月明かり(夜と朝) 空に明かりはひとつしかない。そう、月の明かりだ。地には多くの明かりがある。そう、出島のネオンだ。俺たちはそんな中で小さな木賃宿にいた。娼婦が客を取るのよりも、もっと昔ながらの場所。大昔から日本人がやっている場所。俺たちはそこで情報屋からデータを受け取って、そのまま官舎に直帰する予定だった。しかし珍しくギノが言ったのだった、ここで朝まで過ごさないかって。見れば、彼が覗く窓には美しく丸い月があった。官舎では見られないほど大きな月だった。
「これは見事だな。データに……いや風流じゃないな。記憶に留めておくだけにするよ」
俺がそう言うと、ギノは笑って窓に寄りかかった。磨りガラスは星の形が散りばめられていて、とても古いもののように思えた。この宿は、いつからこの出島で時を過ごしているのだろう。
明かりを消す、キスをする。布団を急いで敷いて、その中でお互いの服を脱がし合う。
「チップを多く渡さなきゃならないな」
ギノはぼうっとしてそう言った。俺はそれに笑ってしまって、風流じゃないなと思った。ここに挨拶に来たあの白髪混じりの女将に、いくら包もうか。俺はそんなことを考えてギノの身体に没頭する。もう何が美しいかなんてどうでも良かった。今はそんなこと、どうでも良かった。
狡噛、と声をかけられて目を開けると、外の空気は冷たく、窓の奥は白んじていた。その中でも月はあり、それは紫を薄めたような朝の空気の中で、ひっそりと沈もうとしていた。俺はあれがあの場所に行くまで、恋人を抱いていたのか、そう思うと独占欲が満たされて、自然と煙草が欲しくなった。この部屋には物が少ないが、灰皿くらいはある。
「ここは時が止まったみたいだな」
ギノは煙草をつけた俺の背をなぞり、そんなふうに言った。そして笑って、「分かるだろう?」と暗に誘う。俺はそれに煙草をにじりけして、すぐに答える。もう朝だ。月明かりも消えてしまう。そんな中で俺たちは短い時間を二人だけで、どうにかして長く持たないかと、身体を擦り合わせたのだった。