菜園マックスが調度品や家具なんかにこだわりを持って生きていることは部屋を見ればわかるのだが、料理なんかも結構凝ったものを作ったりするのは知っている。
ジャンクショップの喫茶コーナーでアイスティーを手渡しながら
「ボラー、体というのは食べたものでできているんだ」っていう。
「まあ六花とか洒落た朝飯食ってるって話じゃん。だからあんな感じなんだとしたらまあ合ってんじゃない?」
六花は可愛らしい。ちょっと面倒なところはあるけど。まあそれをいえば裕太も可愛いし、内海もまあそう。
「そういうことではない」
あ、これ面倒なやつだ、ととりあえず椅子に座り直す。ていうか当たり前みたいにカウンターの中にいるのなんで?ママさんは?
「ボラーがいってるのは黄色い草を食べたら黄色くなりました、みたいなことだろう」
まあ、だいたい合ってるってことでいい。
「そういうことではなく例えばたんぱく質を摂ると筋肉の成長を促進するとかそういったことだ」
わかった。よくわかったと伝えるために二度ほど深く頷く。
「ボラーに頼みがある」
「今の食べ物の話、関係あった?」
「水遣りを頼めないかと思ってな」
マックスはそういって注文していないサンドイッチをそっと置く。
「水遣り」
「どうしても家を空けなくてはならない事情ができた」
「なんか緊急事態か?」
この平和なサツキ台にまたなにかあるとでも、と一瞬緊張する。
「いや、ちょっと椅子を買いに行きたい」
「え、なんて?」
「椅子を作っているという人とSNSで知り合ったんだが」
人として生きることを楽しもう、とはいった。期限付きの世界なのだからって確かにそういった。
キャリバーなんか猫飼って、池の鯉に餌やって喜んでるし、ヴィットに至っては「最近思うんだけど、昼まで寝るのって贅沢な感じがするよね」とか昨日そんな話をしたばっかりだ。
マックスは椅子かあ……まあいいけど……
「ベランダに少しばかり野菜を少しばかり植えてあるんだが心配でな。どう急いでも一日は家を空けることになってしまう」
「別にいいぜ。どこ行くのかわかんないけどお土産よろしくな」
「どこまで行くか、聞くか?」
「それはいい」両手をかざして強くノーを伝える。
マックスは悪いな、と安堵した表情でいった。
「他に安心して頼める奴がいない」
二人で顔を見合わせて頷いた。二人ともちょっとしょんぼりしてた気がする。
ママさんは池の鯉に餌をやってるキャリバーを見に行ったことをあとで知った。
今、マックスの家の広いベランダにいる。
プランターに植えられたトマト、日除けを兼ねたキュウリ。この葉っぱなに?これ草?っていうのが結構あって整然と並べられたプランターの前に立っている。
これはほんの少しとはいわねえんじゃねえの?
『日中だと根腐れするから日が落ちてから』『トマトは実を濡らさないように』とかいろいろ書いてある。丁寧なイラスト付き。マックス意外と絵上手いのな。初めて知った。
しょうがねえ、やるか!とジョウロを手に持ったらスマホが鳴る。
「あ、ボラー?夕飯もう食べた?」
ヴィットだ。今日は予定がなかったから昼過ぎに起きてジャンクショップいったら誰もいなくてさ」そんなことを無駄に爽やかに話している。
夕飯はまだなことと今、マックスの家で野菜に水遣ってるって話したら「なんか買ってそっち行くよ」と電話が切れた。
ヴィットの買ってくるものなら特になにもいわなくても心配はない。
じゃあやるか、と振り返るとキャリバーが立っていて「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
「びっくりすんじゃねえか!」
「で、電話していたから声を掛けそびれた」
「ていうかキャリバーなんでいんの?どうやって入った?」
「か、鍵を持ってる」
「えっと、聞いていいやつ?それ」
「家に帰るのが面倒になったとき、ベンチで寝たりしないようにいわれている」
「ああ、そういう……」
「ち、近い方の家に帰って屋根のあるところで寝るように、とマックスにいわれている」
『他に安心して頼める奴がいない』マックス、お前の判断はいつも正しいよ……
暫くしてヴィットがやってきて「キャリバーもいたの」となんだか少し嬉しそうにいった。
