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    いぬさんです。

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    いぬさんです。

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    38話目です。

    385月に私は初めてお給料を頂いた。
    家にいくら入れればいいのだろう??相場ってあるのかしらと不安になり、事務棟で聞いてみると「初めての仕事での初任給だし、どうしても渡したいなら2~3万だろう」という意見がほとんどだったので、生活費3万と車の分で3万。計6万をパパに渡す事にする。自分で就活していた時に調べていた企業の初任給より多くもらえるので、6万なら食材を買ったりその他の生活必需品を買っても貯金はできそうだ。

    夕食後に居間で寛いでいるパパに声をかけた。

    「初任給を頂きました。生活費と車の返済分です」

    と言って封筒を差し出すと、パパはポカーンとしてから泣き出した。

    「実……実はなんていいこなんだ……こんな……悟に聞かせてやりたい……あいつはあんなに給料もらってて一度も…………」

    「パパ?大丈夫???」

    「かわいい娘がこんなに立派になって……パパ嬉しくて涙が止まらないよ……」

    「いや、ごめんなさい。少しだけなんだけど…」

    「金額の問題じゃないんだよ……!」

    酔ってるのか……?(笑)

    「このお金は預かるけど、実のお金だから大事にとっておくからね」

    「使ってもらった方がありがたいんだけどなぁ……」

    「そんなわけにはいかないよ!」

    「パパ、分かったから落ち着いて」

    パパが泣き止むまで、隣に座って背中をトントンする羽目になった。「いい娘だ」と何度もパパが言うので、パパの娘ですから、と言ったら泣き止んで「だよね!」と言うので二人で笑った。



    「そういえば、姉妹校交流戦ってなんですか?」
    お昼休みに雫石さんに聞いてみた。

    「あぁ、毎年京都の高専とやってるんだけどね。両校の代表の学年が技術を競うのよ」

    「へぇ……そんなのがあるんですねー」

    私は悟が高専に通っている間、会って話すどろこ連絡すらとっていなかったのでそんなものがあるとは知らなかった。

    「五条さんは在学中一度も出てないのよ」

    「それはまたどうしてですか?」

    「規格外だから」


    私は呪術師という人たちをほとんど知らない。あの日、私が死にかけた日にパパと悟が祓っているのしか見たことがない。ので、悟が規格外と言われてもいまいちピンとこない。私の様子を見て雫石さんが「分からないなら分からない方がいいこともあるわ」と笑った。
    ただ、と雫石さんが教えてくれた事によると、呪術師には「級」があり、4級から特級まであるという。現在日本で認められている特級呪術師は2人。その一人が悟だという。以前はもう一人いたが、現在呪術界から追放されているそうだ。

    日本で2人。

    「それって凄いんですか?」

    「同じ人間じゃない気もするわね」

    にっこり笑う雫石さんだがやはりピンとこない。

    確かにあの日戦闘態勢に入った悟のギラギラした目を見て怖いと思ったが、悟はまだ小学生だった。まぁ、人の言葉を喋る呪霊は間違いなく怖かったが。

    「実さん、申し訳ないけどこの書類を学長に渡してきてもらえる?」

    いけない。午後の仕事は始まってるのにぼーっとしてた。

    「分かりました」

    場所は校舎の二階で職員室の隣。面接の時に一度行ったから大丈夫だろう。

    「あ、交流戦の練習してるかもしれないから気を付けてね」

    「分かりました」

    練習していると何が危険なんだろうか。
    まぁいい。まさか槍は降ってこないだろう。

    書類を持って事務棟を出た。事務棟から校舎まで、歩いて5分くらいか。そろそろ梅雨入りしそうな湿気だ。5分も歩いたら汗をかくかも。
    校舎が目前にきたその時_____

