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    みゅげ

    レノフィに堕ちました…。
    大人の魔法使い同士、ほど良く気の抜けた間柄同士…いい。

    互いが互いの一番じゃないって理解していながらも、
    ハートだって舞うし、おまえと言われても文句はないし、言っていい人なのには頭抱えます。
    レノ、今何してるかなって思いながらレイタの山脈まで様子を見に行くフィガロ…かわいすぎません?

    瑠璃の空色/みゅげ

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    みゅげ

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    先日のイベントで間に合ったらあげたいなと言っていたピロートーク(事後)のレノフィガ。大幅に加筆しました。

    レノがフィガロ様って呼ぶときは甘えているときだと、なんとなく思う。先生って言うときの方が甘やかしている。
    まあまあいちゃいちゃしているかもです。

    #レノフィガ
    lenofiga
    #レノフィ
    renofi.

    ……ピロートークは、必要ですか?『……ピロートークは、必要ですか?』




     ひとつ、ひとつ。
     とかく人の手が丁寧に扱うものというやつには、なんだか不思議な輝きと価値が生まれるものだとか言ったのは、いったいどこの誰だっただろうか――。



    「先生、フィガロ先生」
    「んぅう……んー……っ」
     ぺしぺしと無遠慮に頬を叩く大きな手を、夢見心地のまま、ただ煩わしいと振り払えば、そもそもそんなことぐらいではまったくめげない男の容赦のない指が、ほたりと力なく転がったフィガロの指先を、不意にきゅうっと優しく包み込むからどきりとした。
     カーテンを引かない魔法舎のフィガロの部屋の窓には、常と変わらぬやわらかい月の光が射して、そんなとろとろと静かに降りそそぐ白い月明かりは、輝く濁りのない色で深い夜の底を照らしている。
    「先生。フィガロ先生、起きてください。そのままでは風邪を引きます」
    「ん、あぁ。うん……ん」
     低くゆったりとした響きに与えられるレノックスの声音を、もうすっかり自分にとって心地良いものと認識するフィガロの頭が、まるでふわりと温かい真綿に包まれるかのように優しくとろけた。
    「フィガロ様」
     そっと指を引くレノックスの体温は、いつだってきっとふたまわりほどはフィガロの体温より高いのに違いない。ちゅっ、ちゅっと悪戯に小さく口付ける男の吐息にまあるいフィガロの爪先がしっとりと潤んで、それはまるで何かの願いを籠めてフィガロの指先へと祈りを与えているかの如く、絶え間ない許しを捧げ、底のないフィガロの渇きを癒す情の欠片となってゆくから――心が震える。
    「んー、や……れ、の。レノ……ん、んぅ……」
    「……先生?」
    「れの、っ、……ゆび……俺の、ゆ……び……」
    「指? ああ。思った通り、もうすっかりと冷えてしまわれてますね。俺がもう少し早く気付いていれば、もっとちゃんと温めておけたのですが」
     燦々と白い月の光を背にして、そんな黒い小山のように大きな彼自身の影に表情を隠したレノックスの静かな声が、ひどく神妙にただ淡々とひとりつぶやく。
     そうしてフィガロの手を握ったまま優しくさする男は再度、先生、とフィガロの耳元にやわらかく囁いて、このままあなたのお顔まわりも拭いても良いですか、と。どうにも気怠いこの今にはフィガロにとってとても面倒くさいことを言う。
     ちらりと目を向ければ、その小さなベッドの白いシーツの上にうっそりと投げ出されたフィガロの長い肢体の傍ら、すでにやわらかい布を広げてそっとフィガロの額の汗やら涙の跡やらを少しずつ丁寧に拭いとっているレノックスはひどく真剣な顔をしていて、そのままそんなフィガロのくったりと伸び切った白い首と喉の方にまで、徐々にと下りてゆく男の手の丁寧な所作がくすぐったくて身をよじる。
    「んー、いや……レノ。だからっ、ちょ……く、くすぐったいってば」
