ヅラ誕*銀時「紅桜」の大騒動からはや数週間が過ぎ、坂田銀時の怪我もだいぶ癒えてきた。甚大な被害を受け混乱していた攘夷党もだいぶ落ち着いてきたらしい、が、そこいらの話はもとより銀時には関係の無いことであった。
変わらない日常。銀時は今日も、ろくに仕事もせずにぶらぶらとパチンコに励む。
「あぁ、銀さん。お帰りなさい」
本日の戦いを終え自宅に帰ってきたところで、ちょうど入れ違いに出かけるらしい新八に出くわした。
「お~新八、俺また出かけっからよ。遅くなるぜ~」
手にはパチンコの景品が入った袋。どうやら荷物を置きに来ただけのつもりらしい。
「え、なんか用事ですか?今からケーキとか買ってくるんですけど…」
ケーキ。極貧の我が家ではそうそう出会えない単語に、銀時はわずかに揺らいだ。いやしかし、自分にはこれから大切な用事があるのだ。
「チョコとか、パフェとか…」
「なにそれ、なんの誘惑?そんなに俺を糖尿で殺したいの?」
とそこへ神楽が飛び込んできた。
「あー銀ちゃんんん何ボサッとしてるアルか、早く来るヨロシ!」
問答無用で銀時を強引に中へ連れ込んでしまう。
振り返りざま
「新八、まだ居たアルか。ったく使えねーなとっとと行ってこいヨ」
「だから今行くところだろーがお前はいつでも自分のペースかぁぁぁ」
*
神楽は銀時の手からパチンコの袋を奪うと中身を物色した。
「わぁ、酢昆布とんまい棒!……だけアルか?んだヨ~朝から入り浸ってた割りにはシケてんな~」
「酢昆布あるだけいいだろーが!」
いつもの調子のやり取り。しかし銀時は内心冷や汗をかいていた。
(あぶねーあぶねー、帰る前に別にしといてよかったな。)
先にふところに隠しておいたもの。こんな物を持っていると知られたら、どうされるかわかったものではない。
「じゃっ銀さん出かけてくるから。神楽ちゃんよい子でお留守番お願いね。」
「えぇーなんでヨ、そうはさせないネ!」
さっさと玄関へ向かおうとする銀時を、神楽がしがみついて止める。
「銀さん大事な用事があるの!明日は遊んであげるから!」
「馬鹿言ってんじゃねー今日じゃなきゃ意味がねーだろがヨ!ヅラ、お前も銀ちゃん止めるアル!」
「そうそうヅラぁ、ヅラ君がね……って、はぁ」
ふと視線をやると、銀時の親友…恋人?ツレ?いまいち一言では表現できないが、とにかく馴染みの男・桂小太郎がソファにちょこんと座っていた。
「ヅラァァァ」
「ヅラじゃない、桂だ。」
桂は全く落ち着いた様子でお茶をすすっている。
紅桜騒動の後、互いに怪我が重かったし桂は甚大な被害を受けた攘夷党のことで忙しかったしで、しばらく顔を合わせていなかった。
銀時の傷が回復に向かっているのと同様、桂の傷ももうだいぶ良さそうだ。しかしどうしても目を引くのは…人斬り似蔵と紅桜に斬られ、いまだかつて見たことがないほど短くなったその黒髪。いつもうざったいくらいさらりと頭から垂れているのが、今は肩にかかる程度になっている。まるで知らない人のようで、あの変態に奪われたと思うと悔しくて、銀時はなんとなくその髪型を好きになれなかった。
それでもしばらく見ない間に少し伸びたようだ。寂しいのか安心したのか、つい一瞬見とれてしまった。意識はその彼本人の声で呼び戻される。
「リーダー、無理強いはよくない。銀時がそこまで言うのならばよほど外せない大切な用事なのだろう。」
まるでこちらを向きもしないまま、他人のように答える。やめろやめろ、お前は誰だ。というかなんでお前はここに居るんだ。おい、こっちを見ろ馬鹿、わかってんだろ?わかっててそんなこと言うんだろお前。そーですね、こちらを見もしないのが自信の表れですね。悔しい、が、その通りだ。
(来てくれてありがとよ、探す手間が省けたぜ!)
「嫌ヨ!銀ちゃんいないと私からのプレゼントも成り立たないアル!」
銀時と桂の心の中を神楽がわかる筈もなく、ありがたくも諦めず熱烈に誘ってくれるので折れさせてもらうことにした。
「……仕方ねぇなぁ」
「銀ちゃん!行かないでくれるアルか」
銀時は頭をぼりぼりとかいた。
「ま、せっかくお客様も来てくれてることだし?なんか知んないけど新八がケーキ買ってくるっていうし?」
観念してソファに座った銀時を見て、神楽はキャホーィと喜んだ。
「銀ちゃん銀ちゃん、今日は何の日だかわかってるアルか?」
神楽が銀時の周りをチョロチョロとまとわりつきながら訊く。
「あ?今日?今日は6月…26だっけか?」
まるでこの日付を意識していないかのように、白々しく言う。桂はやはり素知らぬ顔で茶を飲んでいる。
(……コイツ腹立つ!)