    「危ない!!!」

    と、数人の声がした。

    「私?!」

    と思う間もなく右の頬に熱を感じた。

    「?」

    「大丈夫ですか!!」

    声が近づいてくる。

    右の頬に違和感を感じて触るとぬるっとした。
    手のひらを見ると血が______

    「えぇっ?!血?!」

    「大丈夫ですか?!」

    確かこの人は2年生の担任の……名前忘れてしまった。

    「見せてください。あぁ、大変だ。結構深そうだな」

    「え?何があったんでしょうか」

    だんだん右の頬がじんじんしてきた。

    「武具の槍がかすったんです。目は大丈夫ですね」

    え?本当に槍が降ってきたって?下を見ると折れた槍の先が地面に突き刺さっている。

    「すいません!すいません!」

    女の子が涙目になって謝っている。

    「あ、多分大丈夫ですからそんな謝らないでください」

    「いや、すぐ医務室に行ってください。今日は反転術式が使える医術師が遊びに来てます。綺麗に治してくれる。山を降りて病院に行くには遠すぎる」

    確かに出血はひどそうだ。傷を自分で見ることはできないが、絶え間なく流れてくる血で汚れたブラウスで分かる。

    「分かりました。医務室に行って来ます」

    「おい!誰かつきそってくれ!」

    生徒さんたちは元気に返事をしている。

    「あ、一人で行けますので!」

    あまり生徒さんたちに心配はかけたくない。半ば逃げるように立ち去る。タオルハンカチを出して傷口に当てた。血が止まる気配はないし、ズクズクする。

    医務室は校舎一階の一番奥にある。
    「失礼します」と声をかけてから中に入った。

    「ケガしちゃった?」

    そう言って迎えてくれたのは大人しそうな女性だった。黒目が大きいかわいらしい女性だ。

    「今、ここの医術師でかけてて……。私は部外者だけど、私も医術師だから私でいい?」

    ノーとは言えない状況だし、さっきの先生が言っていたのは多分この人の事だろう。

    「すいません、よろしくお願いします」
    そう言ってタオルを外した。

    「……結構深いね。深いけど綺麗に切れてるからすぐ治せそうかな。ちょっと触るね」

    「あ」

    バチン!と凄い音がして彼女の右腕は肩から弾かれた。右肩をドンと勢いよく押された感じだ。

    「……今の……なに……?」

    「すいません!言うの間に合いませんでした!」

    「ん?この膜みたいなのに弾かれたの?」

    「えーと、そうなんです!すいません!呪力を弾いてしまうんです!」

    なんてアホだ。このままでは治してもらえないことが全く頭になかった。

    「うーん、困ったねぇ。その膜消せない?」

    「自力では消せなくてですね……」

    「自力で消せないって事は消しかたもあるって事?」

    「あ、はい、まぁあるんですけど……」

    「どうすればいい?」

    「あの……悟くんが消せるんです……」

    「ん、あぁ。五条の親戚ってあなたなの。」

    「はい……」

    「しかし五条は本当になんでもアリだな。自力で消せないものまで消しちゃうのか」
    ははっと笑うとタバコを取り出して火を付けた。

    「じゃあ五条呼んでくるからちょっと待ってて。タオルで傷口押さえててね」

    そう言うと彼女はタバコを咥えたまま医務室から出て行った。
    呼んでくる……。どこにいるのか分かってるのだろうか。

    ピンポンパンポーン

    校内放送のチャイムだ。

    「あーあー。これ聞こえてる?あ、そう。えーと、家入で~す。五条~医務室まで至急来てくださ~い」

    なんてユルい「至急」だ。思わず笑ってしまった。彼女は家入さんというのか。

    家入さんが戻って来た。
    「多分すぐ来るよ。痛いだろうけどもう少し我慢してね」
    家入さんは携帯灰皿に吸い殻を捨てた。

    「硝子ーなにー?」

    ガラッとドアを開けて悟が入ってくる。

    「実サン?え?なに?ケガ?!なんで?!しかも顔ってどういうこと?!」

    悟を落ち着かせて事情を話す。

    「そんなわけでこの膜を消してもらわないと彼女の治療ができない」

    「あー……なるほど……」
    悟が考えている。
    私もどうしたもんかと考える。

    「早くしろ。大きな傷ではないけど出血が続いてる」

    「硝子悪いけどさ、5分だけ昇降口あたりまでいってもらっていい?5分たったら戻って来ていいから」

    「はあ?私がいたら消せないの?」

    「まぁ、そんなとこ。この術は人に見せられないんだ」

    術……とな……?ダメだ。笑ってしまいそうだ。

    「分かった。5分ね」

    うさんくせぇって顔をしながら彼女は出ていった。悟は数秒間見えない彼女の姿を目で追っていた。

    「ん、ちゃんと昇降口まで行ってくれた」

    「分かるの?!」

    「分かる?見える?説明しにくいんだよな。とりあえずおいで」

    ベッドの目隠しカーテンを閉め、ベットに悟が座って、足の間に入れという。

    「いや、家入さんがいなくても誰かくるかもしれないし……」

    「ほんとだ。警戒してるからか二人きりなのにバリア消えない」

    「困った。今からでも病院に行こうかな」

    「いいからおいでって」

    腕を引っ張られて強引に座らされた。

    「うぇーん。無理!きっと消えないよ!」

    「ちょっと黙っとけ」

    後ろから抱き締められる。
    呼吸に合わせて悟の胸が動いている。

    「呼吸合わせて」

    ゆっくりゆっくり。吸って、吐いて。
    首筋に悟の息がかかる。
    一緒に寝る時はいつもこんな感じだ。
    唇が首筋に当てられる。
    首筋にキスをされるのが好きだが悟にそれを言った事はない。気付いているのだろうか。

