9私が老害と心の中で呼んでいた悟の祖父は、隠居してからどんどん大人しくなり、どこにでもいる孫大好きな普通のおじいちゃんになった。
当の悟はママと私以外の人間に抱っこされるのが大嫌いで、おじいちゃんの抱っこを断固拒否し、おじいちゃんをへこませていた。
普通のおじいちゃんになった彼は、私たちと一緒に遊ぶようになった。
三人でおままごとをし、散歩にも行き、屋敷の縁側でおやつを食べた。いつも二人でいる私たちと過ごすうちに、いつしか私も彼の「孫」になっていた。私も彼の事を「おじいちゃん」と呼ぶようになり、「次に実が来るのはいつだ?」と、ママに聞く事もあったらしい。
そんなおじいちゃんは、おやつを食べている時等にぽつりぽつりと悟に刻まれているだろう術式の事を話してくれた。
「私もよく分からないし、悟はまだ小さいから覚えてられないよ」
と言うと、
「悟はその体に刻まれているから覚えてられなくてもいいんだ。心配なのは実の方だよ」と、悲しそうな顔をした。
「実の力は本当にどんなものか分からないんだ。呪力がないから儂らの術式を見せる事もできない。悟の術が見えないばかりに巻き込まれて実がケガをしたらかわいそうだ。」
「悟は私にひどいことしないよ」
「分かってるよ。しかしな、これだけは覚えておいて欲しい。」
そう言って、おじいちゃんは私に3色の色を教えてくれた。
あお
あか
むらさき
「誰でもいい。悟の近くにいる呪術師がこの色を口にして騒ぎだしたら逃げなさい。」
私はその3色を心に留めた。
でも、私が悟から逃げる事は絶対にないとも分かっていた。
屋敷の一室は完全に破壊されていた。
破壊された部屋の中央に悟がいて、破壊された部屋を取り囲むように呪術師が集まっていた。
その中にはおじいちゃんとママもいた。
ママが私と母に気づくと駆け寄ってきて謝った。
「先週は実が来ない事をなんとか納得させたんだけど、昨日の夜から癇癪を起こしはじめて我を忘れて術式を使ってしまってる状態なの……実が来れば落ち着くと思ったんだけど、実に気づいていないみたいで……」
そんなバカな。
悟はしっかりと私を見据えている。
その碧い瞳は何を見ている???
「実、来てくれたか……」
おじいちゃんが横に立っていた。
「いつか実が呪術師を志す時が来たらと思って作らせたが、こんなに早く使う日が来るとは思わなんだ」
そう言っておじいちゃんは私にメガネをくれた。おじいちゃんはよく見るとケガをしていた。着物もあちこち破れて汚れている。
「おじいちゃん……大丈夫?痛い?」
「大丈夫だよ。儂の術ではあんなに小さな悟の術も防ぎきれんかっただけだ。さぁ、メガネをかけてごらん」
言われた通り、私には大きすぎるメガネをかけた。
世界が変わった
悟のー
だらんと力なく垂れ下がった悟の両手に青白い炎のようなものが纏まりついている。
大勢の術師たちが張ろうとしている結界が見える。外の帳を初めて見た。
そして悟の目の前に浮かぶ小さな玉ー
「実、見えるか?あれが悟の術式の1つ、蒼だ」
ピンポン玉くらいの大きさの蒼い玉。
「呪力のないお前があれに触れたら一瞬で体が潰れるぞ。絶対に触るなよ」
あれが、あお
「あれがどこで発動するかは悟次第だが、儂らには分からん。次の一撃をなんとか防げは次の発動までに少し時間がかかるはず。その間にお前なら悟に近づけるな?」
行けると答えようとした瞬間、2人の母の叫び声が響く。
「やめてください!実にケガをさせるつもりですか!」
「実!こっちに来なさい!」
「お母さん、ママ、大丈夫だよ。悟は私に酷いことしない」
絶対。
刹那ー
そんな言葉がきっとぴったりだと思う。
蒼い玉が光ったかと思うと、悟の周りある瓦礫が一点に集まり、次の瞬間弾けた。
スローモーションのように私には色々なものが見えた。おじいちゃんが私と母たちを守るように結界を張り、呪術師たちも己を守る為に結界を張る。結界に当たる瓦礫。結界に幾つかの瓦礫が穴を開けて人間を傷つける。
みのる
頭の中に悟の声が聞こえた。
悲痛な叫びにも似た声。
そして私の中に熱が蓄積されるのを感じた時、私にも見えた。
私の周りにある球状の何かー
その何かに当たると瓦礫はドスンと落下した。私には何も当たらない。今なら悟の所まで行けるー
「悟」
私はどんどん悟に近づく。
「悟」
私が悟の目の前に立った時、ようやく悟の瞳が私を映したのが分かった。
「悟。遅くなってごめんね。寂しかったんだね」
私は悟を抱き締めた。
「でも、こんなことしちゃダメだよ。みんな悲しむよ」
悟は私にしがみついて泣いた。
術式は収まっていた。