    「ああ、はい」
     いや、そうじゃなくて。おまえ、ああってなんだ、ああって、などと思う心がぐずぐずと溶けて沈んだフィガロの頭の芯までをもとろとろにやわらかくして、だからこんなことぐらい――さっさと魔法で片付けてしまえば良いのに。本当にこいつは、と妙なところに苛立ちを覚える。
    「レノ、れ、の……おまえ。そんなにゆっくりやってたら、夜が明けちゃうだろ」
    「大丈夫ですよ。先生のお顔まわり以外は、すでにおおむね拭いてありますから」
     律義なレノックスの声がぽつりと答える。
    「……え」
     はたりと目が合った。
     うす闇の中、大きな寝間着の羽織り一枚を無造作に自身の体にかけた男はじっとフィガロの瞳を見つめて、さも当然といった様子で今度はそのままフィガロの白い裸の胸元にまでその温かい指を伸ばす。
     ギシリと重い木のベッドフレームが鳴いた。
    「……んっ、はっ……ぁ、ぁ……っ……ん、んん」
     しかしながら。いったいなんだってこの男はこんなにも平常心といった様子で、いかにもなんでもないことのようにフィガロの体に触れられるのだろうか。
     とにかくその大きな体格と大らかな性格に見合ったがっしりと澱みのない指で、レノックスのその手は、そろり、そろりとやわらかくも無遠慮に、ただひどく執拗に、あちらこちらを妙に子細に撫で回してフィガロの胸元を這う。
    「ん、ちょっと……レノ。おまえ、そんなに丁寧に俺の体のあちらこちらを撫でて触って検分しなくていいから……っ、ぁっ……ぅや」
     かっと赤らむ。
     だからついうっかりと喉からなんだか妙に甘えた獣みたいな声が漏れて、そんな自分自身にひどく腹が立った。
    「んー……っ、レノ、レノックス。も、もうや、め……っ」
     ひくりひくりとどうしようもなく不随意に、あちらこちら、ただこの男の手によってひどく大切にこの身が扱われるたび、なんだか敏感に体を震わせてばかりいる自分は、まるでとんだ色欲の虜囚だ。
    「う、ぅ~……」
     故にフィガロは、そんな大きなレノックスの手の、強く力いっぱいこちらに向かって伸ばされた指に許されて、その不屈の男の魂に絆されて。
     挙句の果てには、この身に“良き隣人”だなんていう名の仮初の居場所を与えられて、深い愛情と見紛うその偉大なるぬくもりにただすっぽりと包み込まれている――なんて。まるで馬鹿みたいな幻想で、それもただ一時のくだらない夢物語だ。
    「先生、あとはあなたのお背中も拭かせていただきたいのですが」
     じっと紅い瞳がフィガロを見つめた。
     そうして強く腕を引かれ、呆気なく男の体の前、ころりと転がされた己の白い背中をなぞるレノックスの手の、本当にどこまでいってもとても辛抱強く慎重に振る舞う所作の執念深い丁寧さには心底呆れる。
    「え、ああ。いや……そんなことより、レノ。いつも真っ先におまえがどうにかしたがるところがまだ」
     そっと指を伸ばした。
     そうしてつうっと思わしげに下りていく意識の下、そんなフィガロ自身の白い指先になぞられた己の下腹部とその奥との濡れた潤みの媚態とを想像して、自然、フィガロの声はそろりとその蜜事の話を憚る声音へと変わっていく。
    「だってほら……ここにさ。さっきおまえの精液、いっぱい浴びただろ」
     ぽつりと言い放てば、さすがにちょっと何気なく口にしたとしてもとてもいやらしい話に、これ以上、言葉にして確認するのはなんだか気恥ずかしいな、と急にフィガロは照れてしまった。
    「……ん。いや。だから……えっと。レノ?」
     言い澱んでしまったフィガロの視線を浴びて、レノックスはほんの一瞬だけ迷うような仕草を見せた。
    「……フィガロ様」
     ちらりと紅い男の視線が泳ぐ。
     くん、と足を伸ばせば、さらりとフィガロの肌を迎えたシーツは、そういえば意外にもひどくピンとまっさらに綺麗に張りつめられて、とても清潔な様相をしているかのようで、思わず小さく首を傾げた。
    「……あれ。おかしいな」
    「フィガロ先生」
     だってついほんのひと時前まで、自分とこの男とはここで互いにひどく相手の肉に溺れ、情を貪り合っていたはずなのだ。
