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    shimotukeno

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    フーイル(JK)の番外編 メロ♀ッチョの話

    call my name古びた校門から出てくるのは女子生徒ばかり。校庭から響く歓声も女生徒の高い声ばかり。そんな女子高生の花園の門前に学ランに身を包んだ男子学生が佇んでいた。男子生徒というだけで多少目を引くのに、特徴的な癖っ毛と赤縁の眼鏡というち出で立ちに加え、すさまじい眼力で校舎をにらみ付けているのだから、それはそれはよく目立つ。
     ギアッチョはもうすぐ女子高の校舎から出てくるはずのメローネを待っている。
     
    『どうやら本当に生まれ変わったらしい』と気付いたときは奇妙な気分だった。前世はイタリアで、ギャングの暗殺者として生き、死んだ。善行など積んだ覚えはない。皆仲良く地獄に行くのが相場だ。だというのに、新しい人生で待っていたのは綺麗で温かい家だった。寝床も綺麗で、清潔な匂いがする。不快な虫やネズミと一緒に眠ることはない。毎食ちゃんとした食べ物が食べられた。取り立てて裕福という程ではないが、前の幼少期よりずっといい暮らしだった。運動神経の良さを、まともに評価してくれる大人や同級生がいた。だからなのかもしれない。冷たい氷の壁を出せなくなっていたのは。
     しかし、他の仲間達はどうしているのだろうか? というのがギアッチョの長年の疑問であった。もし自分にだけこのような暮らしが与えられていたとしたら、とてもじゃないが納得できない。一度気になったらとことん気になってしまう、悪癖とも言えるギアッチョの疑問を氷解させるには、何らかの方法で仲間の現在を確かめる以外の方策はなかったのである。
     だが、それも過去形だ。
     運命的な――宿命的とも、因縁的ともいえる出会いは昨年、あっさりと訪れたのだ。受験生だからと半強制的に行かされた学習塾の夏期講習で声をかけられたのだ。「やあ、ギアッチョ! 久しぶりだな! あの時は電話の途中で悪かったよ」と。全身が総毛立った。聞いたこともない、甘やかな女子生徒の声なのに。そいつが日本語で話すのなんか、聞いたこともなかったのに。話しぶりだけで瞬時に『メローネ』と認識させたのである。これにはさすがのギアッチョもひどく驚いた。それと同時に嬉しくもあった。あの時、プッツリ途切れてしまった電話が、また繋がったような気がしたから。
     それからこの春、ギアッチョは第一志望の男子高に、メローネも第一志望の女子高に晴れて入学した。見たところメローネは女子としてかなり馴染んでいるようで、友達に囲まれるばかりか『メロちゃん』などと呼ばれている始末である。スタンド能力的にメローネが女として生まれ変わるのは皮肉的にも思えたが、メローネはこの通り普通に――いやむしろ、かなり人生を楽しんでいる。曰く、「男と女、どちらも体験出来るなんてディ・モールト貴重な経験だよなあ~っ。神話の予言者以来じゃあないか? いや、体の成熟過程をどちらも体験するなんて、神話にもないだろうな!」である。『因果応報』など全く機能していない。個性の濃いやつだったくせに、器用さと柔軟性、適応力の高さも持ち合わせているのだから、流石としかいいようがない。別に、そこにしびれも憧れもしないが。
     物思いにふけっていると、一際やかましい声が聞こえてきたのでギアッチョは自転車を押した。向こうからメローネとその同級生数人がまるで秋のムクドリみたいな賑々しさで歩いてくる。彼女たちもすぐにギアッチョに気付いたようで、わっと声が上がった。
    「メロちゃん! 彼氏待ってるよ~ッ!」
     これである。
    「彼氏じゃねェーッ! ……おっせーぞメローネ!」
     ――と訂正すれば「きゃはは、怒ったァ~!」「受けるゥ~」と毎度のごとくコロコロと笑い声を立てて何故か喜び出すので、もうわけがわからない。箸が転んでもおかしい年頃、という言葉に当初納得のいかなかったギアッチョも本当に箸が転んでもおかしい女子高生たちを目の当たりにすれば嫌でも実感せざるを得ない。だが納得はしていない。何が受けるんだ。一体何が。受けるってなんだ。彼女たちの『受ける』の機序に関して、ギアッチョは考えるのをやめた。
     閑話休題ま、それはともかく
     メローネは「ごめーん」とへらへら笑うと、スクールバッグを遠慮なく自転車カゴに放り込んだ。
    「じゃあねー、メロちゃん!」
    「チャーオー!」
    「チャオ!」
     と恐らくメローネが震源地であろう挨拶を交わすと、少々小さくなったムクドリの群れは駅に向かうバス停の方向に遠ざかっていった。
    「じゃ、行こうぜ」
    「おう」
     薄紅色の桜は散って久しく、木々は濡れたような鮮やかな緑に染まっている。学校からメローネの家まではわずか数百メートル。対して、ギアッチョは片道十キロ弱。それでもほぼ毎日メローネを家まで送っていくのが入学以来の習慣になっている。
