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    ドライアイス

    @4gHO9Yp2t0otaLm

    ⚠癖の強い作品が多いです
    ⚠2同軸リバの民」です
    ⚠3閲覧は自己責任です

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    ドライアイス

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    6章後の妄想です。記憶はなんとかなったものの、関係にもだもだするふたりとヒトリ。ちょっとご都合設定混ざってます。

    #アズイデ?
    azide?

    『形勢逆転』 魔力の制御がうまくいかずに熱をあげた身体を気だるそうに横たえ、イデアはスポーツドリンクのパウチを吸った。
    「げほっ」
    明らかに不調の兄を心配そうに見て、部屋に残ろうとしたオルトを追い出したのは、他でもないイデア本人だったので後悔はしていないものの、やはり不便さは感じていた。
    根は良い子で賢い弟を、ずっと自分に縛りつけておくのは可哀想だ。それに、ことが大きかったからこそイメージがおかしな方向へ向かう前に調整しなくてはいけない。自分がおかしな方向悪く言われるのは仕方ないにしろ、オルトまであれやこれやと噂の餌食になるのは回避させたかった。
    「……はい」
    ドアから聞こえるノックに返事をかえしながら、そういえば、イデアの状態を専門家チームと本人から聞いた学園長が、だれか手空きの者を向かわせると言っていたことを思い出す。オルト以外の人物、それも医者ですらない者をというところが引っかかったけれど、イデアに拒否権はなかった。
    「失礼します」
    礼儀正しく告げて、入室してきた人物に、彼は目を見開く。
    「え、アズール氏」
    「はい、僕です」
    にこりと笑ったアズールは、イデアのベッドのそばに落ちていたティッシュと飲み物が入っていたらしき空の容器に眉をひそめ、ため息をつく。
    「オルトさんをどうして追い出しちゃったんですか」
    「……ただ寝てるだけなら、ひとりで大丈夫でしょ」
    「どこが大丈夫だって言うんですか。頬だってそんなに赤くて」
    「うるさいな」
    毛布を被って背を丸めたイデアに、肩をすくめるながらアズールはそちらへ近づく。
    「魔力、溢れてるじゃないですか」
    指摘に無言を貫く姿勢に、アズールは眉間を抑えた。
    「どうして僕が選ばれたとおもいます?」
    「消去法、だと思いたかったんだけどね」
    きっと罰だ。あのときイデアが裏切ったメンバーのなかで、一番距離が近かったアズールと引き合わせることで、反省させようという魂胆だろう。
    「いい性格ですわ」
    アズールのユニーク魔法でイデアの魔力を吸収させて調整しようと、表では合理的な理屈で周りを納得させたのかもしれないが、かなり意地が悪い。本格的に治療を優先するなら、あのまま『向こう』に留まらせておいて、安定したら呼び戻せばよかったのだ。
    「オルトさんには、それを流さなかったんですか」
    「ブロットの穢れを浄化しきれていないし、途中で勢いよく注いじゃったら、オルトが耐えきれない」
    安全が確証されていない状態のものを最愛の弟に含ませることには抵抗があったと、イデアは毛布を握る指に力を込める。
    「氏のは、決めた分だけ『差し押さえ』できるから、そういう意味では安定してるのかもね。例えるなら、輸血パックつくる感じですな。オルトの場合は、直で輸血するイメージ?」
    「なるほど」
    どさりと、アズールがイデアの背後に腰を下ろす。
    「では、取りすぎないように少しずつ頂くとしましょうか。ブロットの毒素で僕まで汚染されては意味がありませんから」
    「うん、そうして」
    呪文を唱え、契約書をつくり、さらさらと約定が記されていくささやかな音がイデアの耳をくすぐる。
    「さあ、サインを」
    「ん」