    「終わった?」
    シャッとカーテンが開けられ、家入さんが仁王立ちしている。

    私はフリーズした。

    「もう5分たった?」
    悟が怪訝そうに聞く。

    「たったよ。お、ちゃんと消えたな」

    「硝子、2分でバリアが復活するから手早く頼む」

    「とりあえず彼女をお前から引き剥がしていいか?」

    「仕方ない」


    私は家入さんの方に押し出された。
    私はもう口が聞けなくなった。
    見られた見られた見られた見られた。
    しかもあんな恥ずかしいところを。

    「実。硝子は俺たちの事話しても大丈夫。絶対ばらさない」

    「そんなに信用していいのかぁ?」

    私を治療しながら家入さんが笑う。

    「硝子は誰にも喋らないよ」

    「そうか。じゃあそういうことにしておこう。はい、終わったよ。綺麗になった」

    いつの間にか痛みがなくなっていた。
    触れても血が出ていない。
    凄い。

    「あはは。本当に膜が復活した」
    またタバコに火をつけて家入さんが笑う。

    「ちょっと見せてみ」
    悟が顔に触ろうとする。

    「大丈夫だよ!」
    私は避ける。

    「なんでだよ!見せろよ!顔だぞ!本当に綺麗になったか見せろ!」

    「私を信用してんのかしてないのかどっちだ?」

    悟と触る、触らせないの攻防を繰り広げた。

    「おー。五条は触っても弾かれないんだな」

    「俺は特別なの!ほら見せろ!」

    「いいって言ってるのに!やめてよ!」

    「はいはい。そういうのは他所でやってくれる?」

    「……すいません」
    悟のばか。

    「ところで、えーと何さんだっけ?」

    「あ、五条実です。ご挨拶が遅くなりました!」

    「ああ、家入硝子です。よろしく。実さんは着替えある?」

    「ない、ですね」

    ブラウスが血まみれだ。

    「硝子はないの?」

    「在学中はあったけど今はない」

    「あー、じゃあ俺のなんか持ってくるわ。待ってて」

    悟が出て行った。

    「そうか。そういうことか」
    慣れた感じでタバコの煙を吐く。

    「五条がゲイでインポの理由は実さんか」

    「ド直球すぎません?!」

    「あはは。ごめんね」

    「あ、悟が前に言ってた同級生の女性ってもしかして家入さんですか?」

    「そ。ロクな話はしてうだけど」

    「いえいえ。高専楽しいって言ってましたよ」

    「うん……。そっか」

    「もう一人の男性はここにいるんですか?」

    「……。五条から聞いてないなら私からはあんまり言いたくないけど……。そいつは両親を含む非術師を100人以上殺して追放されたよ。詳しく知りたいなら五条に聞いて」


    言葉が出なかった。
    あの時悟が憔悴していたのにはそんな理由があったのか。

    「いえ、それだけ聞ければ……」

    「お待たせー」
    悟が戻って来た。

    「シャツしかなかった」

    「ありがと。とりあえず借りて行くね。学長に書類を届けないと」

    「一緒に行く」

    「悟も学長に用事?」

    「用事はない。あと事務棟まで送る。まだ生徒たち練習してるだろうから」

    「過保護っぷり半端ないな」
    くっくと家入さんが笑う。



    悟に付き添われて学長に書類を渡し、血まみれのブラウスについて話を聞かれ、無事で良かった、生徒たちには注意しておく、と言われた。
    私がケガをしたのは生徒にしてみれば不可抗力だから仕方ないとは思うが、学長が注意するといったらするのだろう。

    事務棟につくとまたブラウスが血まみれの事で大騒ぎになり、落ち着いてから着替えて来ますと更衣室に向かった。悟はずっと着いてきた。
    「ねぇ。ここ女子更衣室だから出てって?」

    「いいじゃんいたって。ここ鍵かかるし」

    「いやあのね?着替えたいの。脱ぎたいの。分かる??」

    「見てるから着替えていいよ?」

    呆れた。
    いっそ清々しいと言うべきか。

    私は悟に背中を向けてブラウスを脱いだ。半ばヤケクソだ。背中には悟の視線を感じる。悟のシャツを羽織った。
    「ぷっ……」
    笑わずにはいられない。
    大きすぎだ。
    ボタンを留めてみる。
    「ちょっとこれ大きすぎて笑えてくるんだけど!」
    振り向いて悟を見た。

    「悟?」

    大きく見開かれた瞳。
    もしかして驚いてる?何に?

    「……どしたの?悟?」

    「いや、これは良くない」

    「……なにが?」

    「エロい」

    「はぁーーーーーーーー???」

    「なにそれエロすぎでしょ……」

    悟が両手で顔を隠す。

    これは
    もしかして

    「悟……照れてる???なんで悟が照れるの??この場合照れるのは私じゃない???」

    「ばっ……違うから!エロいだけだから!!」

    「これはこれは悟くん、人生初の照れですか?」

    私はいつもの仕返しとばかりに悟に近づいた。

    「来んなばか!」

    「そんなこと言ってぇ……」

    私は両手で悟の首に腕を回して抱き寄せ、耳元で囁いた。

    「首筋にキスされるの好きよ……」

    そしてそのまま悟の首筋に唇を這わせた。

    「実!!」

    そういうとガバッと体を離されて悟は鍵を開けて逃げて行った。

    初、完全勝利。




    その後悟は一旦家に帰り、私のブラウスを持って高専に戻ってきた。

    「色々と危険だから」

    だそうだ。


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