ミラーリング #2(カルデア編) 扉を開ければ、パチパチと炉ばたで燃える温かい火。
焼いたパンと、山羊の乳の匂い。
刺繍の手を止めて、彼女が顔を上げる。
一歩を踏み出せない自分を見つけて、その美しい目が細められる。
椅子から立ち上がり、白くて細い手を差し出しながら彼女は微笑む。
──おかえりなさい、猛犬さん。
***
「どおいうことぉぉぉっっっ!?!?!?」
マスターがすっとんきょうな声を上げた。隣ではマシュが「先輩、落ち着いてください!」と必死になだめている。
マスターたちの前では、召喚されたばかりのランサークラスのクー・フーリンが、戸惑ったように立ち尽くしていた。
かの英雄の象徴ともいうべき赤い槍を両手でぎゅっと握りしめ、不安そうな顔であたりを見回している。
「いやー、こいつはたまげたねえ」
キャスターがあごをさすりながらぼやいた。マスターは慌ててキャスターの腕を引っ張る。
「ちょちょちょ、ちょっと、キャスニキ! キャスニキたちって女だったの!?」
「おうおう落ち着けやマスター。オレァ生まれてから死ぬまで女だったことは一度もねーぞ」
「オレもだなぁ。ちゃんとタマ付いてるし」
プロトの言葉にマシュが顔を赤くする。
「 …………」
黙ったままのオルタをマスターがちらりと見やった。
「……おまえは俺が女に見えんのか」
「イイエー」
「なあ、おまえ、本当にランサークラスのオレなのか!?」
プロトが無邪気な声を上げて、ランサーに駆け寄った。
その勢いに仰け反りながら、ランサーは「お、おう」とうなずく。
「ふむ……」とキャスターもランサーに歩み寄った。
「その髪型、その霊装、それにその槍。確かにランサークラスで召喚されたオレらしい、が……」
ランサーの周りをぐるぐると周り、じろじろと眺める。
「な、なんだよ」
遠慮のないキャスターの視線に、ランサーは居心地悪そうに槍を握り直した。
「ふむ」
「ぎゃっ!?」
おもむろにキャスターがランサーの尻に触った。
「おー! こりゃまたいいケツだな」
キャスターが感心したように言う。
「さっすがオレだぜ。女になってもいい体してグホァッ!?」
ランサーの拳が胴に叩き込まれ、キャスターは床に沈んだ。
「今のはサイテーだよキャスニキ」
「セクハラはダメです!」
「フ、いいパンチ……持ってるじゃねえか……」
ピクピクと震えるキャスターをマスターとマシュが冷たい目で見下ろした。プロトが伸びた年上の自分をつんつんと突っついている。
怒りで顔を紅潮させ、勢いよくランサーは振り返った。
「おい、マスター! これは一体どういうこ……と……」
オルタの陰に隠れるように立っていたスカサハを見て、ランサーの目が大きく見開かれた。その顔にみるみる喜色が浮かぶ。
「師匠!」
高い声をあげ、ランサーがスカサハに飛びついた。
「!?」
普段は表情の乏しい女王の顔が驚愕に染まる。召喚室の面々は絶句した。オルタは尾を逆立て、復活しかけていたキャスターは「げえっ」と叫んだ。
「まさか師匠までが召喚されてるなんてよぉ! 信じらんねえ!」
喜びにあふれた声で、ランサーはスカサハに抱きついた。子どもが母親に甘えるように、胸元に頬をすり寄せている。
「あのスカサハさんが……石になっています……」
マシュが呆然とつぶやいた。
「あ、マスター」
ランサーがくるりと振り返った。スカサハはそのままフラリとよろめき、プロトが慌ててその背を支える。
「全然状況が掴めねーんだけどよ、これってどういうことなんだ?」
その声は、間違いなく女性の声だった。
「あ、ええと、ね」
「……何なんだ、てめえは」
「あ?」
低いオルタの声に、ランサーが眉をひそめる。
「おい、オルタ」
ようやく起き上がったキャスターが肩に手をかけるが、オルタはそれを振り払った。キャスターはため息をつく。
オルタの剣呑な態度は自分たちは慣れたものだが、目の前の“彼女”にとっては気に障るに違いない。