    寝返りをうって振り返ったとき、イデアの髪が波打ち、ベッドサイドへ広がった。普段は見えない額や耳もと、首周りがあらわになり、アズールの視線が揺れる。
    「なにか?」
    「い、いえ」
    熱がうつったように頬を赤らめたアズールに首を傾げつつ、イデアはペンを借りようとして指先伸ばした。熱い指が、冷たい手に触れ、アズールの手が引っ込んでしまう。
    「す、すみません」
    「いや、へいき。けど、触られたりとか君が苦手なら」
    「そうじゃないんです。ちょっと予想外に熱かったから驚いただけで」
    「そう?」
    「はい」
    「そっか、今日は手袋してないんだ」
    「ああ、先日の試験の際焦げてしまって。購買のも入荷待ちだったので」
    「ふーん」
    工具いじりとそこそこ重いものの持ち運びなどで手の皮が厚く、節ばった自分の手とは真逆のみずみずしくて柔かそうな手が、あまりにも無防備に見えて、イデアはわずかに表情を曇らせる。
    「さあ、サインを」
    「そうだった」
    ついアズールの手を観察してしまっていた気恥ずかしさから、イデアは慌ててサインを殴り書きする。
    「ミミズがもんどり打ってる」
    「うるさい」
    「……では、たしかに」
    黄金の契約書をしまい、イデアに向き直ったアズールが手を差し出す。
    「触れても構いませんか?」
    「好きにすれば。拒否権なんかないでしょ」
    「よくご存知で」
    しっとりとした指が、無機質な白さの手の甲に浮いた血管を撫でると、イデアの肩が跳ねた。
    「……力を抜いて。そう、僕の指が触れたところへ意識を集中してください。ゆっくり吸い出していきますから」
    「わかった」
    ぷつりと、注射器の針が肌を刺した程度の刺激が一瞬して、そこからじわじわと魔力が漏れていく。この瞬間、イデアとアズールは繋がっているのだ。
    「こわいですか?」
    「ぜ、全然」
    「おや、残念。慰めて差し上げようかと」
    「報酬にどれだけ吹っかけられるかわからないから、そっちのが怖いよ」
    「ふふふ、余裕そうですね」
    声を立てて笑ったアズールに、イデアが呆然とする。
    「わらった」
    「はい?」
    「ずっと、あれから考えてた。君に見限られたんじゃないかって。それは当然なんだけど、もう笑ってくれないレベルで嫌われたらって」
    「馬鹿ですか。そんなこと、あるはずがないでしょう」
    「アズール氏」
    「あなたは特別なんですよ。あと少ししたら、僕の子飼いの技術者にする予定なんです。そう簡単に許すはずがない」
    冷え切った声に、イデアの血の気がさっと引いた。
    「こ、子飼い」
    「ええ。僕はあなたを許しません」
    つきりと、イデアの手の甲に痛みがはしる。傷口を強引に開かれたような感覚がするのに、傷跡は見当たらない。魔力の排出されているところの回路が押し開かれたのだろう。
    「ぃっ」
    「ずっと、ずっとね」
    「アズール」
    「さあ、おやすみなさい」
    どっと魔力が放出され、それがアズールの方へ流れ込む。白皙の美貌には薄っすらと冷や汗が滲んでいた。
    「まって」
    呼び止めながらも、他者に魔力を奪われるという初体験を越えた直後の身体には力など残されておらず、イデアの瞼は重力に負けて下りた。
    ゆっくりと時間をかけて吸い出すつもりだったのに、と顔をしかめながら、つい冷静さを失ってしまったことを反省したアズールは、ぐったりとしたイデアに布団をかけ直し、露わになった額へ口づける。
    はなさない」
    罪悪感があるのなら、そこにつけ込まない手はない。
    アズールは、イデアの肩のあたりをぽんぽんとたたき、ベッドから離れる。
    「終わったの?」
    「ええ、つい今しがた」
    ドアの向こうから聞こえた高い声に、アズールは苦笑した。
    「兄さんは」
    「大丈夫です。暴走していた余分な魔力はいただきましたから、一時的にですが熱も下がったはず」