     だからそうやって一度しっかりと伸ばした足を縮めてフィガロはシーツに潜って、くしゃりくしゃりと往生際も悪く、この身の力の抜けた爪先で先刻の自身が精一杯の抵抗に足掻き、深くて甘い欲望の海へとふたり浸った痕跡を探して――そんな互いに強く掻き乱されては敢えなく散らした情の、幾多に重ねたはずの白い証を求めて――ただひどく渇望するように焦り戸惑う。
     そのまま強く跳ね上げた長い足先でとんと高く、すでにとても綺麗にかけ直されている白い寝具のすべてを蹴り除けた。
    「フィガロ様」
     ぽかんと目を瞠った男は、そんなフィガロの隣、なんだかとても後ろめたいといった様子に形容し難い顔をしていた。
     はぁ、と熱い吐息に気怠く身をよじって、そのままつい先刻まで、散々、この男の大きな規格外の性器を受け入れていた尻のあわいに手をやる。思った通りそこは未だやわらかくほぐれて、そうして自身で無造作に中を探ったくらいでは簡単には拭いきれないほどの欲の残滓がきっとまだたっぷりと――このフィガロ自身の身の裏にも表にも――残っているのだったら、どんなに良かったことか。
     だがそれはもうフィガロの知らないうちに、すべて綺麗に奪われて、処理されてしまった。
    「すみません。やはり先生のお体のご負担を考えたら、そのままにしておくのはちょっと、と」
    「それでレノックス、こんなだいたい魔法で片付けちゃえばいいじゃないってことにおまえはわざわざ手をかけて、気付かぬうちに、俺をこんなにも綺麗にしてくれちゃったんだ」
     残された欲の証は、決してこの男の持つ大きな愛の証明になどならないし、これがただ本当に、その親しき間柄の相手としての情を一時分け合っただけのぬくもりの欠片だったとしても、それに執着してどこか失ったことを惜しいなどと無為に想うのは、どうしようもなく陳腐でくだらない虚しい感傷だ。
     そう。分かってはいる。……ちゃんと、分かってはいるのだ。この頭では。
     だが――。
     じわり、と深く眉間に皺を寄せた。
    「……先に起こしてくれればさあ、これくらい俺が自分で元通りにしたよ」
     何かがあったことを、自ら、何もなかったようにと取り繕うのと。
     まるで本当にその何かがなかったかのように、綺麗さっぱりすべての痕跡が自身から夢のように奪われてしまうのと。
     結果は同じことだけど、決して同じじゃない。
     ふいと顔を背ければ、先ほどまでと何も変わらない大きな月が、白々と明るい夜の支配者の光で、皓々とこのフィガロ自身のなんの面白みもないつるりと平坦な裸を照らすのに微かに苛立った。
     そのまま大きな枕にぎゅっと顔を圧し当て、はあ、とひどくどうしようもなくやるせないため息をひとり細く零す。
     男の手はフィガロの胸元、何やらとても困った様子でそっとこの肌に触れ、深く静かにやわらかく据え置かれている。
    「先生。もしかして何か拗ねてらっしゃいますか?」
    「…………別に」
    「魔法で綺麗にするのも悪くはないのですが、あなたのお体に無理をさせていないかとか、あなたの体調とか。そういったものをひとつひとつ丁寧に、あなたの体の変化を見誤らないように把握しておくためには、魔法より俺が直接、先生の肌に触れて確認したほうが都合がいいんです」
    「……俺は。そんなことまでおまえに頼んでないよ」
     ぷいと投げつけるように言葉を放てば、そうしてとろとろとフィガロの肩やら首筋やらを無限に撫でていた男の指が小さく震えて、後生ですから、どうかそんなことを仰らないでください、といつになくひどく困り果てた様子で細くつぶやくのにどきりとした。
    「あなたが真実何を望んでいるのかは分かりませんが、せめて俺にはあなたのことを大切にさせてください、フィガロ様」
     細く微かな声音ではあったが、それは確固たる意味をもって強くはっきりとフィガロの耳を打つ。
    「レノ……」
     燃える炎のように紅いレノックスの瞳がゆらゆらと、うす闇の中、瞬く。
     そろりと這った指先がフィガロの白い頤を掴んで優しく近付いてきた。
