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    shimotukeno

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    フーイル(JK)小説 いっしょに登校するフーイル

    Morning ripples朝が来た。アラームで目を覚ましたイルーゾォはそろそろとベッドから起き出すと、窓を開けて朝日を浴びる。外を見ると、眼下に広がる家々の屋根瓦が金色の朝の光を浴びてキラキラと輝いていた。部活の朝練に向かう学生や、少し早めに出勤する車が二、三あるくらいで、街はまだ寝ぼけ眼である。早朝の空気にはほんのわずかに冬の残り香があった。
     今朝の目覚めはいつになく軽やかだった。マン・イン・ザ・ミラーがいないことに、ある程度の心の整理が付けられたからだろう。マン・イン・ザ・ミラーはいないが、温かくてふかふかの寝床も、白い湯気を立てる美味しい食事も、日当たりのいい清潔な部屋も、離れていても繋がりを感じることの出来る優しい家族も、あの頃の自分が夢に見ていたもの全てがある。それら全てはマン・イン・ザ・ミラーの贈り物だと思うことにした。そしてあとは、仲間を見つけ出せれば申し分はない。それはさすがに欲張りすぎだろうか? だが、身を滅ぼさない程度の欲ならば、堂々と持っていた方が健全ではないだろうかとイルーゾォは半ば開き直っている。
     テキパキと朝食と弁当の準備を済ませてから、制服に袖を通し、髪を梳る。相変わらずのくせ毛で、特に寝起きは強風にでも吹かれたようになってしまう。雨の日は台風が通り過ぎたようである。どうにかなだめすかし二本の三つ編みにまとめると、もういい時間になっていた。家を出る前に、玄関の姿見で最終チェックをする。――悪くない気分だった。

     例の交差点には既にフーゴの姿があった。時刻は七時四十五分。早めに出たつもりだったが、それでも待たせていたらしい。早歩きで近づくとフーゴもまたイルーゾォに気付いて、屈託のない笑顔になった。
    「おはようございます、イルーゾォさん」
    「おはよう。待たせたか?」
    「いえ、待ったというほどのことはありませんよ」
    「ふーん。ならいいけど……」
     イルーゾォは隣を歩くフーゴを横目で見る。待っていないと言っていたが、フーゴの姿は交差点に向かう間中ずっと見えていた。少なくとも五分前にはこの場にいたのだろう。そういえば、とイルーゾォはふと思い出した。
    「待つといえば、お前、昨日もおれのこと待っていたふうだったが、ありゃなんだったんだ? おれがポンペイで出会ったヤツだって知らなかったんだろ?」
     一瞬フーゴの顔がこわばり、目が泳ぐ。何か面白そうな事情がありそうである。
    「あっ、あー……それなんですが……、同級生に付き添いを頼まれて……」
     付き添い。確かにフーゴと一緒に男子生徒がいたので真実だろう。しかしそれだけなら、こんな反応をすることはないだろう。それに自分を待っていたのは間違いではないようである。
     これはやはり何かありそうだ。
     イルーゾォの胸に、むくむくと少し意地悪な気持ちがわいてきた。歩いている間に、からかってみるのも面白いかもしれない。
    「同級生が何の用で、高等部の昇降口で張ってたんだ? 全く知らないヤツだったし。それにおれを待ってたってのは間違いじゃないんだな?」
    「ええと、その、高等部に美人で背の高い先輩が入ってきたから見に行こうって……」
     イルーゾォは目を細めてフーゴの顔を見る。張り詰めた紫水晶の瞳がわずかに揺らいでいる。元暗殺者の勘だが、このターゲットは何か肝心な情報を隠しているに違いない。ポンペイでも彼らが遺跡に来た目的を探ろうとしたが、あの時をほんのり思い出した。随分平和的になったものだけれど。イルーゾォは唇を妖しくゆがめてたたみかける。
    「なーんか臭うなあ。それだけなら、兄弟を待ってる振りでもして、堂々と見張ってればいいだろ。校舎の影からこそこそうかがわなくなっていいんじゃあねえか……?」
     フーゴは顔をそらし、悩ましげに何度も前髪をかき上げる。イルーゾォは今こそ好機とばかりに耳元でやさしくささやいた。
    「別に怒ったりしねえって。でも、そんなに隠されたら気になるだろ? な? 教えてくれよ」
     観念したようにフーゴはため息をつく。振り向いた顔は耳まで赤く、目は少し潤んでいる。
    「あんまり大きな声では言えませんが……あなたも前は男性でしたし……少しは心情的に分かるかもしれませんが……」
    「うん」
     利発なフーゴらしくもない、奥歯にものが挟まったような物言いに、イルーゾォは大体の見当をつけながら耳を近づける。