    「……入っても大丈夫?」
    「あなたの部屋でもあるんですから、ご自由に」
    入室するやイデアの全身をサーモグラフィー機能などでスキャンし始めたオルトを待って、アズールは黄金の契約書を差し出す。
    「念のために、チェックするかと思いまして」
    「ありがとう!」
    内部カメラに記録しながら全文を読み終わったオルトは大きくうなずいた。
    おかしな箇所はなく、仕掛けなどで隠された文などもない。兄のサインも本人のものと認証できた。
    「もう行くの?起きるまで待ってたらいいのに」
    「その人が気にするでしょう」
    「喜ぶと思うんだけどな」
    「……いいんです。僕はただの後輩ですから」
    「ブロットまで吸ってるのに?」
    「魔力の比率とあわせるとややマイナスに傾いていますが、平常時の僕の魔力よりは数値が上がっていますからダメージはそんなに」
    「そうじゃなくて、他のひとの汚物ブロットだったら吸える?」
    「さぁ、お代次第ですかね」
    イデアと同じ色の瞳がじっとアズールを伺う。本心を悟られぬよう、彼は踵を返した。
    「まあ、いずれにせよ、学園長が決めたことですし。当分はお邪魔させていただきますよ。今はあなた達が、観察対象だ」
    「……わかってるよ」
    「では、ごきげんよう」
    アズールが出ていったあとの部屋で、オルトがボソリとつぶやく。
    「うそつき」
    返事をするまでの数十秒。その間に、兄を伺った視線がアズールの本心を示していた。それから弟は、ベッドの端に投げ出された白い手を撫でる。
    「知ってる?大切なものを両手で掴めるように手は2本あるんだよ」
    何でも作れる手は、何かを抱えるにはうすく、少しだけ頼りない。
    「もったいない」
    どうしてこう、兄もあのひとも不器用なのか、とオルトは表情を歪めた。それから、幼い頃のように、けれど大きくなってしまった兄のそばに身を寄せる。
    「ん」
    自分の機体ボディを無意識にか抱き寄せた兄が、掠れた声でアズールの名を呼んだ。
    当たり前だが、イデア・シュラウドは18歳の青年で、もう子供とは言い難い。きっと近い未来、選択を迫られる日が来るだろう。そのときに、少年が古いおもちゃを手放す感覚で自分のことを突き放す確率だってありえる。それを思うとオルトは不安だった。
    「空の青さを知らなければよかったのに」
    ずっとあの閉ざされた世界のなかで、手を取り合っていられたら、と考え、小さな焔が揺れる。自分の夢みるシアワセのために、大好きなひとの自由を奪うだなんて、それこそ子供じみた傲慢さだ。
    「……」
    しばし考え、オルトは自分の意志でプログラムに再起動をかけることにした。
    個人的な感情を処理するときはいつだって機体に熱が籠もってしまう。大きな食物をよく咀嚼して消化するまでに生き物は時間をかけるものだが、オルトの場合はそれが感情にあたるのだ。
    きっと目覚めたときにはいくぶんか合理的な思考に戻っているだろう、ひとまずはクールダウンだ、そう願って少年は長いまつげを伏せた。
    翌日。昼休みにアズールはイデアの部屋を訪れた。
    「ゆうべはどうでした?」
    「おかげさまでボチボチ」
    「それはよかった!さて、今日も始めましょうか」
    「……お昼食べたあとにこんなんやって、気持ち悪くなったりしないの?」
    「カロリー計算はして、腹具合は計算しないわけがないでしょう?」
    「ふーん」
    「昨日は回路を通す穴のイメージが小さかったから、今日はもう少しだけ広いところにしましょうか」
    「まかせるよ」
    「ありがとうございます」
    帰り際の気まずさを感じさせないようすのアズールに、イデアはもやもやした気分を抱きつつ、指示されるまま服の袖口を捲った。
    「注射する感じでしますから」
    「ああ、うん。結局昨日と同じイメージでいいんでしょ?」
    「ええ」
    看護師がそうするように、アズールはイデアの腕の内側に指をつきたて、数回圧迫した。