     そのまま何やら思うところのある色でレノックスはじっとフィガロを見つめ、ふ、と淡くやわらかく、ただ静かに口付ける。そっと大きく包み込むように強くこの身を抱き竦めて、男はただ己の腕の中のフィガロごと、とぽりと深く真白のシーツの海に沈む。
    「俺が。あなたを大切にしたいんです、フィガロ様」
     ……だから。どうか許してください、と耳元に囁かれるこの男の熱を、自分にだけ求められている特別な甘えだとか、自分にだけ与えられている唯一の赦しだとかに感じることに、なんともいえない罪の味を覚えて眩暈がした。
    「レノ……おまえ」
     ぎゅっと強く掴み返す。
     だからきっとはくはくと溺れる人の呼吸のように、足りない空気がそんな憐れにも抱き潰されたフィガロの肺を圧迫して、この身は愚かにも、そのどこまでも続く眩暈と果てしない痺れとをただ愛だと錯覚している。
     は、と大きく息を呑んだ。
     まるで無限に続くかのようにほの暗い夜の下、相も変わらずじっと物言いたげな瞳でこちらを深く見つめてくる男の鋭い視線と目が合う。
    「先生。本当にお体はおつらくないですか」
    「レノ、おまえはさ。そうやってまた俺を安易に甘やかしているっていう自覚はある?」
     そうして白い月光に照らされて、ゆらりゆらりと瞬くあざやかな紅玉が、そういったまるであたかも大いなる愛みたいな顔をしたフィガロへの情をもって強く真っ直ぐにこちらへと挑んでくるのに、ほんの少しだけ気圧されている自分がいることに戸惑う。
     それでもそんな間近で食い入るようにして自分に寄り添おうと近付いてくる男の、それ以上、フィガロの内側のやわらかい部分にまでは決して無作法に立ち入ってきたりなどしない分をわきまえた線引きに、きっと自分はもう十分に絆され、これにひどく救われているのだと想うと、それがどうにもくすぐったくて居心地が良くて。とても面映ゆい。
    「……いや。もしかしたら、俺がおまえに甘えているのか」
     あーあ、と零れそうになるため息に、どうしようもないやるせなさを感じて落ち込む。
    「まあ、どちらでも良いのでは。いずれにしろ俺にとってフィガロ様が大事だということに変わりはありませんので」
     言いながらも、再度それはちゅっ、ちゅっとフィガロの眦やら耳元やらに執拗に吸い付くようなキスの雨を降らせるから、心底これは自身のテリトリーに入れたもの対してはとことんまで甘い男だなと呆れる――と言ったところで、それこそフィガロ様、それはあなたご自身のことでは、などといった様子に、先日もフィガロはこれに囃された訳でもあるのだが。
     だがなんだか急にしっくりと気分が落ち着いた。
     やれやれとばかりに肩を竦める。
     そんなただ一途で純朴な羊飼いという一面だけでは表せられないこの男の、一筋縄ではいかない強靭な魂のひと欠片でもある底のない粘り強さというものを再度見せつけられたようで、ただひどく感服した。
    「おまえって本当に中央の男だよね、レノックス。いつだってコツコツと真っ向から一心に俺を殴りつけてくる……容赦のない男だよ」
    「ご納得いただけたなら良かったです、フィガロ様」
    「って、別に褒めてないんだってば。あー、腹立つ。レノ、おまえさあ、そうやって俺のことまるで深窓の御令嬢か何かのように恭しく、ときおり本物のお姫様みたいに大事大事な扱いをしてくれるけどさ。俺が別にそんなやわな気質じゃないの、おまえだってちゃんと分かっているだろう」
    「お姫様。たしかに、それはそうかも知れませんね」
     ぽつりとつぶやいた。
     まあるい目をしてきょとんとこちらを無垢に見つめてくるのも、より性質が悪い――などと思っている間に、白いシーツの上、再びフィガロはころりと体を無造作に転がされて目を瞠る。
     そうしていつの間にか、また幾枚かの綺麗な布を手に取ったレノックスの長い指がすいすいとフィガロの頬を優しく撫でて、そのままこちらの汗に濡れた首筋だの、未だどことなくしっとりとしたへそまわりの窪みだのをよりいっそうその手で丁寧に拭きだすから、途端にまたひどくくすぐったさを覚える。
    「だ、だから。もういいってば、レノ。もう大丈夫だよ」
