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    shimotukeno

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    shimotukeno

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    鈴懸フーイルの短いヤツ ふご君から連絡がなくて心配になるゾォのはなし

    ある晴れた夜に 夜十一時。
     イルーゾォは苛立たしげに壁掛け時計をにらんだ。いい加減フーゴから連絡があってもよさそうなものであるが、携帯電話は依然沈黙したまま、ローテーブルの上で置物と化していた。
     今回、フーゴはミスタと二人での取引任務である。近隣のコムーネを拠点として麻薬や武器の密売を行っており、ディアボロ時代にも何度か取引が行われたらしい。だが、現体制下で取引はまともに成立しないであろうし、血を見ることは明らかだ。向こうはそれを察知しておきながら、何食わぬ顔で「二人で」と人数を指定してきた。イルーゾォとしては当然鏡の中から(フーゴを)サポートしたかったのであるが、ジョルノの判断で待機することになったのである。
     ミスタは腕利きだし、冷静で頭もキレる。ピストルズの援護も心強い。フーゴは能力は使わないにしても、近距離パワー型というだけでパープル・ヘイズは強力だ。それに心身共にヤワな男ではない。相手組織の構成員についてもあらかたデータは揃っている。そう心配しなくてもいいのだ。
     ――とイルーゾォは自分に言い聞かせ続けている。しかしその一方で、能力も覚悟も申し分ない信頼できる仲間が次々と死んでいった『経験』もある。自分に言い聞かせるのは、どうしてもその記憶と不安が拭えないからだ。
     イルーゾォはクッションを抱えてソファの隅に身を寄せた。また時計を見る。あれからまだ五分と経っていない。取引は午後九時半からだったが、一分一秒がやけに長く感じられる。
     チームにいた時、『待機』というのはそれ程苦ではなかった。多少の怪我はあっても大きなしくじりなど起こらなかった。ソルベとジェラートだって、暗殺任務を失敗して死んだわけではない。小動物みたいな顔したペッシはともかく、任務に出たら得意顔でアジトに戻ってくるのが常だった。だから、やきもきしながら待つ、というのはほとんどなかったのである。 
     居ても立っても居られなくなって、イルーゾォは立ち上がる。リゾットがいたなら、「落ち着け」と嗜めてくれるところだ。だがもう彼はいない。一緒に待っていた仲間もいない。フォトフレームの中の彼らは、声を立てずに笑っている。部屋には自分一人だけだ。少し前まで住んでいたあの屋敷よりも小さいのに、今はずっと広いような気がしてくる。
     携帯電話のディスプレイがパッと光り、イルーゾォは反射的にテーブルを見た。時を置かずして着信音が鳴ったが、発信元はジョルノである。胸騒ぎを覚えながらも、イルーゾォは電話に出る。
    「Pronto……?」
    「イルーゾォ? 夜遅くにすみません。そちらにフーゴから連絡あったりしませんか?」
    「いや、まだだが……。そっちに来てないのか?」
     電話口でジョルノが小さくため息をついたのがわかった。
    「ええ。ミスタからの連絡もまだで。一応、既に増援は送っているのですが。ともかくわかりました。ありがとうございます。もしフーゴから連絡があったら、僕に教えていただけると助かります。では……」
     プツリ、と電話が切れて静寂が戻る。耳の奥がツンとするような、いやな静けさだ。
     ジョルノにも連絡が来ていない、ということは二人して連絡が取れない状態ということだ。そうなるといやでも心配の方が勝ってくる。イルーゾォはまたクッションを抱え、ソファの上で小さくなる。
     でも、フーゴなら大丈夫だ。
     イルーゾォは自分に言い聞かせる。 
     でも、相手と状況次第ではあのリゾットでさえ死ぬ。
     イルーゾォの脳裏に、自然と不安が過る。不安を打ち消すように頭を振った。
     でも、ミスタもいる。 
     でも、二人して連絡がつかない。 
     いや、きっと時間がかかっているだけだ。 
     いや、きっと生きている、という確証もない。 
     それでも、便りのないのはよい便りともいう。 
     それでも、死人には便りを出すこともできない。沈黙は時として雄弁に事実を語るのだ。
     何度も不安を振り払おうとして、何度も失敗する。元来イルーゾォは生まれ育ちもあって素直な性格ではない。基本的に疑り深いのだ。だから自分に危害を加えそうなものはスタンドであれ道具であれ取り上げるし、使えなくする。
     時計を見ると、もう十一時半を回っている。無事という確証はないが、死んでいると断定するのも尚早だ。それでも、あのフーゴにしてはいくらなんでも遅すぎる。ミスタもいるのに。『何かあった』のは確実だ。
     フーゴのために用意した夜食はすっかり冷めている。もとより温め直すものなのでそれはよい、のだが――フーゴは今ごろどうしているのだろう? あの二人をして手こずる相手だったのだろうか。怪我していないだろうか。苦しい思いをしていないだろうか。腹を空かせてないだろうか。まさか、何も感じなくなっていたりはしないだろうか。
     自分は安全な場所にいるのに、知覚できない場所でフーゴが何か苦しい思いをしているのではないかと想像すると、いてもたってもいられなくなる。そうしてまた一人になったら耐えられない。頭を巡らせて窓の外を見る。煌々と輝く海沿いの夜景とは対照的に、海は深い闇に沈んでいた。
    「すぐに終わらせて、帰ってきますよ」。そうほほ笑んだフーゴの顔を思い浮かべる。そう言って、二度とアジトに戻ってこなかった彼らを思い出す。資料になかった『新入り』の存在で全てをひっくり返された苦い経験を思い出す。
     イルーゾォはのろのろと立ち上がると、俯いたまま壁掛け鏡の前に立ち、自身の分身を呼び出した。 
    「マン・イン・ザ・ミラー……いれて、おれをいれてくれ」