案の定、いきなり敵意を向けられたと取ったらしいランサーは、オルタを睨みつけた。
「てめえこそなんだ。おお、こりゃあずいぶんと洒落た格好してんじゃねえか、色男さん」
「てめえ、本当にアルスターの戦士なのか?」
「……なんだと?」
ビシリ、と二騎の間に緊張が走る。ランサーの目に激しい怒りが燃えあがり、その表情にマスターとマシュが身をすくませた。
キャスターがやめろ、と間に入ろうとしたとき──。
「あーっ! クーちゃんはっけーん!」
甲高い声とともに、ピンク色の疾風が飛び込んできた。
オルタの背中に飛びつきかけたのを、オルタが片手で押さえ込んでいる。
「あいたたた! ちょっともう! もう少し丁寧に扱ってよー!」
「うるせえ。取り込み中だ」
「ハッハッハ! 何度スルーされてもこりないなメイヴは!」
メイヴの後について部屋に入ってきたフェルグスが豪快に笑う。
「うるさいわよフェルグス! なによう、クーちゃんってば本当につれないんだから……あっ、マスター! よかったあ、探してたのよ! 魔力パスが揺らいだからびっくりしちゃって!」
メイヴの表情がパッと明るくなった。オルタが手を離すと、マスターに駆け寄る。
「メ、メイヴちゃん……」
「無事でよかったわ! でもクーちゃんたちまでそろって、いったい何が──」
そこで、メイヴはようやくランサーに気づいた。
口をぽかんと開け、その顔を見つめる。フェルグスも「何っ!?」と叫んだまま固まってしまう。
「叔父貴……? メイヴ……?」
ランサーも、信じられないといった表情でメイヴたちを見ている。
メイヴは無言のまま、オルタたちのほうを振り返った。そして再び、ランサーを見る。そしてまた、オルタたちを。
「……クーちゃん、妹いたの?」
ランサーはついにキレた。
「オレは! 偉大なる太陽神ルーとデヒテラの子! ドルイド僧カトバドの孫! クランの猛犬! アルスター1の戦士! クー・フーリンだ!!」
「ふむ、クー・フーリンの過去といってもなぁ……」
フェルグスが腕を組んでうなった。
召喚室で暴れ出したランサーを皆で必死に食い止め、なだめすかしながら、なんとか食堂まで連れてきた。
同じケルトの英霊たちに取り囲まれ、ランサーは苦虫を噛み潰したような顔で座っている。
「俺は確かにこいつを親代わりになって育てた。しかし、赤ん坊のこいつは間違いなく男だったし、いろいろと手ほどきしてやったのも確かだぞ」
「今はそういうのはいいぞ叔父貴」
爽やかに親指を立てたフェルグスをキャスターがさらりと流す。
「私の知ってるクーちゃんも男よ。そもそも、クーちゃんは唯一私になびかなかった男なのよ! あの屈辱! 忘れるわけないわ!」
力説を始めた女王をプロトが「おばさんうっさい」と一蹴する。
「誰がおばさんよォォ!」
「あんただよ! オレより年上だろおばさん!」
「キーッ! 殺すわ! 年下のクーちゃんだからって許さないわ!」
互いの髪を掴み合いながら低レベルな争いを始めた二騎を無視し、オルタが淡々と言った。
「クー・フーリンが女の世界線があるってことか」
「そうみたいだね。彼──いや、彼女の様子から言っても、魔術で性別を変えたってわけじゃなさそうだし」
ダ・ヴィンチがうなずく。管制室から駆けつけた彼女は、ランサーを見るなり目を輝かせた。その白い手を握り、ブンブン振り回しながら「君も理想の美に到達したのかい!? ぜひ絵を描かせてくれたまえ!」と騒ぎ立て、ランサーは目を白黒させていた。
「じゃあ、やっぱり彼女は、ある意味違う世界のアニキたちなんだね」
マスターの言葉に、オルタはキャスターを見た。
「おいキャス、おまえが言ってた妙な感じっていうのは」
「そうだな。今朝方に違和感……というか、霊基の震えみたいなものを感じたんだが、予兆だったのかもしれん。何らかの理由による世界の交差で、同じクー・フーリンの側面であるオレたちに影響が出たのかもな」
