誘う男 「……お前、なにしてんの」
風呂から上がると、オレのベッドに腰掛けている村雨がいた。オレが貸したパジャマを着ていたが、下は履いていない……と思う。流石にパンツは履いてると思いたいが、チラッと見えた感じ履いてない気がする。
オレの視線に気付いたのか、脚を少し広げてきやがるから反射で手に持っていたタオルをぶん投げた。思いの外勢いのついたタオルは村雨の顔面に真っ直ぐ飛んでいった。
「……おい、何をする。死にたいのか」
「わ、悪い、つい」
ずるりと落ちたタオルからは瞳孔を開きながらこちらを睨む顔が見えて、考えるより先に謝罪が口から滑り出た。
俺の謝罪にひとまずは機嫌が直ったのだろうが、村雨はそれ以上何も言わずにすらりとした白い脚を組んだ。元々あまり外に出ないのだろう、村雨の身体は日に焼けるなんてものとは無縁なようで、体毛が薄いのもそれを顕著にしていた。いっそ不健康なほど白い生脚は、オレにとっては目の毒だ。タチが悪いのは、この男はそれを知りながらこうしているということだ。
オレたちは恋人同士であったが、未だ一線を越えていない。それは、オレの心の準備ができていないからだ。
心の準備ができていない理由?
普通に緊張してんだよ、素人童貞舐めんな。
村雨は正真正銘、オレにとって人生初めての恋人だった。
村雨の身体には正直興奮する。今だって、サイズが合っていないトレーナーから覗く鎖骨とか、今にも見えそうな組まれた脚とかに、思春期のガキかよと自分で呆れるくらいには意識が持っていかれている。
けれど、今この興奮のまま行動したらきっと情けないところを見せてしまう。それは、仮にも好きな奴の前で格好がつかない。……ただでさえ、格好がついていないのに。
だから村雨に釘付けになっている目を無理やり逸らして、投げ捨てられたズボンを差し出す。
「……下履けよ。風邪ひくぞ」
受け取った村雨だが、そのズボンを再び放り投げた。
「あなたが温めればいいのでは?」
「……オレは体温低いから」
苦しい言い訳で一歩下がろうとしたオレの手を掴んで、細い指が絡みついた。
「私に比べれば、良質な筋肉で形成されているあなたの体温の方がよほど高いから安心しろ」
「あー……っ、うぉ!」
次の言い訳を口にする前に、そのまま手を引かれてベッドに倒れ込む。村雨を潰さないように反対の手を着くと、いつの間にか離れていた手が首に巻き付いた。
顔を寄せられて、顔が近付く。
薄い唇が、小さく開いた。
「いい加減、覚悟を決めたか?」
まだできてない。
そう言うはずだったのに、気付いたらオレは「できた」と口走り、その薄い唇に噛みついていた。そこから先は無我夢中だったが、顔を離した時、村雨の唇が綺麗な弧を描いていたのを覚えている。それだけは、覚えていた。