    「というかフィガロ様、言うに事を欠いて、ご自身を“お姫様みたい”だなんて。なかなかにいけしゃあしゃあと図々しいことを仰いますね」
    「うるさい。これというのも、おまえがうっかり俺をそういう扱いにばかりするからだろう」
     気が付けば、レノックスは何やらひどく楽しそうに、深く静かにひとり笑っている。
     ふふ、と妙な笑いのつぼに入ってしまったとでもいった様子でそれは小さく肩を震わせ、しまいにはひくひくとまるで耐え難いといった相好にきゅうっとその鋭い紅玉をも細め、しまいにはすんと押し黙ってしまうから、つい、向き合うフィガロの頬までもがひどく熱くなって、かあっと赤く染まりきってしまうから困ってしまう。
    「笑うなよ、レノ。なんだか急にひどく恥ずかしくなったじゃないか」
    「いいんじゃないですか。あなたはそのままで。まあ実際、俺にとってフィガロ様は実質、お姫様みたいなものですし」
    「はあ? 俺の……どこが?」
    「分からないならいいです」
    「なんだよ。教えろよ」
     むう、とむくれてそちらを睨めば、今さらそんなフィガロの緩やかな怒気ぐらいではまったく動じないレノックスの大きな腕がそっとフィガロの体を抱き起して、それはふわりと小さな魔法の呪文を囁いた。
    「“フォーセタオ・メユーヴァ”」
    「あ」
     静かで温かな部屋の中、カーテンを引かないフィガロの部屋の窓からは明るい真白の月明かりだけが見えて、ある程度の防音の魔法こそかけてはいるものの、それでも今夜は誰も何も――敢えて外でにぎやかしく騒いだりなどしない、穏やかでとても美しい夜だと思う。
     そうして数刻前、ふたり互いの呼吸を貪るようにして求め合いながら脱がし脱がされたフィガロの白い寝間着がふわふわとほのかな闇を泳いで、ふんわりと隣の男の腕の中に当たり前のように収まるのに目をまるくする。
    「どうかしましたか。俺だって当然これくらいの魔法は使いますよ、フィガロ様」
    「それはそうなんだけど」
     だが、先ほどこれがフィガロの寝間着へと手をかけて脱がしたときには、いちいちこの男はそれまでふたり色々していたはずの熱いあれやこれを中断し、わざわざ立って椅子までこれを後生大事にかけにいっていたはずだ。
    「……だって。さっきはおまえ、こんな可愛い俺を放っておいて、寝間着にしわができてしまいますので、とか言って、妙に時間をかけてたたんで丁寧に椅子にかけていただろう」
    「……ああ。そう……そう、ですね」
    「え。違うの?」
    「…………」
     珍しく歯切れの悪い様子に黙ってしまう。
     とにかくこうなるとこの男は存外頑固で、そこからフィガロがどう宥めすかそうとどう威圧的に問いただそうと、絶対に口を割らないから聞くだけ無駄だ。もっと簡単にフィガロのおだてやら高邁な理屈やらに乗せられて、なんだって上手くいいように懐柔されてくれればいいものの――まったく一筋縄では籠絡されてくれない。
    「では。お着せしますね、先生」
    「うん」
     そっと背中に回されたレノックスの腕から、着慣れた自身の寝間着のさらりとやわらかで清潔な感触が伝わってきてほっとする。
     じっと見つめれば、そうして向き合う姿勢にフィガロを座らせたレノックスは目の前ですんと表情の見えない無言に粛々とフィガロの手を白い袖の中へと通して、つるりとなめらかなその素材の細身の肘の辺りやら肩まわりやらの縫い取りの部分をフィガロの体に合わるように着せ、すみずみまで丁寧に整えて――それからただほんの少しだけ戸惑ったように、……俺は、こうしていつも通りのことをいつも通りにした方が心が落ち着くので、などという答えになっていないような答えを、もそもそとただ曖昧につぶやいた。
    「……あなたの望むような回答とは違うかも知れませんが、フィガロ様」
    「……俺は。別におまえに俺の思い通りのおまえでいて欲しいなんて、欠片も思っていないさ」
    「知っています」
    「だろうね」
     深くやわらかな夜の下、そうして惑いゆらめくレノックスの、そのどこか激しい内に秘められた熱の欠片のようなものがやわく輝く静かな瞳を見ていると、なんだかひどく不思議な気持ちになる。

