ブラッドリーの背がまだ双子より小さい頃、春の国を訪れたことがあった。
各国の王が集い行われる会談、それが春の国で開催され、冬の国からは双子の王が参加した。スノウから「ブラッドリーちゃんもこうゆう場になれておかないとね!」、と言われ連れて来られたのだが、実際はミスラもオーエンもそんな面倒くさいこと絶対に嫌、と断られたためブラッドリーが嫌々行くことになったのだった。
会談の前日、各国の来賓を歓迎するための宴が開かれた。春の国の人々は宴が大好きで、人をもてなすことが大好きだ。
広々としたホールにテーブルが点々と配置され、テーブルの上には春の国の郷土料理が色鮮やかに並べられている。ウェルカムドリンクは春の国で作られた蜂蜜酒で、甘く芳醇な味わいは来賓客の舌を満足させるものであった。
美味しい料理と美味しいお酒が振る舞われ、皆が楽しんでいる中、まだ子供であるブラッドリーは暇を持て余していた。
酒はまだ飲めないし、春の国の料理は菜食中心だ。ブラッドリーが好む肉料理が極端に少ない。
スノウとホワイトに連れられて何人かには挨拶をしたものの、皆一様に「末の王子がもうこんなに大きくなって」「凛々しい顔つきね」「将来が楽しみだ」と上っ面な言葉ばかり並べられうんざりしたため、双子を撒いて会場の外に抜け出した。
春の国は冬の国と違って年中穏やかな気候だ。
この日も暖かな日が差しており、暑すぎることもなく、気持ちのよい天気であった。
会場の外には庭が広がっており、冬の国では見たこともないような色とりどりの花が一面に咲き誇っていた。
きちんと手入れされた庭の奥には小高い丘が広がっており、野生の草花が自然のままに咲き乱れている。
見慣れぬ草花に目移りして丘の上の方までやってくる、大きな木の下に小さな人影が見えた。
気になって近づいていくと、だんだんと姿がはっきり見えてくる。
それは小さな少女で、空の色と同じ青い髪に春の国の装束をまとっていた。木の下の草むらで何か探しているように座り込んでいる。
今は各国の要人が一同に集まっているため、城の警備はいつもにまして厳重なはず。となると春の国の王族関係者だろうか?
気になってさらに近づくと少女もこちらに気づいたようで顔を上げる。
蜂蜜のような綺麗な黄色をした瞳と目があった。
確かにこちらを見たのに、ブラッドリーのことなど見えなかったかのように、また顔を下に向けて作業を再開してしまった。
無視されたことにムッとして少女に話しかける。
「おい、お前こんなとこでなにしてるんだ?」
「………」
「聞こえてんのか?!無視すんな」
「…聞こえてる」
少女が静かに返事をした。少しだけ生きている人間なのか不安に思っていたため、とりあえず話の通じる奴だとわかってほっとする。
「なにしてるんだ?」
「…幸運の五つ葉クローバーを探してる」
「五つ葉クローバー」
「うん。珍しくて、見つけたら幸せになれるんだ。」
辿々しいながらも少女が言葉を続ける。ブラッドリーはじっと少女の言葉に耳を傾けていた。
「もうすぐ妹が産まれるから。無事に産まれますように、って探してた」
ようやく謎が解けたブラッドリーは、なるほどそういうことかと納得し、少女の手元を見つめる。
「ふーん、じゃあさ!俺様も一緒に探してやるよ!」
「え?」
「一人より二人の方が早く見つかるだろ?」
でも、とか、いや、とか戸惑いを見せる少女を尻目に、ブラッドリーも隣に座り込んだ。
五つ葉クローバーなど見たこともないが、名前のとおりこの葉っぱが五つのものを探せばいいのだろう。
ここ一帯にあるだけでも数千本以上ありそうだが、一つ一つ確認して五つ葉がついているクローバーを探す。
少女は、急にクローバー探しに参加してきたブラッドリーのことを不思議そうに眺めていたが、ブラッドリーだけにやらせるわけにもいかず、二人で黙々と作業に没頭した。