わかってる。わかっているのだ。そしてわかっているということを相手もわかっている。
それでこんな演技をしている銀時はまるでピエロだ。
「6月26日!さ、何の日アルか」
「バカヤロー、六月は唯一祝日が無ぇ月なんだよ。喜んでんのは千葉と栃木の人間だけだ!」
その回答に神楽はぷくーっと頬を膨らませた。
「県民の日なんかどうでもいいネ!遊園地も安くなるけど混むから行けないネ!」
「そもそもお前は県民でもねーだろーがよ。どちらにせよウチにそんな金は無ぇ!」
話がどんどんズレていっている。たまらなくなって神楽は手を出した。
「銀ちゃんの馬鹿!今日はヅラの誕生日アル」
バチーン
「ぶほぁ」
夜兎の怪力が繰りだした一撃に吹っ飛んだ銀時はよろよろとソファに戻りながらそれでも白々しく続けた。
「あぁ、そうだったっけ。よかったなぁヅラ、また一つオッさんになったぞ。」
「オッさんじゃない、桂だ。…大事な用事とやらはいいのか?」
「うっせーよ。ケーキ食いに行くつもりだったんだけど、ここでもたいして変わらねえから居てやる。」
「それはありがたい。新八君が貴様の好物を買い込んできてくれるそうなので心して食うがいい。」
「なんか変じゃね?なんかどっかおかしくねぇ?」
なんだかよくわからないが子供たちと桂の間で何か話があったらしい。桂の生誕祝いに万事屋で子供たちが銀時の好物を用意するという奇妙な構図だが、とりあえず甘味がわんさか食えそうだし、照れくさいが堂々と祝いを掲げられる口実ができたのでもうなんでもいーと思った。
程なくして新八が買い物から戻り、万事屋一同による桂小太郎のお誕生日会が始まった。
「ヤベーこのチョコとろけそうだよ!」
最初こそぐだぐだぬかしていた銀時だが、いざ食事を始めたら本気で余計なことは全て忘れ去った。普段は身体と財布に遠慮して(あれでも一応)控え目にしている糖分。今日は祝いにかこつけてチョコもパフェもあんみつも思う存分食えるのだ。
「てか新八、これ相当したろ、お前そんな金持ってたのか?」
スプーンを咥えたままそう言う銀時に、新八と神楽はビクッと肩を震わせた。
(バカ新八、もっと自然に振る舞うネ。銀ちゃんのヘソクリくすねたなんてバレたら大変ヨ)
(神楽ちゃんこそ!っていうかこんな風に内緒話してたらますます怪しいでしょうが!)
壁際で頭を付き合わせていた二人がクルッと向き直った。
「誤解ヨ!私達ヘソクリなんか」
「わー!わー」
お前は馬鹿かぁぁぁと新八が激しく突っ込むのを、銀時は頭の上に「?」マークを浮かべながら見ていた。
「まぁいいではないか、主役の前で費用の話など無粋だぞ。」
いつもの淡々とした調子でそう言う桂の声で、そちらに意識を移した。
「銀時、クリームついてる。右の頬」
指摘されて銀時は自分の右頬を探る。
「違うそっちじゃない、右…だからお前からしたら左だ」
「テメー紛らわしい教え方するんじゃねぇ!」
「取れてない。全く貴様はいくつになってもだらしない…」
よいしょと向かいのソファから腰を上げた桂は銀時の左隣りに移動すると、その白い指先でそっと顔に付いた生クリームを拭った。
「ほれ」
それを見せてやると、銀時は桂の手首を掴み、差し出されたその指をしゃぶって生クリームを回収した。
「…甘」
(なにやってんだあの馬鹿はぁぁぁ)
何のためらいも抵抗も無く行われるそれに、存在を消されたかのような子供達が遠巻きにおののいた。
(僕らは野菜か!道端の石ころか!)
(でも見るアル新八)
その桂の表情は、少し目を細め、どうしようもなく愛しいものを見る雰囲気をまとっていた。
(私達のプレゼント、成功みたいヨ)
そのまま子供達は銀時の向かいのソファに座り、自分達も食事を始めた。桂が元の席に戻れないように。
「ヅラぁ、お前このパフェ食わねーの?」
自分の分はすっかり空にしてしまった銀時が、あまり手をつけられていない桂の皿に目をつけた。
「あぁ…俺はお前と違って、糖分を過剰摂取して平気でいられるほど異常じゃない。」
「…なんかすげームカつくんですけどその言い方。」
銀時が拗ねたような顔をすると、桂は微笑して自分のパフェを銀時に差し出した。
「せっかくのリーダー達の心遣いを残してしまっては申し訳ない。よければ食べてくれ」
待ってました、そうこなくちゃといわんばかりにニヤリとする銀時。ヅラ君がそう言うなら遠慮無く、と、手を伸ばした。
気付けば他の食事は全て空になり、残るはそのパフェだけだった。しかしそれもすぐに、銀時の胃袋に綺麗に収まる。
「ヅ 「リーダー、新八君、銀時も、今日は本当にありがとう。とても楽しかった。」
パフェをたいらげた銀時が口を開こうとした瞬間、それよりも刹那早く桂が口を開いた。
この食事会の礼を述べると、すっと立ち上がる。
「ちょっと、ヅラぁどこ行くネ」
「今日はこれでおいとまする。」
「そんなぁ、もっとゆっくりしてってくださいよ桂さん!」
「すまない。今日の礼はいずれさせていただこう。」
迷いなく真っ直ぐな姿勢で、軽く頭を下げるとさっさと玄関に向かってしまった。
顔を上げた桂は確かに銀時と目を合わせた。少し微笑っていたかもしれない。
ドキン、と心臓が動き、まだ自分のふところに入ったままになっているものの重量を感じた。
(逃がす、かよ!)