    「なんでこんな時に限って壊れてますかね……」
     フーゴは思わず空を見上げてため息をつく。白い吐息が空気中に溶けていった。冬の冴えた夜空では、星々が地上を見下ろして笑いさざめいている。
    「こうなりゃ直接帰った方がはえーだろ。急ごうぜ」
     ミスタに促されて、フーゴは恨めしげに壊れた公衆電話を睨みつけた。完全にお手上げである。
     初めから、十中八九そうなるだろうとは思っていたが、取引は破綻、実力行使で解決することになった。大きな怪我はせずに済んだものの、相手のナイフを受け止めるのに咄嗟に携帯電話を使ってしまった。その上ミスタの携帯電話も乱戦の最中踏み潰されてしまった。取引場所にあった電話はあらかじめ丁寧に破壊されており、あまり馴染みのない土地で帰路にみつけた公衆電話もあいにく故障中。深夜のため電話の置いてある店も閉まっている。つまり、連絡手段がないのである。その上乗ってきた車のタイヤはパンクさせられていて、やむなく遠くに用意しておいた予備の車で帰る羽目になり、この時間である。
     後処理の前に一度イルーゾォにも無事の連絡を入れたいところだが、勝手知ったるネアポリス市内ならともかく、詳しくもない街で公衆電話を探しながら帰るより、ミスタの言う通り一度まっすぐ本部に戻った方が早いだろう。腕時計を見るとあと三十分で日付が変わるところだった。
    「仕方ない。ちょっと飛ばしますよミスタ」
    「交通事故には気をつけろよマジで……」
     張り切り気味に車に戻るフーゴの後ろでミスタがぼやいた。
     
    「二人のことだから心配はしていなかったけど。とんだ災難でしたね」
     綺麗に切れ込みの入った携帯電話と踏み潰された携帯電話を見て、ジョルノは苦笑した。ジョルノへの報告を終えたフーゴとミスタは顔を見合わせて肩をすくめる。
    「後処理はもう向かわせたから、二人はゆっくり休んでください。特にフーゴ。その様子じゃ、イルーゾォにも連絡できてないんでしょう」
    「え、ええ」
     突然名指しされて、フーゴはぴくりと居住まいを正した。
    「心配してると思いますよ、彼」
    「そうですね。ではお言葉に甘えて、お先に失礼します!」 
     フーゴは赤くなって一礼すると、早足で部屋を後にした。扉が閉まった後、ミスタは眉を顰めて独り言のように言った。
    「……ここから電話する方がはやいんじゃねえか?」「まあ、もう寝てるかもしれないし」   