「なんだかんだ集まっちゃうんだよねえ、今日は家主いないけど」と三人分から四人分のサラダや肉料理、ご飯はパエリアにしてみたよ、とマックスの家のいつもの洒落たテーブルに並べる。
「余ったら冷蔵庫入れとけばマックスが帰ってきて食べるでしょ」
ママさんの付き添いでいったデパ地下?っていうの見て歩くと面白いからたまにふらっとひとりでいく、と日々の楽しみを増やしているみたいだった。
キャリバーがコップと冷蔵庫から冷えた炭酸水を出してきた。
「レ、レモンがなかったが」
マックスがいつもレモンを添えるから、なければないでなんとなく気になるから不思議だ。
三人で手を合わせ「いただきます!」といってから食べる。
これはたぶん皆、宝多家で覚えた。
「マックスは凝り性だねえ」とヴィットがベランダを眺め半ば呆れたようにいう。
「こ、この建物は隣の建物との関係でベランダが広くなっているから、なにか育ててみたいとはいっていた」
「あー、『ニッショウケン』っていうんでしょ」
最近見たことや知ったこと、他愛もない世間話とともに食事は続く。
「キャリバーは今日なにしてた?」穏やかな口調でヴィットがキャリバーに尋ねる。
「お、俺は学校周辺を見回ったあとママさんとお茶を飲んだ」
「ママさんと?」
「友達かよ!」
うむ、とキャリバーが頷く。
「そうなんだ?!」
「ママさんの知り合いの人の池に鯉がいる。鯉はかなりでかい」
「なるほどねえ」
ママさん、キャリバー好きだな。好きっていうかただただ心配なのかもしれないけど。
「あの人面倒見いい人だよね、ほんと」
「そうだな。だいぶうっかりしてるとこあるけど」
「マックスどこまでいったんだろうね」
「長い話になりそうな予感がしたから聞かなかった」
「正解かも」そういってヴィットは笑った。キャリバーは炭酸水を勢いよく飲んだせいで噎せた。
いつものように和やかな夕食の時間は過ぎていく。うるさいファミレスでもジャンクショップでもマックスの家でも皆と一緒に『食事』するのは楽しい。
片付けは俺がやる、とキャリバーがいうので任せることにして任務である水遣りをやってしまうことにした。
「この辺り草ばっかりじゃね?」
ヴィットはメモを読み、プランターを確認する。
「ボラーこれ草じゃなくて。まあ草だけどハーブ」
「へー」
「水はたっぷりだって」
「ん」
「これも草じゃなくて紫蘇」
「マックス、こういうのが面白いんだなあ」
「そうだね」
土が水を吸い込む匂いがする。夏の初めはいろいろなことを思い出させる。
「ボラーはなにが面白い?」
ヴィットが聞く。
今、ここに立ってること。人として生きていること。それがあとどれくらい続くのかはわからない。それでも日々は続いていく。
サツキ台を中心に世界は少しずつ広がって人々は営みをやめることはない。
自分も人として日々を紡ぐ。それはこの街の人々と同じように明日への希望を紡いでいくということだ。それはとても面白い。
「人間やってるの、面白い」
「そっか」となぜかヴィットは少し嬉しそうに頷いた。
マックスからのすべてのミッションをこなしヴィットと二人、室内に戻るとキャリバーが冷蔵庫からなんだか高そうな箱に入ったアイスクリームを出してきた。
「箱、金の枠とかついてるけどこれ大丈夫なやつ?」
「マ、マックスがたまに夜中、箱を見て笑ってるときはある……」
「こわっ!」
ヤバそうなのでその箱を冷蔵庫に戻し、一番アイスクリームを食べたがっていたキャリバーが近くのコンビニに買いに出かけた。
ヴィット、と声をかけると「んー?」とのんびりした返事が返ってくる。
「人として楽しい、と思いながら暮らしてると終わるとき寂しいかな」
「どうかな。終わるときじゃないとわからない、かな」
だよな、とひとりごちる。
「俺は明日、この暮らしが終わったとして楽しかった、と思いながらここを去りたいなって思ってるよ」
マックスの椅子も見てみたいし、あのトマトも食べたいじゃない?もしそれが叶わなくてもそれを楽しみにした気持ちは消えないから。
「……だな」
明日もこの街で楽しみを紡いで生きていく。
ポケットのスマホが鳴り、見てみるとマックスからだ。
送られてきたのはなんかカッコいい椅子に座ったマックスの自撮りだった。
「嬉しそうだね」とヴィットが笑いを堪えていう。
キャリバーがアイスクリームとビールを買って帰ってきた。マックスの自撮りを見せると珍しく盛大に声を出して笑った。