「まあ、異変も観測されていないし、彼女の召喚にも特に問題はないだろうさ」
ダ・ヴィンチが言った。
「それに、似たような前例だってないわけじゃないだろう?」
「まあ、確かに」
マスターがうなずく。
「マスター! こちらでしたか。ただいまレイシフトから戻りました」
凛とした声が食堂に響く。振り向けば、大きな木箱を抱えたアルトリアとベディヴィエールが入ってくるところだった。
「あっ、おかえり!」
マスターがパタパタと駆け寄った。
「今日も大量ですよ、マスター」
アルトリアが箱を開ければ、むわっと濃厚な血のにおいが漂う。箱の中には、いまだに血をしたたらせる肉塊が大量に詰まっていた。
「うわーお……これ何? またワイバーンの肉?」
「魔猪の肉ですよ。王たちの見事な狩りによって、大量に獲れたんです」
ベディヴィエールが誇らしげに言った。
「残りはアーチャーたちが運んできます。これで、しばらくは食料の心配はいりませんよ!」
「ほんと助かる〜! いつもありがとね」
「なんの、食料調達は大事な仕事ですから! ……おや?」
アルトリアが部屋のサーヴァントたちに気づいた。
「まだ食事の時間でもないのにこんなに大勢が集まって。何かあったのですか、マスター?」
「いや、それが……」
「セイバー! おまえセイバーだよな!?」
マスターが言い終える間もなく、ランサーがアルトリアに飛びついた。
「おまえも召喚されてたんだな! うわ、まじでびっくりしたぜ!」
「ラ、ラン……サー?」
「そうそう! オレだよオレ!」
ランサーはにこにこと笑い、嬉しそうにアルトリアの両手を握る。
「あなた……本当にランサーなのですか?」
「そうだよ! 自分の目が信じらんねえか? 無理もねえ、オレもおまえを見てほんとびっくりしたんだからよ!」
「いえ、あの、そうではなく」
アルトリアが助けを求めるようにマスターを見た。マスターは困った表情を浮かべている。視線を戻せば、そこには満面の笑みを浮かべる、青い髪のサーヴァント。
「あの、ランサー」
「うん?」
無邪気に見つめてくる赤い瞳には覚えがある。しかし、その目線の高さは、どうにも自分の知る記録とは異なった。
「私が知っているあなたは、その──男性だったのですが」
「え……」
「マスター、いるかね? 今回の食材についてなのだが」
タイミングが重なれば重なるものだ。ベディヴィエールの陰から、赤い外套を身にまとった男が現れた。
「保存場所に関して相談が──」
「アーチャー?」
アルトリアの手をぱたりと離し、ランサーがつぶやいた。食堂に入ってきたエミヤは言いかけた言葉を飲み込み、呆気にとられた顔をした。
「おまえ、アーチャーだよな?」
「ランサー、か……?」
エミヤは、自分よりずっと身長が低いサーヴァントを見下ろした。
なめらかで、きめの細かい白い肌。まろみをおびた、しなやかな体つき。青く透き通るような長い髪。花のように色づいた唇。凛と光る、ルビーのような双眸。そして、やや小ぶりながら美しい曲線美を描く、ふくらんだ胸。
「おう! さっき召喚されたんだ! よかった、おまえはオレのことわかっ」
エミヤはハ、と乾いた笑い声を漏らした。
「マスター」
エミヤはランサーを無視し、マスターのほうを向いた。
「これはタチの悪いいたずらか? 彼のこのおかしな姿はなんだ? まったく、ハメを外すのは悪いことではないとはいえ、召喚早々、これはいくらなんでも悪ふざけが過ぎているぞ」
キャスターとプロトが同時にため息をついた。オルタがチッと舌打ちをする。
「ううっ、エミヤ〜……」
マスターの情けない声が虚ろに響いた。マシュはおろおろとし、ダ・ヴィンチはやれやれと首を振っている。
言葉を遮られたランサーは、とうとううつむいてしまった。そのままアルトリアとエミヤに背を向け、元の椅子に力なく座る。