    「それはなにか意味が?」
    「いいえ。ただ、こんなに生白くて、血の気が薄いのに、生きてるのが不思議で」
    「血色悪いってコトね」
    「端的にいうなら、そうですね」
    「ちゃっちゃと始めちゃってよ。どうせ最後は痛くするくせに」
    「痛かったんですか?」
    咳払いをひとつ。眼鏡をなおすふりをしつつ、アズールは臍を曲げているイデアを伺った。
    「傷口を開かれてる感じだった」
    「それは、すみません、って!あなたが余計なことを言うのも悪いでしょ」
    「余計って」
    イデアが額を抑える。そうだ、アズールは自分を許してはいなかった。なのに、なぜあんなに楽観視していたのだろう?ショックを受けた彼に、アズールもまた眉間にシワを寄せる。
    「とにかく、はじめませんか?学園長のご指名ですが、こちらも暇ではないので」
    「……わかったよ」
    昨日の手順を思い出し、体の力を抜いて、けれど感覚は腕に集中させる。すると、昨日より若干つよい刺激が肌に突きたてられた。
    「っ」
    「挿れるときは痛いかもしれませんが、吸い取るときは楽なハズ」
    「ハズって!?なにその確信のなさっ!僕の身体をいじってるんだから、もうちょっと責任とかさ」
    「……」
    「アズール氏?」
    「いえ、何でもありません」
    「何でもなくはないでしょ。突然顔を伏せたりして」
    「と、とにかくはじめましょう!」
    「ちょ、っと」
    蛇口から細く水が流れているとき程のゆるやかさで、イデアの腕からアズールへと魔力が注がれた。前回よりは安定しているおかげか、イデアが声を荒げることもない。
    2回目ともなると、若干余裕がうまれるのか、彼はじっとアズールの方を見つめた。自分のことを許さないと言った男は、静かにイデアの腕を眺めている。心底恨んでいる感じではなく、むしろ穏やかな表情を向けられている状況に、彼の胸中は揺れた。
    アズールの考えがさっぱり読めない。
    イデアが知っているアズールという少年はもっと『分かりやすかった』はずだ。良くも悪くも、感情がすぐ表に出る。それがひとりっ子だからか、普段の立ち回りのなかで抑圧していた反動なのかは判らないけれど、イデアの傍にいるときのアズールは
    「きみ、変わったね」
    あの頃の面影は確かにあるのに、アズールの行動パターンと思考回路は、イデアの推測の及ばないところに離れてしまった。
    「……随分と漠然とした話し方ですね」
    腹部を見下ろし、自分の頬をつまみ、アズールは眉をひそめた。
    「ああいや、外見じゃなく」
    「では」
    「こんなに遠かったんだ」
    近いようで遠く感じる瞳の蒼さに、イデアは目を眇めた。
    「それは、あなたが1人で思い込んでるだけでしょう?僕らははじめから、1人と独りだった。距離感は縮んでも離れてもいませんよ」
    イデアの虹彩が曇りかける。アズールは昨日よりも早々にことを終える予定らしい。
    「ああ、なんだ。はじめからか」
    あいている左手の指で、彼はシーツをめいっぱい握った。
    「ええ」
    アズールの顔が傾き、その表情が見えづらくなる。だから、イデアはアズールの本心を計りかねた。
    「ひとつだけ、わがままをいい?対価はあとで払うから」「聞くだけ聞いてみましょう」
    一つ頷いてアズールは視線を伏せたまま、イデアの言葉を待った。
    「眠るまでは、そばにいて」
    素朴で純粋な頼み事に、アズールは瞬きを繰り返し、数分後に口を開いた。
    「欲のない人だ。どうせだったらもっと」
    「時間は金でしょ?」
    「……ええ」
    一理あると納得して、彼は予定量を採り終えたことを感じて、接続を切った。
    「ぅ」
    「ゆっくり戻します」
    上体を起こしていたイデアがよろけたのに手を添え、ベッドへ戻して布団を掛けなおす。掠れた声でお礼を伝えられて、アズールは複雑そうにした。
    「べつに」
    「アズール氏?」
