バカのおのこトーク「フーゴとイルーゾォって、どっちが『上』なんだ?」という問いが飛び出したのは、定例の亀の中での打ち合わせを終えて、談笑していたときだった。質問者はむろんミスタである。フーゴはわざとらしく、大きな大きなため息をついて、じろりとミスタをにらんだ。
「何? 急に」
「なんか気になって。イルーゾォはタッパあるし、気位高いし。フーゴはフーゴで……なあ? どっちが抱かれてるんだろーってよぉ。どっちもってセンもあるけどさ。なあジョルノ?」
「ええ、確かに」ジョルノは薄笑いを浮かべながらカップに口を付けた。
「あなたまで!」
フーゴは素っ頓狂な悲鳴を上げる。その耳元で、ミスタは彼お得意の、――成功率はともかく――乙女を口説くときの低い声でささやいた。
「ボスも気になるって言ってるぜえ? フーゴぉ~」
「君ね……なんでいつもそうやって僕とイルーゾォのことに興味津々なんだよ」
フーゴがミスタの顔を雑に押しやりながらぼやくと、ジョルノが興味ありげに片眉をあげた。フーゴはゲッという顔になる。今のは余計だった。気心の知れた仲間ばかりの空間だと、どうしても脇が甘くなってしまう。
「そうなんですか? ミスタ」
「ああ~、イルーゾォが寂しがりだの甘えただの甘やかしだのって話ね」ミスタは笑って答えた。「あれは面白かったなあ~隠れた一面っつーか意外性というか……」
「へえ。ちょっとそれ聞きたかったな」
「それがね――」
「ちょっと!」口を開きかけたミスタを制しフーゴが叫んだ。「こいつの話を盛り上げないでくださいよ」
「この年代の男子の話題なんてこんなもんでしょう」ジョルノは無邪気に笑った。
「それはそうかもしれないけどこんな時だけ年相応にならなくってもいいじゃないですか……」
フーゴは頭を抱えた。実際、十五歳とは思えない貫禄のジョルノだが、時折年相応な面はしっかり見せてくる。わかっていて年相応の振る舞いをすることもあるし、純粋に年相応の反応をすることもあるのが余計にタチが悪い。――とイルーゾォが苦々しく言っていたのをフーゴは思い出した。曰く、人心掌握的な面で見ればディアボロよりもよほど『悪魔的』だと。ディアボロが自らを秘められた存在に、いわば『神秘』にしたことで強みを出したのとは逆に、ジョルノは表に現れることで強みを発揮する。アドニスの姿で堂々と出て行きながら、大の大人に「ついていってもいい」と本気で思わせる一方で、「支えたい」とも思わせるのである。
「……で? どうなのよ。実際。上下どっち? それともまんなか?」
考え事をしていたフーゴは、不意を突かれて「え!?」と間抜けな声を上げた。
「ああ……いや、その、いいじゃないですか、なんだって! ――だいいち、教える義理なんてないでしょ!」
「フーゴ、顔真っ赤ですよ。イチゴみたい」
ジョルノはフーゴを見ながらくすくす笑う。フーゴは耳どころか手まで真っ赤だった。年頃の、初心な娘のよう――と思ったところで、波が引いていくようにジョルノの顔から笑顔が消えた。ジョルノに続いて、ミスタも何かを察した。そして、今の今まで静観を決め込んでいたポルナレフは、苦笑しながら頭を振った。フーゴは『察された』ことに気付いて無言で下唇を噛んでいる。亀の部屋の中に、刹那、生温かい沈黙が落ちる。
「ああ、その、フーゴ。『まだ』なんだな?」
落ち着いた低い声が沈黙を破る。切り込み隊長はポルナレフだった。年長者としての責任感か、少年達をたしなめるため、あるいは介錯するためか――ともかく慈悲の一閃によって生温かい沈黙は払われた。フーゴの頬がぎこちなくひきつる。相変わらず顔は赤かったが、それはもはや羞恥の色ではない。こめかみには青筋が浮かんでいる。ミスタとジョルノは気まずそうに視線を交わした。
「ま、まさかだよなァ~……一緒に寝てるっつうから、おれは、てっきり……」
視線を泳がせるミスタに、フーゴはとうとう目を剥いて拳をテーブルに叩きつけた。ティーセットが音を立てて跳ねる。
「悪いか!? 悪いってか!? ヤってなきゃタマナシってか!? ああ?!」
もはや開き直りのやけくそ状態である。以前のような刺突攻撃つきのキレ方は近頃めっきり減ったが、酔っ払いじみた妙に面倒なキレ方をするようになっていた。主にイルーゾォが絡むと、であるが。
「そうは言ってねえけどお~……」ミスタは蚊の鳴くような声で言った。「オメー、やっと想いが果たせたってのに、辛抱強すぎだろ……」
「中世の修道僧よりすごいかもしれませんよ、フーゴ。でも、何か事情でもあるんですか?」
「心配されるようなことはなにも」フーゴはいくらか平静な声で答えた。「僕の意地に付き合って貰ってるだけですから。それに、残念ながらまるっきり清いわけでもないですし」
フーゴは声は落ち着きを取り戻しているものの、むすっとした顔で頬杖をついていて、完全に拗ねた子供の様相であった。
正直なところ、フーゴはイルーゾォをすぐにでも抱きたいと思っている。一方で、衝動に飲まれる性質を気にしてもいる。そこでフーゴ自身が決めた期日――自分の手でイルーゾォの薬指を輝かせる時――まで我慢すると決めているのだ。いわば自分自身との根比べであり、願掛けでもある。情動に打ち勝てば、イルーゾォの願望を叶えられる男になる、といった具合に。とはいえ、フーゴも健康な青少年だし、イルーゾォもまだ若い青年である。『ガス抜き』はちゃっかり行っているのだが。
ともかくフーゴの言う『意地』を三人とも特に心配のいらないものと解釈し、崩壊しかけたお茶会に平穏が戻ってきた。
――それも束の間でしかなかったけれど。
天井に、ぬうっとイルーゾォの顔が現れた。フーゴの顔に一瞬喜色がうかんだが、すぐに苦笑いに変わった。イルーゾォが冷ややかに目を細めて一同を見下ろしていたのである。何故か、は自分達が一番よく知っている。
「おい。呼ばれてんぞボス。つーか、打ち合わせ終わったんならさっさと出てこい。さっきから何の話してんだ? エロガキ共。だいたい、おれが下にきまってんだろーが。わからねえか? マヌケ。ったく、フーゴ、お前もちゃんとコイツらに言ってやれ」
言いたいだけ言うと、イルーゾォは踵を返してどこかに去ってしまった。
「――だ、そうです」
フーゴはそれしか言えなかった。
「あ、はい」
二人の少年もそれしか言えなかった。