     最近引っ越してきた部屋には十分ほどでついた。見たところ電気は消えているようだが、寝てはいないだろう。
    「ただいま帰りました」
     室内はひっそりとしている。夜中の静けさとはまた少し違う。裏側の世界にいる者の奇妙な気配がある。こういう時は決まって、『彼』は鏡の中にいる。
     生者の存在しない世界を作るイルーゾォだが、ああ見えて『一人』は好きでも『独り』は苦手だ。鏡の世界はイルーゾォに言わせれば『死の世界』だが、現実世界の人間の行動は幾分反映される。鏡の外側から攻撃を受ける可能性もあるのだから、完全な安全を期するのであれば鏡の世界を作った時点の状態を保持した――完全に凍結されたほんとうの『死』の世界でもいいはずなのに、あくまでも現実世界の生者の動きを『反映』しているのである。イルーゾォの『鏡』というものに対するある種の妙な真面目さと、奥底の寂しがりな一面の表れとフーゴは見ている。そして、その寂しがりは、ただ独り生き残ってしまったことで表面化した。というより、孤独に対する不安や恐怖を彼自身が強く自覚するようになったのである。 
     孤独に対する不安を覚えた時、イルーゾォはしばしば鏡の中に籠る。自分の作る世界は死の世界だ、だから、本質的に孤独には耐えられるのだと言い聞かせるように。
     フーゴは上着を脱ぐのも忘れて玄関の鏡に歩み寄り、静かに語りかける。
    「イルーゾォ、今帰りました。ごめんなさい、道中どうしても連絡できなくて。心配したでしょう」
     呼びかけに応じるかのように鏡にマン・イン・ザ・ミラーが現れて、鏡の世界に招かれる。反転した家の中を歩く。イルーゾォのことである。おそらく、少しでも安心できる場所――狭いところにいるに違いない。リゾットに拾われるまで小柄だった彼にとって、体の収まる狭い空間は隠れ場所にもなって安心するのだ。今のイルーゾォが収まる狭い場所というのは限られる。あたりをつけて寝室に向かうと案の定わずかに扉が開いていた。フーゴが扉の前に立ち止まったのを見てマン・イン・ザ・ミラーが扉を開け、照明を付ける。オレンジ色のやわらかな光が部屋に広がった。扉が半開きになっているクローゼットの扉の中を覗くと、イルーゾォが子供のように膝を抱えて青くなっていた。フーゴは優しく口を開く。
    「イルーゾォ。やっぱりここにいた」
    「か かえって こ こないかと おもった。」
     目を見開いて下顎を震わせながら、イルーゾォは声を詰まらせる。マン・イン・ザ・ミラーがクローゼットの扉をそっと開けるとクローゼットの中に光が一気に差し込んだ。フーゴは膝をついてイルーゾォを抱き寄せる。温もりの中で髪と肌がふわりと香った。
    「僕は必ず帰ってきます。あなたを独りにはしません」
    「お前を信じてないわけじゃあない……じゃない、けど、」
    「知ってます。あなたが僕を信じてくれてることも、かといって安心するには仲間を失いすぎたことも」フーゴはイルーゾォの右頬にそっと手を添えて、柘榴石の目をのぞき込む。「――けど、忘れないでください。僕は将来あなたを看取りたい。あなたの目に映る最後の一人にならなくちゃ。だから何がなんでも絶対に戻ってくるんです」 
     イルーゾォはコクンと頷いて、フーゴを見つめ返す。フーゴの瞳に映る自分の顔には安心の色があった。それが次第に面はゆくなってきて、ふいと視線をそらした。
    「忘れんじゃあねーぞ。今言ったの。やっぱりやだっていっても、きかねえからな」
    「忘れませんよ。あいにく、忘れられる脳みそでもないので」フーゴは冗談めかして答えた。
    「おー、言ったな?」
     イルーゾォは目を細めてフーゴを見た。フーゴは悪戯っぽい笑顔で返す。イルーゾォはフーゴのほっぺたをむにっとつまんで、解放してから立ち上がった。
    「それにしても、何があったんだよ? 連絡つかないなんて。心配したじゃねーか……。すごく心配したんだぞ」
    「ごめんなさい。これです」フーゴは懐から半分ほど切れ目の入った携帯電話を取り出した。「とっさにこれで相手のナイフを受け止めちゃって。ミスタもミスタで携帯電話踏み潰されちゃうし。帰りにみつけた公衆電話も壊れてて。散々です」
     フーゴが肩をすくめると、イルーゾォはようやく声を立てて顔を華やがせた。
    「そんじゃあ、新しいの買いに行かなくちゃな。二台だぞ、二台。一台ぶっ壊してもいいようにな」
    「ええ、それであなたが安心するなら。一緒に買いに行ってくれますよね?」
    「いいぜ、付き合ってやるよ」
     そう言うと、イルーゾォは鏡の世界を解除させた。
    「まあなんだ。それより腹、減ってねえ? 夜食あるけど……あっためる?」
    「もちろん! お腹ぺこぺこだったんです。あとチョコラータカルダも作ってくれませんか? 今夜は少し冷えるから」
    「りょーかい。んじゃあその間、シャワーでも浴びてスッキリしてこいよ。――ああ、そうだ、いけね」
     キッチンに向かおうとしたイルーゾォは急に足を止めて、フーゴの方を振り返った。振り返ったイルーゾォの、自分にしか見せないその表情にフーゴも笑顔になる。
    「おかえり、フーゴ」
    「ただいま、イルーゾォ」

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