    「なんですか、その顔」
    「えっ」
    「迷子みたいに、不安そうにして」
    「迷子って」
    「さて、たかが1回で対価をといっても、大したものは要求できませんからね」
    アズールがベッドの端に座り直した拍子に、シングル用のベッドが軋み、イデアの頬が引き攣って赤らむ。
    「あなたはそのへんの雑魚とは違って特別ですから」
    「と、特別って」
    「わかりません?この手も、その頭脳も、魔法と同じだけの価値がある」
    期待を外したけれど、嬉しい評価にイデアの頬の色は変わらない。
    「どうしたんです、いつもより縮こまって」
    「い、いや、まって。なんか無理、ごめん!」
    しかし、そんな心境を知るよしもないアズールはさらに距離を詰めていく。
    「もう寝る!」
    いきなり布団を勢いよく被ったイデアに、アズールはぱちくりと、まばたきをした。
    「ね、寝るから静かにしてて!」
    「はあ」
    曖昧な返事をして、イデアの背中を布団越しにさすると、少しだけ彼の身から緊張が抜けたのが伝わり、アズールは微笑した。
    やがて健やかな寝息が聞こえはじめたところで、彼はイデアの髪を一房すくって頬を寄せた。
    「なんだってしますよ。あなたを縛りつけておけるならね」
    艷やかにたゆたう青火にうっとりと目を細め、彼は恍惚とした。
    オーバーブロット後、イデアが自室に籠もることは容易に予測できたし、自分から遠ざかろうとすることも予測できた。だから、アズールはあらかじめ学園長に取引を持ちかけたのだ。イデアの魔力の制御と、経過観察、オルトのようすの記録をするかわり、彼には自分以外を近付けないでほしいと。学園長はふたつ返事でアズールの条件を飲み、イデアを彼に一任した。
    オーバーブロット直後はとりわけメンタル面が過敏な時期でもある。普段が普段だけに、イデアを刺激しない人物を宛てがうならば、オルトに続いてアズールだろうとも考えていた。だからアズールの提案はまさに渡りに船だったのだ。
    「ずっと、見えないままでいてくださいね」
    ずっと、ずっと、アズール・アーシェングロットという人魚の表面だけを見ていたらいい。心の中の澱に気づかないまま。そうすれば、誠実な彼は、責任感からずっとアズールの傍にいてくれるだろう。
    アズールは腰をあげ、イデアの部屋を出た。
    早くこの密室を抜けなければ、胸から下腹にかけてドロドロと籠もった熱でどうにかなりそうだったのだ。
    「なんてザマだ」
    頭を抱えながら青白い廊下を進み、談話室を通過するとき、ちょうど空きコマだったらしい3人の生徒が彼を呼び止める。
    「アーシェングロット!ちょうどよかった、いま、こないだのやつの不具合がわかって」
    その中には、先日モストロラウンジの厨房で使われている業務用冷凍冷蔵庫の不具合をイデアのかわりに点検しに来た少年がいた。
    「……すみません、疲れているので」
    ラウンジの冷凍冷蔵倉庫は気にかかるも、一時的に学園内の厨房に食材をうつしたり客の人数を制限するなどして手は打ってあるので火急というわけでもなく、イデアから貰い受けた魔力やブロットそれに加え、昇華できない感情でささくれだった気分を落ち着けたかったアズールはいつもの作り笑いも忘れて、相手の言葉を遮ってしまう。
    「そ、そうか」
    「ええ、すみませんね。あとで連絡しますので」
    「わかった。あのさ」
    長い前髪で表情は見えづらいうえ、歯切れのわるい相手に苛立ちをあらわにして胡乱な目を向けた他寮の寮長に、その少年のうしろにいた2人がぎょっとした。
    「なんですか、できれば手短におねがいします」
    「ちゃんと休んでるか?」
    「……は?」
    見当違いの心配を向けられ、アズールは頬を引きつらせた。
    「いや、寮長のことも心配だけど、お前が元気なかったら寮長も心配する」
    「ふ、はははっ!面白い冗談ですね!」
    「え、いや、冗談なんかじゃ」