    「そういえばさあ」メローネはのんびりとした調子で口を開く。「おれは女になってるわけだけど、他のメンバーにもそういうやついんのかな?」
    「さーな。可能性くらいはあるだろうが……」
    「もしプロシュートが女だったら、目が覚めるようなベッラなんだろうなあ~ッ。イルーゾォも可能性はあるんじゃあないか? 意外とホルマジオとかも……他にはリゾットとか。絶対巨乳だよな。ジェラートもあるかもしれないなあ~」
    「ペッシは? あとソルベ」
    「結構可愛い癒やし系かもよ? ソルベはほら、歌劇団の男役してた女優とか、あんな感じで。でもやっぱりイルっぽくない? 勘だけど」
    「一番想像しやすくはあるな」
     ギアッチョはイルーゾォの姿を思い浮かべる。輪郭を丸くした顔と、ワンピースを着た肉体とを頭の中で雑に合体させる。髪型のせいもあるが、外見的には一番あり得そうな気がしてきた。しかし。
    「いや、やっぱりどうだろうな……」
     ギアッチョは首を捻る。
     イルーゾォは最も現在の性格が想像しにくい人物でもある。恐らく、自分やメローネ同様スタンド能力は持っていないだろう。もし記憶を有している状態で、スタンド能力がなかったら。イルーゾォという人間がまずマン・イン・ザ・ミラーありきだったことを踏まえると未知数だ。
    「ああ、マン・イン・ザ・ミラーがいなかったらって? そこだよねー。あれは彼にとって相棒であり兄弟であり、世界であり、アイデンティティだからね。それが気付いたらごっそり失われてたら――心配ではあるが、ま、なんとかやってるだろ。ああ見えてもそんなヤワじゃないし」
    「だといいがな……」
     ギアッチョはため息をつく。せめて、自分やメローネのようにまともな暮らしが出来ているのを願うばかりである。
     喋りながら歩くと数百メートルなど短いものである。慣れた道ならなおさらだ。次第にメローネの家が見えてきた。残り数十メートルというところで、メローネがふいに口を開く。
    「ところでさあ、なんでギアッチョは毎日送ってくれるわけ? 家まで十キロ近いんだろ?」
    「それは――」
     ギアッチョは言葉に詰まる。理由はある。けど、言葉に表せないし、メローネに伝えることはしたくなかった。あの時、あの電話で、通話より先に――何よりも一番最初に途切れたのはメローネの命の糸だった。決して手の届かぬ場所で、自分にどうこう出来ることではなかったとしても、言いようのない後悔にも似た苦々しさに襲われることがある。頼りに思っている男が、一瞬で絶命したと知ったときの、自分が操る冷気とは別種の冷たさが肝を貫く感覚がよみがえることがある。
    「おい! 見ろよ!」唐突にメローネが声を上げた。「あそこのカップル、ディ・モールトすごい身長差だと思わないか? 彼女の方は一九〇センチ近そうだな……しかも高等部と中等部のカップルみたいだ」
     そんなギアッチョの気も知らず、はやくも別のものに興味が移ったメローネに、ギアッチョも思わず「ああ!?」と大声を上げてしまう。だが元来メローネは研究者体質というのか、こだわりは強いくせにあまり執着しない、どこか乾いた部分のあるややこしい人間だ。先の質問をしたのがリゾットだったら、気が済むまで問い詰められているところだった。
    「ああー……そうだな」ギアッチョはメローネの視線の先を見る。
     確かに、道を挟んで数十メートル離れた辺りにかなり背の高い女子高生と、平均的な身長の男子中学生が並んで歩いている。あの距離感はきょうだいとかではなくカップルだろう。彼女の方が三〇センチ近く高いのは珍しい。メローネが興味を引かれるのもわかるというものだ。
     メローネは自宅の門扉の前で足を止めると、自転車カゴからバッグを取り出した。
    「なあ今度、ギアッチョさえよければ寄り道してかないか? せっかくの高校生活だ。カフェとか、アイスとか、ああ、たこ焼きなんてのもいいな?」
    「たまにはいいぜ。金曜あたりなら余裕あるし」
    「じゃあ決まり」メローネはニヤッと笑った。「じゃーね、ギアッチョ! 帰り気をつけろよ!」
    「わーかってるよ。また明日な、メローネ」
     メローネがひらひら手を振りながらドアの向こうに消えていくと、ギアッチョは安堵したように頬を緩める。今日もメローネが帰るべき場所に無事にたどり着いたのを見届けられた。メローネのため、ではなく自分の満足のためだ。メローネがイルーゾォを『そんなヤワじゃない』と評していたように、チームで一番細身だったメローネも『そんなヤワじゃない』。守ってあげているわけではない。しかしただ、メローネが無事に帰ったところを確かめたいだけ。ただ、それだけ。こんな風に名前を呼ばれて、呼び返して、そんな日々ができるだけ続いていけばいい。いつか別の懐かしい名を呼ぶことができれば、それもまたよし。ギアッチョはそう思っている。
     ギアッチョはひらりと自転車に跨がると、力強く地面を蹴った。
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