     これは本質的には自分と同じ魔法使いで。
     だが自分とは違う美意識や倫理、規範に生きるものだ。

     ……しかしまた。彼も等しく、フィガロとは違う孤独を知る生き物でもある。

    「フィガロ先生、腕、通せましたので。お疲れでしょうし、あとはもう少しゆったりとした姿勢で続けましょうか?」
    「うん」
     だから本当にこの男はいちいち慎重だなと思うフィガロの体がふわりと浮かんで、そのままつい先ほど自分が癇癪を起して蹴散らした白いシーツの上へとそっと横たえられる。
     その上でレノックスは、数刻後の寝起きのフィガロの頭がぐしゃぐしゃに寝乱れていることのなきよう、枕にかかるやわらかい青灰色の巻き毛のフィガロの髪の毛先まで、その辛抱強い大きな手でただ丁寧にきちんとならしながら綺麗に整えた。ふわりと小さな額にかかったフィガロの毛並みを、すいと優しくやわらかく梳いて微笑む仕草がくすぐったい。
    「ではボタンを留めますね」
     こくりと頷く。
     そうしてはあっと安堵のため息を零せば、途端になんだかひどく気怠い重さにとろとろと沈んでいくフィガロの体がうつらうつらと夢見心地に力を抜いて、同時にそんなレノックスの手の、ひとつひとつ、まあるく優しく動いてはきちんとボタンを留めていく所作の大らかな細やかさに、なんともいえない充足を感じて――満たされてゆくその何かに大きくて甘いぬくもりを感じて――不覚にも。フィガロは小さく息を呑んだ。
    「先生……フィガロ様。なんだか急におとなしくなられましたね。どうかしましたか?」
    「…………」
    「もしかして眠くなってしまいましたか」
    「…………」
     このままこの沈黙をフィガロの肯定の意と解してくれれば良いのにと思う。
     どことなく気恥ずかしくて、もしかしたらほんの少しだけ赤くなっているかも知れない己の頬の熱がほこほこと温かいのに、ひくりと密やかに喉が鳴る。
     そうして意識してみれば、相変わらずこの手足はだるく、腰も重く、何か未だにその太くて大きなものが硬く、フィガロの芯を熱く貫いているかのような気さえするのがとても恐ろしい。
    「……っ、っ」
    「先生……?」
     そっと覗き込んでくるレノックスの瞳が、先ほどよりもだいぶ近いことに慌てる。
     きっとそんな風に覗かれなくても十分に赤く情けなく染まった表情に惚けているであろうフィガロの顔には、いまやなんの威厳も誇りもなく、だからいっそレノにも今夜の俺のことはもう放っておいて欲しいと身勝手に苛立つフィガロの憐れな矜持が、心の奥底からぐらぐらと沸く激しい憤りに苦くいきり立っては、相反するなけなしの理性で必死にそんな己の不条理な怒りに蓋をしていく。
    「フィガロ先生、もしかして具合が悪いのですか? 先ほどよりちょっとお顔が熱いような……」
     ひたりと差し当てられたレノックスの指先の、どこかひんやりととても心地良い感触にどきりとする。
     だから思わずすりりとそこに甘えて、無条件にすり寄ってしまいそうになるほどに絆された自身の心の隙を深く情けないと想えど、同時に、こんな長い時間の果てにじんわりとやわく変化していったフィガロ自身の心の境地をまったく仕方のないことだ、と。呆れたように想う自分もいて。
    「先生、大丈夫ですか。先生……」
    「う、うるさいな。いちいち確認しなくても大丈夫だから」
    「そうですか」
    「ん……いいから早く着せてよ、レノ」
     ふいと赤い顔をうつむけて、くい、と小さく男の袖を引けば、途端になんだかひどく驚いた様子に目を瞠った目の前の朴訥な男が、そんな無垢な驚きのままにこくんと大きく息を呑んで、それはそろそろと慎重にフィガロの首元へと指を伸ばした。
     つう、と細くやわらかく、その赤い熱の色にすっかりと深く染まってしまった雪白の肌をなぞる。
    「フィガロ様、俺があなたのボタンをはめるのがそんなに興味深いですか」
    「そんなこといちいち気にするなってばっ」
    「ん……フィガロ先生」
     ひとつ、ひとつ。
     下から順にレノックスの手が留めていった寝間着のボタンは、あとはこのフィガロの細い喉元のボタンひとつで――。
    「……先生?」
     白く静かな月明かり降りそそぐ優しい夜の下、もう隠しきれないほどの気恥ずかしさに赤く染まった自身の頬やら目元やらのどうしようもなく情けない様相はきっとひどく目立って格好が悪くて、だからこうしてなんだかいつもただ自分ばかりが、ひどくこの男の本質的な色香に絆され惑わされているかと思うと――腹が立つ。
     くるりとまあるいボタンを小さなホールに通した。
     そうしてほんの僅か先が内側に折れてしまったフィガロの寝間着の襟の縁を、それはすいすいと大きな手で丁寧に整える。
     熱くほろほろにとろけたフィガロの首元をつうっと太い男の指が走った。
     ひくりと白い喉が鳴る。
    「だって……お、おまえが。おまえの手が」
    「……手?」
    「レノの……おまえが俺の体を綺麗にして……おまえが」
     は、と息を呑む。
    「おまえの。この俺の体を大切にしまっていく手付きが、まるで一等大切な宝物に触れるみたいにひどく恭しくて優しいのがたまらない……から……っ」

