「硝子瓶に眠る銀砂」サンプル テランでの激しい戦いの後、いったんパプニカに戻った一行であったが、その中で、ヒュンケルは、ひとり、修行に出る支度をしていた。
これまで愛用していた鎧の魔剣は、もう、ない。
新しく相棒となった鎧の魔槍を使いこなすには、ヒュンケルは、槍の扱いがあまりにも不得手であった。
パプニカ城で、彼にあてがわれた一室には、もともと最低限の家財道具しかなかった。
ヒュンケル自身の私物もほとんどなかったことから、部屋を片付けるのは容易であった。
不要なものは捨て、ヒュンケルは、着替えや、わずかな生活道具をリュックに詰めた。テントと寝袋は、クロコダインと旅をしていた時から使っていたものがあった。この数日間の間に、痛んでいたところは修理をした。
そうしてすっかり身支度を整えたヒュンケルは、殺風景な部屋の中を見回した。
壁際に、彼がまとめた荷物が置かれており、その隣に、鎧の魔槍が立てかけられていた。
そろそろ出るかと鎧の魔槍を手にしようとした、そのときだった。
廊下をばたばたと走る音が聞こえた。
そして、すぐにけたたましく、ドアが開かれた。
「ヒュンケルっ!!」
駆け込んできたのはダイだった。
ダイは、部屋の中にヒュンケルの姿を認めると、安心したように息を吐いた。
「よかった・・・。まだいた。」
「ダイ。俺に何か用だったのか?」
ヒュンケルの問いかけに、ダイはうなずいた。
「うん・・・修行に出るって聞いたから、その前に会いたいと思って。」
ダイは、ヒュンケルの部屋の中を見回した。
片付けられ、もともとあった最低限の家財道具のみとなった殺風景な部屋には、生活感はまるでなかった。
始めから、誰も住んでいなかったかのように。
ダイは、その部屋を見回し、そして、長兄を見上げると、その面に、わずかな寂しさをよぎらせながら、彼に尋ねた。
「修行に行くんだね。」
「ああ。俺は、槍は使いこなせないからな。このままでは戦力にならん。」
そう言うと、ヒュンケルは、壁に立てかけられた鎧の魔槍に視線をやった。ダイもその視線の先を追い、ヒュンケルと同じものをその大きな瞳に写した。
「魔槍を使うんだ・・・。」
「ああ。」
ためらいなくうなずくヒュンケルに、ダイは、聞きにくそうに、尋ね返した。
「・・・剣は、もう使わないの?」
「いずれ、また使うときが来るかもしれんが、それはまだ先のことだ。いまは、魔槍を使いこなせるようになりたい。それが、この魔槍を俺に託してくれたラーハルトの思いに応えることでもある。」
ヒュンケルの答えに、ダイはそのまま、考え込んだように黙ってしまった。
何か、言いたいことがあるような、そんなそぶりをしつつも、なかなか言葉が上ってこない。
だがヒュンケルは、ダイを急かそうともせず、ただ黙って、ダイの前にたたずんでいた。
しばしの沈黙が、二人の間に降り立った。
やがて、意を決したように、ダイは顔を上げると、ヒュンケルに尋ねた。
「あのさ、ヒュンケル。
ヒュンケルに最初に剣を教えてくれた人って、誰なの?」
話の流れが急に変わった。
意外な問いかけに、ヒュンケルは一瞬、目を丸くした。だが、ふっと穏やかな笑みを浮かべると、その声に懐かしそうな色を添え、ヒュンケルはダイに答えた。
「父だ。」
その答えを予想していたのだろうか、ダイには驚いた様子はなかった。だが、代わりに、ダイは眉根を寄せた。どこか、泣き出しそうにも見える表情だった。