「あなたの間の悪さには、いつも驚かされます」
アルトリアのつぶやきに、エミヤはぽかんとした顔をした。そのままエミヤを無視し、アルトリアはマスターたちに向き直った。
「なんとなく状況はわかりました。では、彼、いえ、彼女が新しい仲間ということですね?」
「あ、うん。そうなるね」
「承知しました。円卓の騎士たちにも失礼がないよう、伝えておきましょう。それで、これからどうするおつもりですか?」
「えーっと、それが」
「やるべきことなど一つよ」
「あっ、スカサハさんが復活しました!」
ずっとプロトに支えられていた影の女王はゆらりと立ち上がり、カツカツと足音を響かせながら面々の前に進み出た。
「カルデアに召喚された以上、我々はマスターの元で人理のために戦う戦士。となれば、その強さを測るのは必定」
びし、とスカサハが指を立てた。
「手合わせよ!」
「いいねえ!」とプロトが叫んだ。キャスターも面白そうにうなずく。オルタは黙ったままだ。ランサーはきょとんとした顔で瞬きをした。
スカサハは腕を組み、鷹揚にランサーを見下ろした。
「おまえの実力、見せてもらおう。槍のセタンタよ」
沈んでいたランサーの目が輝く。勢いよく立ち上がり、拳で胸をどんと叩いた。
「望むところだぜ!」
マスターたち一行はシュミレーター室に移動した。
ダ・ヴィンチが電源を入れると、すぐにVRシステムが展開され、戦闘用空間が構築される。
召喚されたばかりのランサーは、もの珍しそうに周りを眺めていた。
「どれ、槍のセタンタよ」
先頭を歩いていたスカサハがくるりと振り返り、その両手に槍を出現させた。
「力試しといえども、手は抜かん。このスカサハをがっかりさせてくれるなよ」
「ははっ、そっちこそ腰抜かすんじゃないぜ、師匠!」
ランサーも槍を握り直す。マスターたちは後ろに下がり、念のためキャスターがルーン文字を刻んで結界を張った。
互いに槍を構えて二騎が睨みあう。闘気が空間に充満し、緊張が高まっていく。
ランサーがじり、と右足を動かした。
「シッ!」
スカサハが勢いよく斬り込む。ランサーが素早く身を翻して槍を弾いた。キィン、という金属音が響く。スカサハはすぐに第二撃を繰り出す。
ランサーは己の槍を回転させてそれをも弾くと、勢いよく切り上げた。
赤く燃える穂先が光る。スカサハはさっとかわし、地面を蹴って再度ランサーに襲いかかった。
ランサーは飛び退き、太刀打ちで刃を受ける。ギリギリと二騎の攻防がせめぎ合う。
「ハッ!」
ランサーがスカサハの槍を払い、その胴に蹴りを叩き込んだ。
「オラァ!」
足元がぐらつくその一瞬に槍を斬り下ろす。
だが、それより速くスカサハが石突でランサーの腹を打った。勢いよくランサーが地面に転がる。
すぐさま、鋭い二本の牙がランサーの細首を狙う。
「チッ」
ランサーは素早く指を振った。空中に光る文字が躍る。
「あれは──」
キャスターが声を漏らす。
スカサハの二槍がとどめと振り下ろされたとき、閃光とともに爆発が起こった。激しい風圧がマスターたちにも襲いかかる。
「うわっ!」
「キャアッ」
吹き飛ばされそうになったマスターとマシュをオルタが抑える。
爆風が収まり、目をこらすと、立ち上がったランサーとスカサハが対峙していた。
「ほう。大口を叩くだけの腕はあるとみえるな」
スカサハがうっすらと笑みを浮かべた。
「おかげさまでなぁ。これでも、いくつも修羅場をくぐってきたんでね」
ランサーもにやりと歯を見せて笑う。師弟は槍を構え直した。立ちのぼるような冷気があたりを包む。
二騎の戦いはさながら雷光のぶつかり合いだった。激しい金属音が響き渡り、魔力の残滓が飛び散る。
スカサハが突けばランサーが払い、ランサーが斬り込めばスカサハがかわした。それはまるで、ひとつの舞踏のようだった。
「すごい……」
マシュの口から感嘆の声が漏れる。