     ひとたび口にすれば、そもそもそう大したことでもないじゃないかと、まるでますます自分がひどくどうしようもない馬鹿になったみたいで嫌になる。

     そうしてぽふんと飛び込んだ大きな枕に、この情けない顔の熱をぎゅうぎゅうと吸い取らせるかの如く思いきり強く圧し当てれば、隣で、は、とか、え、とかつぶやいた男のなんとも言えない驚きとも呆れともつかない微妙な反応がじりじりとフィガロの後ろ頭を焼いていたたまれない。だからそんな己の恥ずかしさにひどく震える境地で、いっそ今日のこのすべてを一掃するべくポッシデオしてやろうかとさえ思う。……たとえそれが己の信条に反することだとしても。
    「うぅ~」
    「フィガロ先生」
    「……ねえ、レノ。おまえさ、ちょっと軽くポッシデオしていい?」
    「やめてください」
    「じゃあ忘れて。俺、どうも今日はひどく寝惚けているみたいだから」
    「忘れません。あとやっぱり魔法で強引に忘れさせるのもやめてください」
    「ええ……」
     どうあれこれは常々まったく容赦のない男だし、本当にそうレノックス自身が信じて決めたことに対しては、いかなる理由があろうと、一切、これはフィガロにだって譲らない。
     白く埋もれた視界の隅、ぽんぽんっと宥めるように耳元を撫でた男の大きな手が、そのままそっと細い毛並みをなぞるようにつうっと白いフィガロの肌の上を辿って、そんな赤くふわふわにとろけたフィガロの耳朶へそれはするりと触れる。
     とんと重く圧しかかってきた厚い体で、ぎゅっと深くすり寄るようにして、レノックスはフィガロの首筋へとその熱い口元を夢中でうずめた。
    「ほら。ちゃんと俺は大切にしまいましたよ、あなたの体。フィガロ様、だからこっちを向いてください」
    「……っ、っ」
    「フィガロ様、フィガロ先生……あなたがそう珍しく可愛らしいことを仰るのにはとても新鮮で驚きましたけど、それでも俺の手があなたに喜んでもらえたのなら良かったです」
    「……おまえ」
     思わず低く唸る。
     それでも仕方なくその大きな枕の影からそろりそろりと顔を上げてみれば、フィガロのすぐ隣、心なしかいつもより幾分か機嫌の良さそうな男のじわりと紅い鮮血の眼光が強く真っ直ぐにゼロ距離でフィガロを見据えていて、うわ、と慄く。
    「え、ぁっ……っ」
     そうして直後降ってきた、はぐりと深く喰い付かれるみたいな獣のキスに、なんだってこいつはこうも分かり易く俺の情けないところにばかり喜んで、かつ、ひどく興奮するんだと憤慨する。
    「ちょ……レノ。おまえってそう、なん……で――っ、んっ」
     そのままあっと思う間もなく続いていくキスの嵐に息も絶え絶えに追い詰められ、くしゃくしゃとなんだか嬉しそうにフィガロの首元を撫でてはすり寄る男の手にがっしりと捕まえられて――だから。常々、俺はそんなおまえの底なしの体力には付き合っていられないって言ってるだろう! と目も眩むほどにくらくらとするフィガロの頭がひどい混乱状態に溺れた。
     かくりと高く、大きく仰け反るほどに強く頤を掴まれて、再度、フィガロはその夢中になって甘えまとわりつく逞しい獣に喰われそうになる。
    「ぁ、ぁっ……ゃ……う、ぅあ、ぁっ……レノ。レ、ノ……っ」
     は、は、と深く息も止まるほどに狂おしく、奪われてゆく呼吸の不確かさにぐらぐらと心臓が暴れる。