    「……へーっ」
     耳打ちされたイルーゾォが真顔でフーゴの顔を見つめると、フーゴは「やっちまった」とでも言うように頭を抱える。それがなんだか無性におかしくなってきて、イルーゾォは「ぷっ」と噴き出した後、肩をゆすって晴れやかな笑い声を上げた。突然あがった哄笑に、通行人がチラリと二人の方を見る。イルーゾォは肩を小刻みにふるわせながらフーゴを見て、息を切らしながら言葉を紡ぐ。
    「バッカだなあ……! 男子中学生ってやつは!」
     フーゴが隠したがっていた理由は予想の範囲内であったが、あのフーゴの口から『デカチチトーテムポール』などという胡乱な言葉がまろび出てくることも、たかがそんな思春期の少年にありがちな理由を必死に隠そうとしていたのもおかしくって仕方なかった。当のフーゴはというと、一転してなぜか嬉しそうな顔でこちらを見上げている。
    「やっと笑いましたね! そんなに面白がってくれるならよかったです。イルーゾォさんは結構豪快に笑うんですね」
    「むっ……」
     イルーゾォは思わず口をつぐむ。しかしいわれてみれば、久しく笑うことを忘れていた。少なくとも、外で声を上げて笑うことなどほとんどなかった。十五年ぶりだろうか? いつもなくしたもののことばかり考えて、うつむいていたから。
     フーゴを見れば例のやたらと澄んだ紫水晶の目で、褒められ待ちの子犬のように見上げてくるので、イルーゾォは急に居心地が悪くなってきた。別に苦手なわけでも、嫌いなわけでもないのだが、その瞳に自分が映っていると思うと無性に面はゆくて仕方ないのだ。純粋な好意と憧れを多分に含んだ目の輝きに気後れしているのだが、イルーゾォは気付いていないし、フーゴ自身そのような目をしていることには気付いていないのである。
    「そ、そんな目でみるな!」
    「そんなこと言われても。そんな目って、どんな目ですか?」
     たまらず声をあげたイルーゾォに、仕返しとばかりに言い返すフーゴであったが、そのせいで目つきが悪戯っぽくなっていた。そういう目つきにはむしろ慣れている。イルーゾォが気のない様子で「もういいや」というと、フーゴはつまらなそうに頬を膨らませた。お堅いエリートかと思っていたが、フーゴは意外といい反応をする。またからかいたい気持ちがわいてくるというものだ。
    「しっかし、お前も男の子だなあ。やっぱり大きい方が好きなんだ?」
    「す……、僕は付き添いですってば!」フーゴは慌てて声を上げる。「……ていうか、ほとんど巻き込まれただけですからね!」
    「うん。で、好きなの? どうなの?」
    「ま、まあ、それは、嫌いじゃあないですけど、別にそこだけで判断するわけではないですし、性格や価値観の一致とか、そういう方が重要といいますか……」
    「ブツブツ何言ってるんだ?」
    「もう、からかわないでください!」
     顔をツバメのように赤くしてフーゴが叫んだ。
    「はは、悪い悪い。」イルーゾォはおどけて肩をすくめる。「誰かとこういうくだらねえやりとりすんのは久しぶりで、つい面白くなっちまった」
    「仲間にも普段からこんな感じで?」呆れたようにフーゴがきいた。
     イルーゾォが得意げに首をそらして「まあな」と言うと、しかしどういうわけかフーゴはほほ笑むのだった。
    「そうですか。ふふ、お手柔らかにお願いしますよ」
     イルーゾォは首をかしげた。このフーゴという少年は、よくわからないところで笑ったり、シュンとしたりむくれたり、猫の瞳のようにコロコロと表情が変わって掴み所がまるでない。ペッシのように子供っぽいところがあるが、こちらの投げたボールに対してはメローネのように思ってもいない反応で返してくることがある。それはつまりからかいがいがあるということであり、ひいては『楽しい』のだと気がついて、覚えずイルーゾォは口元を緩めた。
    「イルーゾォさん?」
    「やっぱりお前、変なヤツだわ」
    「なんですか急に? 人のこと言えますか? ていうか、さっきから思ってたんですけど、昨日と違いすぎませんか?」
    「一晩寝たら元に戻ったみたいだな」
     そう言うと、フーゴはなんだそりゃ、とクスクス笑った。イルーゾォもつられて笑いながら頭を後ろに傾けて、四月の朝空を見上げた。薄く透き通ったような空には羽ぼうきで掃いたような雲がかかっている。すがすがしい気分だった。


     さて、この後教室に入ったイルーゾォは、昨日の走りっぷりを見た陸上部員から勧誘を受けたのを皮切りにさまざまな運動部から誘われることになるのだが、それはまた別の話である。
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