異国の言葉じゃないですよ電話を終えて先生が座っていたソファの方へ戻ると、先生が怪訝そうな顔でこっちを見ていた。
「おい、今のはフランス語か?」
「は?」
「いや、お前今だれと話してた?」
「え?地元の友達です」
「地元の友達ってのは日本人じゃないのか?」
「え?」
どうにも話が嚙み合わない。
そう思っていたのは先生も同じだったらしく「お前が今話していた言葉が日本語に聞こえなかった」とのことだった。
元々、外国人の先生なので日本語じゃないと感じたけど、いったいそれがどこの国のこと言葉なのか分からなかったらしい。
「はあ、それでフランス語なんですね」
「一番近い気がして聞いていたが、意味がわからなかった」
「…盗み聞き?」
僕の電話が気になって聞いていたなんてちょっと可愛いな。
普段は先生の前で友達と電話したりはしないから、ちょっとしたヤキモチだったりしたら嬉しいなあ。
「あ~そうじゃない、どっちかというと純粋な興味だ」
ちぇ…分かってるけどちょっと残念。
先生は欧州出身で仕事も海外を行き来してるので、語学は堪能だ。英語は勿論、EU加盟国の言葉であればだいたいわかると言ってた。ボクも大学の授業で第二外国語は先生の母国語を選択したので、大変お世話になった。
なので純粋に初めて聞く言語に興味が沸いたらしい。
「へ~~…」
大抵のことは先生に敵わないボクにとって、ボクが分かって先生が分からないことがあるのがちょっとした優越感だ。
「じゃあこれ分かりますか?」
「…ん?」
「スキナヒトシカヘデケラ」
「はぁ?」
「ちなみにこれはボクが先生へ質問してます」
「全くわからんな…少しフランス語ぽいと思ったんだが」
「あ、それ言われることありますね」
「アジアの言葉か?」
「アジアと言えばアジアです」
「アジアの言葉は苦手なんだよな…ヒントないか?」
珍しくムキになってる先生が面白いのでもう少し堪能してやろう。
「この質問の答えは「先生」です」
増々、怪訝な顔になった先生に僕はとうとう噴き出してしまった。
一頻り笑い転げていると、先生が不機嫌そうに僕の頭を大きな手で鷲掴みにして髪を掻きまわすものだから、せっかく先生に会うために整えてきたセットがバラバラになってしまった。
「止めってって…アイアンクロー痛いって!」
「いい加減、答えを教えろ!」
笑い転げるボクに釣られてか先生も段々と楽しそうにしている。僕の頭を撫でながらそのまま抱きしめられてソファの上に連行された。後ろからボクを抱え込むようにしてソファへ座った先生を振り返ると不機嫌さは消えていた。
「いい加減、教えろよ」
「あ~地元の特融の言葉です、方言っていうやつなので一応日本語です。」
「はあ?あれで日本語なのか?まったく違う言語のようだったぞ」
「まあ、僕の出身地とくに方言強めなので、地元の友達なんかと話してるとつい移ってしまって」
「は~~、お前が知らない言葉を話してるもんだから驚いた」
「日本語だって言ってるじゃないですか、もう!」
それから、日本には方言がたくさんあるとか、僕の出身地の方言は聞き取りづらいとか話してると先生がふと思い出したように言った。
「そういやさっきの質問は何て言ってたんだ?」
「ああ、"好きな人しかへでけら"…意味はですね」
振り返って、先生の鼻先に自分の鼻先を擦り付ける。
『ボクの好きな人知ってる?』
目を合わせてそう言うと、一瞬の間をおいてのち先生の目が薄く細められた。
「だから応えは先生です」
今度は体を先生の正面に向けて笑って言う。
「ワ、ナバ、スギダ」
意味は、ボクあなたの事が大好きです。