とっぷりと深い闇に覆われている冬の真夜中。今日は玉狛支部に泊まることにしていた修は、次のランク戦に向けて対戦相手の研究と対策に没頭していた。マップの特性や天候、対戦相手の分析と対策など、作戦の立て方がまったく分からないところからの初戦に比べたら、いくらかは流れを掴めてきた。しかし、まだまだ考えることは山ほどあり、とりわけそれが軌道に乗ってきたときはどうにも落ち着かず、気づけば気の済むところまで睡眠時間を削ってしまう。今日もそんな日だった。
どうにも眠気がやってこないどころか、今のところ頭はすっきりと冴えている。目を閉じているだけでも休息になると聞くけれど、とりあえずベッドに入ってみようという心持ちにもならない。その結果、未だにデスクでモニターと向き合っていた。
思考に集中していたところに突然、入り口が開く音が割り込み、修の肩がびく、と揺れる。こんな夜更けの訪問者に心拍数がわずかに上がったが、遊真の姿を認めて息を吐く。
「オサム、まだ寝ないのか?」
「空閑こそ、まだ起きてたのか。あと少しだけ、キリのいいとこまでやったら寝ようと思って」
「そうか。ふむ。あと少し、ね」
遊真は呟くように繰り返してから、くるりと踵を返した。そのまま訓練室を後にする後ろ姿を、修は怪訝そうに見送ったが、やがて机の方に向き直った。
再び作業に没頭していると、また機械音が響く。顔だけをそちらに向けると、にっと口角を上げた遊真が、マグカップを両手に掲げていた。
「ほら、熱いぞ」
「――あ、ありがとう」
「今日も冷えるからな」と言って差し出されたマグカップからは、ほっとするような甘い匂いがふわ、と香る――ホットミルクだ。受け取って両手を添えると、ミルクの熱が分厚い陶器をゆるやかに伝って、指先を温めてくれる。少し熱いくらいでちょうどいい。早速、ふうと息を吹きかけてから口を付ける間に、遊真はごく自然に開いた片手で適当な椅子を引き寄せて、さも当然というように修の隣に陣取った。いつの間に、どこから出したのかクッションまで抱えていた。動向を注視していた修と目が合うと、首を傾げてクッションを差し出してきたので首を振って制した。
「えっと……どうしたんだ?寝ないのか?」
「ん?ああ、もうちょっと、ここに居ることにした。おれも眠くないしさ。なんとなく、1人でいるよりあったかい気がするだろ?飽きたら勝手に出てくし、オサムは気にしないで続けていいぞ」
修は何か物言いたげな表情をしていたが、結局「……わかった」とだけ返して大人しくモニターに向き直った。しんとした室内に、キーボードを叩く音や、シャーペンが紙の上を滑る音、紙をめくる音、修の手元で発生する音だけが響いた。遊真は、その隣で端末を弄ったり、時折修の様子を盗み見たりしていた。
「あ」
背を丸めて手元の端末に目を落としていた遊真が、「お?」と顔を上げた。遊真がじっと気配を消していたのもあったが、修が漏らした声は思いのほかはっきりと通り、しっかり拾われてしまった。修ははっとして口に手を当てて、「……と、ごめん」と謝罪する。
「別にいいけど、どうかしたのか?」
「え、あ、いや……」
突然声を出してしまった気恥ずかしさはあったが、いつもどおりの夜であれば1人で黙々とやっているところ、今日は思いついたばかりの考えを聞いてくれる相棒がここにいる。修は少し視線を彷徨わせたものの、その誘惑に負けて、もごもごさせていた口を開いた。
「あの、ちょっと思いついたんだけど――」
修がぽつぽつと語る声に、遊真の耳心地のよい相槌、近くに感じられる体温、ふたりだけの夜が静かに更けていく。