     それでもどうにか必死で渦中の男の腕の中、大きく目を開けば、じりじりと絡め取られるようにして強くすっぽりと抱き竦められたフィガロの肩越し、なんとなく“極まった”としか言い様のない色をしたレノックスの視線がふうっと紅く激しく永劫の炎に燃えて、それが一切逸らされることなくただじっとフィガロの瞳を覗き込んでいるのに、もう一度フィガロはひどく慄いて、深く困惑する。
     それ、に……。
    「ん、んぅ……ねえ、レノ。おまえさ……なんで、今、それ勃ててるの」
    「どうやら不覚にも。ちょっとぐっときてしまいました、フィガロ様」
    「……はあ?」
     ごりごりと圧し当てられる男の硬い欲の形にぎょっと目を瞠る。
     そうして続けざま、隙あらばとばかりに伸びてきた男の熱い舌にはとろりと婀娜な色に舐められて、そのまま甘い果肉か何かのようにむにむにとそんな興奮しきった男に当然のように芯から食べられそうになっているフィガロの白い耳元で、本当に何ひとつ悪びれないレノックスはしれっとつぶやく。
    「……つまりそうですね。これをいったいなんと言えばいいのか」
    「ええっと、レノックス?」
    「そういうところです、フィガロ様。俺は、あなたのそういうところに。ひどくそそられてしまいました」
    「……え。ええ……」
     じわりと嫌な汗がひと筋、滴り落ちた。
     そこから気付かれぬようにそっと、ゆっくりと、そんな男の膨れ上がった欲望の拘束から逃れるべく、ただ強引にフィガロはふいいと視線を逸らす。
    「で、でもさあ。俺もおまえも。もうちゃんと身綺麗にして寝間着を着直しちゃったし」
    「はい。なのでフィガロ様、このままもう一回。せっかく俺がしまったあなたの大事な宝物の部分はそのままでいいので」
    「……は。えっ……っ、んん?」
     くいと大きく首を傾げる。
     だからそれはつまりいったいどういうことかと深く吟味するべく、フィガロはひとり、己の脳内でそのレノックスの言葉を反芻して――再度、どうにもよく分からないなと聞き返そうとして――そんなフィガロの隣、じっとこちらを見つめる男の瞳をちらりと振り返った。
    「……レノックス?」
     無言で指を伸ばしてくる男の大きな腕がそっとフィガロの腰を抱き寄せる。

     ――そうして。
     それはそっとこの耳元に唇を寄せ、その甘く熟しきった熱い声音で。
     もう一度、下穿きだけずらして、あなたの中に這入ってもいいですか、と。
     ひどくどうしようもなく、とても救いようのないおねだりをした。




     それから。
     そんなひどく即物的なお願いをいとも真面目に頼んだ男に対してキレたお姫様のフィガロが、これは甘いセックスのあとのピロートークとしては最低だとか、この雰囲気でそういうことを言いだすのは本当に最悪だとか強く息巻いて怒ったため。
     この日のレノックスはただ、そんなぷりぷりと真っ赤になって拗ねるフィガロを宥めすかし、どうにか上手く機嫌をとって抱き締めて。
     それ以上は仕方なく、ただ何ひとつ望んだいかがわしいこともせずに。ふたりしっかりとくっつき合って、深く静かに朝まで眠った。







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