ。
    「フーゴ」
    「は……はいっ」
     突然名前を呼ばれたフーゴは、ぱっと顔を上げた。
    「連絡先、交換してくれ」
    「へ?」
     そして、思いもかけない言葉にキョトンとする。
    「あー……いやならいいけどさ……」
    「いえ! 教えてください!」
     フーゴは前のめりになってスマートフォンを取り出した。慣れた手つきで交換すると、綺麗などんぐりを拾った子供のようにほうと小さくため息をついてからスマートフォンをしまう。
    「ありがとうございます」
    「そりゃこっちの台詞だ。――美味しかった」
     片腕で頬杖をついてイルーゾォは言った。その言葉には含みがあるようであったが、フーゴは追及せずににっこりとほほ笑みを返した。
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