「あったー!!」
日も傾きかけた頃、ブラッドリーの大きな声が響き渡った。
「見ろよ!いち、に、さん、し、ご!5枚あるぜ!五つ葉だ!」
興奮気味に見つけたクローバーを少女に差し出す。
すると、さっきまで無表情だった少女の表情が綻び、まるで花が咲いたかのような綺麗な笑顔を見せた。どきん、とブラッドリーの胸が高鳴った。
「すごい!ほんとに見つかった!ありがとう」
にっこり、ブラッドリーは微笑む少女の笑顔に釘付けになる。
さっきまで宴の会場で大人たちにかけられていた色のない言葉とは違う。少女の心からの言葉にブラッドリーの心に暖かい風が吹き込んだようだった。
「ブラッドリー様!」
名前を呼ばれて振り向くと、冬の国からブラッドリーたちと共にやって来た従者が慌てて駆け寄ってきた。
「探しましたよ!会場を抜け出してどこにいるかと思えば……」
従者は慌てた様子でブラッドリーに怪我がないか確認している。どうやら迷子扱いされていたようだ。
「ネロ」
従者に続いてやって来た人物の妖艶な声が聞こえた。黒い髪を1つに束ね、切れ長なワインレッドの瞳で優しげにブラッドリーと少女を見つめている。この女性は知っている。さっきの会場にもいた、春の国の女王だ。
「シャイロック様!ご心配お掛けしてすみません。」
「いいえ。無事に見つかってよかった。ネロと一緒に遊んでいたのですね」
「ネロ?」
「おや、自己紹介もしていなかったのですか?その子の名前ですよ。私の妹です。」
王族の関係者だとは思っていたがまさか女王の妹だったとは。
ネロと呼ばれた少女は、シャイロックの元に駆け寄り先ほどブラッドリーが見つけた五つ葉クローバーをシャイロックに見せて言った。
「姉様。あの子が一緒に探してくれたの。母様が元気な赤ちゃんを産めますようにってお願いしようと思って。」
シャイロックは、きっと母様も喜びますね、と優しく微笑みながらネロの頭を撫でた。
ネロはまた嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「さあ、日が暮れると暖かい春の国でも肌寒くなります。城に戻りましょうか。」
「ネロ!」
みんなで城に戻ろうとしたところでブラッドリーが思わずネロを呼び止める。
ネロが振り返るとその手を取ってブラッドリーは告げた。
「大きくなったら俺と結婚してくれ!」
突然の告白にシャイロックはまあ、と感心した声をあげ、従者はからはひぃ、と悲鳴にも似た声を発した。
ネロは意味がわかってないようで首を傾げている。
「ブラッドリー様!女王の妹君に対してそんなことを軽々しく言うものではございません!」
焦りを見せる従者とは対照的にシャイロックはニコニコと微笑んでいる。
「よいではありませんか。可愛い子供の約束なのですから。」
シャイロックはブラッドリーに向かって美しい笑みを崩すことなく言葉を続ける。
「ブラッドリー様、あなたが大きくなって、冬の国の王になったら、どうかネロのことを迎えに来てくださいね。」
「おう!」
ブラッドリーはニカッと歯を見せて笑い、再びネロに向かい合った。
「俺様が迎えに来てやるから、そのときまで待ってろよ」
「また遊んでくれるの?」
「ああ、いくらでも遊んでやるよ!」
「わかった。」
またニコッと笑ったネロの顔が見れた。
ネロが笑うとブラッドリーの心の中は春が来たかのように暖かい気持ちになる。
もっとこの笑顔が見たい。出来ればブラッドリーが笑わせてあげたい。
この気持ちにまだ名前を付けることはできないが、本能的にずっと一緒にいたい相手だと、ブラッドリーは確信していた。
数年後、再会した二人がどうなったのかは、また別のお話。