    額をおさえ、うつむいた友人と、目もとに手を当てて天井を仰いだクラスメイトを振り返り、同意を求めた少年に、アズールの高笑いが最高潮に達する。
    「だったら、どんなによかったでしょう!」
    「どういいうことだ?だってあの人はお前を」
    「あーあー、ご歓談中失礼しやす」
    「ちょーっとすみませんね。こいつに急ぎの用事があったことを今おもいだして」
    「そうですか、では僕も自寮に戻りますので」
    アズールが踵を返した数分後、例の少年は背後の2人に引きずられ、物陰で肩と背中をベシベシと叩かれ、控えめな声で説教を受けることとなった。
    「おいテメェまじでふざけんなよ!寿命が縮むかとおもったわ」
    「ばっか!このヤローっ!」
    「え、え?」
    「いらん世話焼くなよ」
    前髪の長い少年は、2人の説得にしばし沈黙し、数分後に大きくうなずいた。
    「なるほど両片想いか!」
    「気づくの遅いわ!」
    「はー、これだから鈍感は」
    「うそだろ、てっきり付き合ってるとおもってた」
    「いやいや、あの滲み出るぎこちなさ。あれはまだ付き合ってない。今回のガチャに使う予定だった資金かけてもいい」
    「えー……」
    「まあ、とりあえず、こういうのは首突っ込まないのが一番だってコト」
    2人がかりの説得に、ようやく頷いた少年だったが、ふと呟く。
    「時間の問題だろうけどな」
    「だとしても、だ。あのふたりのプライドの高さとかもろもろ踏まえると、背中を押したことによっていろいろな楽しみが失われた~とか言われるのが目に見えるからな」
    「うへ、めんど」
    「めんどいぞ〜。どっちもロマンチストでエゴイストだし」
    と釘を刺されてようやく彼は沈黙した。

    オクタヴィネル。VIPルーム。
    「なんかちがう」
    自室に篭もろうとしたものの、あちらにいるとイデアの事ばかり考えてしまうせいでいまいち気が休まらず、ジェイドに任せていた時間の記録をチェックしつつ、アズールはぬるくなった紅茶をひとくち含んだ。
    眠ろうとして眠れない夜と同じく、考えないようにすればするほどイデアの顔や声を思い出してしまい、彼はあらゆる手段を試した結果にここへたどり着いたのだった。
    まるで逃げているようだ。
    苦く自嘲し、右手に視線を落とす。数分前にはペンを握っていた利き手は、その数十分前は違うものを握っていた。映画や小説で、恋愛で悶々とする主人公にその友人がアドバイスする描写を参考にした行動でもあったが、たかが一発で済むならそれは愛ではなく性欲なのだ。二度三度とかさねて、それでも火照る身を強制的に冷水シャワーで鎮め、入念に身を清めて着替えて。それでもまだ心にのこるものを持て余している
    「恋も愛もしたごころ、か」
    綺麗なだけではない想いは、彼が幼いときに聞いたきらびやかなだけのラブストーリーとはかけ離れていた。
    大切にしたくて、けれどもできないのなら、恋心ごと失くしてしまえたら楽だっただろう。しかし、いままでイデアと過ごした時間を1片でも手放すのはもったいないと考えてしまって、彼はあと一歩を踏みとどまっている。
    「……」
    ここを選んだのにも訳があった。まだ一度もイデアを招いていないのが、このVIPルームだったからだ。
    「っ!」
    どくん、とイデアから吸収した魔力がアズールの神経と隣接した回路を辿って身体を巡る。その流れがたまに詰まる感覚はおそらくブロットのもので、さながら不摂生な者の血流を彷彿とさせる。
    「ぅ」
    カップをさげ、手で口もとを一瞬覆って、不快感が過ぎると彼は笑みを浮かべた。この感触ですら、愛しい人から貰ったものだと思えば、自然と頬を緩めてしまう。
    けれど、イデアのほうはどうだっただろうか?回路を繋ぐときの表情、張り詰めた息。くぐもった声。彼はアズールと繋がった瞬間をどう思っていただろう?身体の毒素が抜けていく爽快感しか感じなかったのだろうか。もし、そこに一抹だけでも特別な感情があったら
    「なんてね」
    希望的観測はしないと決めていたのにぐらつきそうになる気持ちに蓋をして、彼は目をつむる。