ガキン、と鋭い音を立て、ランサーの槍をスカサハが抑えた。そのまま勢いよく槍を振れば、ランサーが後ろに飛び退く。
そこで、スカサハが魔力放出を抑えた。そのまま両手の槍を下ろす。
「ここまでだ」
師の言葉に、ランサーも構えていた槍を下ろした。室内の緊張が一気にとける。
「……驚いたわ」
メイヴがつぶやいた。
「あの槍さばき、間違いなく私が知ってるクーちゃんと同じだったわ」
「女の体でも、やはりあいつはクー・フーリンということか」
フェルグスは感心したようにうなった。
「ううむ、あいつが甥でなければ……いや、この場合は姪になるのか? それなら……」
「フェルグス、うるさいわよ」
槍を消したスカサハはランサーに歩み寄った。
「見事なものだったぞ、槍のセタンタ。おまえのその実力なら、マスターにとっても大きな力になろう」
「師匠……!」
ランサーがパアッと花のような笑顔を浮かべた。
きらきらと輝くそれにスカサハは「ウッ」とうめき、マスターも「がわいいッ」と胸を押さえた。
「あれ、師匠、どうした? 鼻なんか押さえて……」
「なんでもない。それより、槍のセタンタ。おまえは他のセタンタに比べ、戦術に柔軟性があるようだな。槍の攻撃と同時にルーン魔術も発動していただろう」
「あ? ああ……」
「他のセタンタは、キャスタークラスのあやつを除いては、ルーン魔術を戦闘に用いる奴がいなくてな。せっかく教えたというのに」
「えー、だってめんどくせーんだもん」
プロトがしゃあしゃあと言い放った。「セタンタァ!」とスカサハが一喝する横で、己の肉体強化にしかルーン魔術を使っていないオルタも、なんとなく視線をそらしている。
「だって、師匠から教わったんだから。ちゃんと使いたくて」
ランサーがぽっと頰を染め、えへへとはにかんだ。
はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ?????
なにこの弟子かわいい!!!!!!!!!!
「きゃーっ! スカサハさん!」
「うわっ、師匠—!」
純真無垢な少女のような笑顔に、スカサハはついに撃沈した。同時になぜかマスターも鼻血を吹いて倒れ、マシュが再び悲鳴をあげた。
「我が人生に一片の悔いなし……」
「ちょっと師匠—! しっかりしてくれよ! つうかアンタ死なねーから!」
プロトがスカサハの背中をバシバシ叩く。
「あの師匠が……やっぱりあのオレは只者じゃねえ……」
真剣な顔でつぶやくキャスターに、「くだらねえ」とオルタがそっぽを向いた。
「はあ、マシュ見てよあのランサーめっちゃおろおろしてる……めっちゃかわいい……」
「先輩もしっかりしてください! ランサーさんも困ってますから!」
騒ぎの渦中であるランサーは槍を握ったままうろたえていたが、ようやくプロトの手を借りてむくりと起き上がったスカサハを見て安堵の表情を浮かべた。
「あれ、師匠、鼻血……」
「さて、槍のセタンタよ。おまえの実力は見せてもらった」
「え、切り替え早っ」
「どうだ、他の者とも手合わせをしてみる気はないか」
「えっ、いいのか!?」
ランサーが嬉しそうな声を上げた。師に己の戦う姿を見てもらえるのが相当嬉しいらしい。
「あっ、じゃあ次はオレ! オレやりたいー!」
プロトが両手を上げてぴょんぴょんと跳ねた。スカサハとランサーの戦いを食い入るように眺めていた彼は、ランサーと打ち合いたくてうずうずしていた。
無邪気な教え子にスカサハは微笑んだが、しかし手で彼を押しとどめた。
「若きセタンタ、おまえはまた今度だ」
「え、なんでだよ! オレも戦いたいのに!」
「おまえは私と同じランサークラスだからな。相性が異なる者同士の戦いぶりを確かめたい」
「え? ってことは……」
マスターの目が動く。ランサーはその視線を追い、その先にとらえた姿にぐっと唇を引き結んだ。
彼方に向けられていた赤い瞳が、ゆっくりとこちらを向く。
「バーサーカーのセタンタよ。おまえがやれ」