ガタンと銀時は立ち上がった。
「銀ちゃん?」
「ちょっと銀さんどこ行くんですか、片付け手伝ってくださいよ」
「悪ィな、ゆったろ?今日は大切な用事があるんだよ!」
*
「ヅラ」
万事屋から少し離れた往来で、銀時はようやく桂に追いついた。
「ヅラじゃない、桂だ。どうした銀時。俺の顔に生クリームでもついているか?」
「違ぇーよっつーかお前それすごい卑猥な図だから。よい子には見せられないカンジを想像しちゃうから。」
呼吸を整えながら、銀時はふところに忍ばせておいたものを取り出す。
それは、何のラッピングもされてない、箱。
「あ~あ~、神楽が暴れたから凹んじまったじゃねーか。」
銀時はそれを桂に差し出した。
「ガキ共がメシ用意したってのに俺から何も無いのもアレだし、あー、なんだ、その、誕生日プレゼント…みたいな。」
照れ隠しのためぶっきらぼうに言う。桂は、目を丸くしていた。
「パチンコの景品だよ!大したもんじゃねーかんな、そんな顔すんな!」
「…開けていいか?」
「好きにしろよ。」
歪んでボロボロの箱を、それでも大切そうに丁寧に開封すると、中に入っていたのは 財布だった。
「オバQに見せてもらったけどよ、あれじゃもう使えねーだろ?だから、新しいの。」
あれ・というのは、桂が似蔵に斬られた際になくした財布だった。エリザベスが発見してくれたが、血に塗れ、雨にさらされ、とても使用に耐えうるものではなくなっていた。
「銀時…」
あんまり真っ直ぐこちらを見るので、目を合わせていられなかった。眩しい。
桂は財布に詰められていたものを取り出し、その感触、持ち心地、開け閉めの具合を確かめる。そして箱の中に、なにか商品の説明が書いてあるタグを見つけた。
「…パチンコの景品?」
「そーだよ。選ぶ余地なんて無かったんだから、気に入んねーとか文句言うんじゃねーぞ。」
桂がくすくすと笑った。
「貴様、大勝だったのではないか。」
タグには、超高級ブランドの名前が書いてあった。
銀時はカッと赤くなった。
「ありがとう、とても気に入った。」
ああ、眩しい。その笑顔が。その白い肌、さらされた首筋が。見ていられなくて、抱擁した。
「……櫛にしようと思ったんだよ。」
「は?」
「なんかすげー綺麗な櫛と髪飾りのセットがあって、女物だから怒んだろーなと思ったけど絶対似合うからそれにするつもりだったんだよ。」
小さく早口で言う。密着しているので息の音まで聞こえてくすぐったい。
「それがオメー、斬られたりなんかしやがるから台無しじゃねーか」
そう言って手で髪を梳く。長さのない髪はあっという間に指から落ちてしまう。
「…すまん」
何度も何度も髪を撫でられるのを、桂は目をつぶって受け入れた。
「そっちの方が安かったのによ。ハードル上げやがって、バカヤロー」
「すまん。」
「だから大切にしろよ。」
そしてようやく体を放す。
「落とすなよ?」
「あぁ。」
「汚すなよ?」
「あぁ。」
「斬られんなよ?」
「あぁ。」
「よし。」
誕生日、おめでとう。
誰にも見られないように、そっと口付けた。
「というわけで今から銀さんの甘くない生クリームもプレゼントしたいんだけど?」
銀時がいやらしい笑みを浮かべる。桂も当然予想していたようで、驚くよりは呆れたような、それでも期待していたような顔をした。まだ銀時の体温が残る 真新しい財布をふところにしまい、いくつもある隠れ家の中から、明日まで仲間にも見つからない場所はどこだろうと思案しながら歩き出す。
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桂さんお誕生日おめでとうございますぅぅ
銀桂でようやくらぶらぶしたのが書けました…よかったよかった。
漫画にした 子供達からのヅラ誕とつながってるっぽいですが、こちらは紅桜後でまだ短髪という設定です。サンライズのサイトの「あらすじ」によると、あの血染めの所持品は財布だったらしいです。というわけでこんなお話に。
パチンコに縁が無いんでどんな景品があるのかまったくわからないんですが。
2007/7/5