    今日も色々なことがあったせいか、疲れが溜まっていた。
    1時間の仮眠を経て、先ほど聞きそびれたラウンジの冷凍冷蔵倉庫について尋ねると、相手はどこか浮足立った声音で詳細を説明してくれた。どうやら冷気を放出するフィルターになぜか水が付着し、それが時間をかけて凝固。さらに、溶け出したという経過を推測したという。
    「僕が点検したときにはなにもなかったので、たぶん何者かがフィルターに水を、魔法か飲料水かは定かではないですけどかけた、もしくは掛けてしまった。さらにそのあと、冷凍冷蔵倉庫のドアがきちんと閉じていなかったため、凝固した水が溶け出したのかと。フィルターに不純物、今回は氷が付着したせいで安全装置が起動し、冷凍庫が停止してしまったのでしょう」
    「なんだか、ミステリーっぽいトリックですね」
    「ああ!言われてみると、ベリとかの凶器が現場から消えるトリックみたいで」
    「しかし、庫内で水が天井近くまで飛ぶというのも不自然ですし、いたずらかカッとなったのかわかりませんが、きっちり絞ることにしましょう。ちなみに、検査はどうやってやったんですか?」
    「初歩的なことさ、あらゆる可能性を潰していって残ったのが真相」
    「こら」
    「ははっ!さすがにアウトか。なんだ、意外と話せるヤツだったんだな」
    「僕だって推理小説くらい嗜みますよ」
    鼻を鳴らしたアズールに、電話の相手が苦笑する。
    「なにも物的証拠が残ってなかったから、庫内を片っ端から調べたんだけど、賞味期限切れのが隠すように置いてあったぞ」
    「なるほど、たしかあの日、冷凍ものを補充したのは……ありがとうございます。おかげで早く特定できました」
    「いや、じゃあ報酬はあとで」
    『ねえ』
    と、会話に割り込んできた声にアズールの胸がざわめく。
    「りょ、りょうちょ」
    トントン拍子で進んでいた会話がとまり、向こうでイデアが例の少年に詰問されているようすが聞こえた。
    「イデアさん、そんなにキツく尋ねなくても」
    『は?うちの子が君に騙されてないか聞いただけなんですが』
    「騙すって」
    ムッとする言い回しながら、過去のこともあって二の句を継げないアズール。
    『もういいの?』
    「なにがです?」
    『なにがって、僕から吸ったブロットとか』
    「ああ、どうってことないですよ。意外と親和性が高かったのか、変に引きずったりもなく」
    ほっと息をつく気配に、アズールは瞬きを繰り返す。
    「あの」
    『あしたは、いつ来る?』
    なんだそれは。まるで待っているかのような質問に、アズールは目頭を抑えた。
    「あしたは、夕方に行こうかと。当分は部活をお休みして、ラウンジに顔を出してからそっちへ行こうと考えていまして」
    『なんで?部活、好きだったんじゃないの?』
    「部活も好きですよ。ただ、あなたもオルトさんもいないと味気なくて」
    『そ、え、オルトそっちに行かせようか?』
    「いいえ。たしか明日はトレイン先生に資料室の整理を頼まれていたと言っていましたから」
    『あ、うん』
    「イデアさん?」
    「って、長電話するなら自分のですればいいでしょ!?」
    『あ』
    「ふふ、ごもっともで」
    『じゃ、じゃあ明日』
    「ええ、また明日」
    電話を切って、アズールはソファへ身を沈める。
    「わかってるんですかね、あのおニブさん」
    魔力を吸うという行為は、吸われる側が相手に身を委ねている状況に等しい。善悪の区別はもとより、相手を信頼していなければ抵抗感があるはず。しかし、イデアは2回ともアズールにすべて任せっきりで言葉上ですら無抵抗だった。
    「僕がわるい男だったら、大変だったんですよ?
    もう繋がっていないスマホのマイク部へ優しい笑みを向け、アズールは嘯いた。
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