星空を切り裂いて、エメラルドの剣が空を舞う。
一般人はよりつかないような治安の悪い裏路地は金属が衝突する甲高い音と発砲音、そして火薬のにおいで満たされていた。
手に持った自身の剣と自在に舞う剣拓で戦う青年の姿を、少年はじっと見ていた。少年にとっては一番参考になる戦い方だ。真似できる部分は積極的に学んでいきたい。とはいえ、青年が戦うときはすぐに決着がついてしまうので、あまり見て学ぶ隙がない。
地面に這うマフィアの男たちを眺めながら、少年はもうちょっと根性ほしいなあなどと思っていた。かろうじて胸が上下しているので、死んではいないようだ。青年は少年の前で殺しをやることはない。ひとりで勝手に出かけているときは分からないが。
「こんなことにもいちいちついてくるなんて、おまえも暇だね」
「アルコルがおとなしく俺に稽古つけてくれるなら、俺も宿でおとなしくしててもいいんだけどね、別にね」
なぜか青年は少年に稽古をつけるのを嫌がる。そのため、戦っているところを見るのが合法的に技を盗めるわけだ。青年は新しい街につくと、夜な夜な闇討ちにいくので、それについていくのが一番効率がいいというわけだ。
青年は少年の言葉を聞いて、とても微妙そうな表情を浮かべた。
こういうことをしているの見られるのを嫌がっているが、それにしてはついてくるのを止めないのも謎だった。
「俺の真似をしてもいいことないよ」
「そんなことないと思うけど」
「あのねえ……」
「いいことだと思うよ、俺は。危険の芽を事前につんでおくってことだろ? いいことだと思う」
おまえはなんにも分かっていないと言いそうな青年に、少年は自分の言葉をかぶせて打ち切った。青年は虚をつかれて、そのまま苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「やめておきなよ、ろくな死に方しないよ」
「それ言うとアルコルもろくな死に方しないのにやってるよ」
「それは、まあ、そうなるけど、俺はいいんだよ。もう俺は選んでるから」
それ以上の追及をさけるように強く言われて、少年はむっと頬をふくらませた。
「……。分かった、じゃあ俺も選んだから、今」
「ちょっと」
「世界が平和になるほうがいいってのはずっと思ってるもんね」
今選んだとわざわざ言ったのはあてつけだ。いつも自分ばかり振り回されている気がして、多少やり返したくなっただけだった。
本当はずっと前に、とっくのとうに選んでいた。
ただ青年が保護者ぶって、少年を早すぎる決断を遠ざけようとしているから、少年もあえて触れてこなかっただけだ。
「まあ、そうなるか、お前だものね。はぁ、もう、好きにしなよ。……願いがかなうといいね」
長い沈黙のあと、青年はそういった。
最後にちいさくこぼされた言葉を少年はきちんと拾い上げた。
真摯な祝福であると少年は受け取った。
にもかかわらず、青年の星海のような瞳にたゆたうのは深い深い諦念と絶望にも似た闇であった。
「あー、おなかすいた。なんか買って宿帰ろうよ」
「別にいいけど……もう遅いんだし、甘いものは買わないからね」
「えー! はんぶんこしようよ」
「…………まあ、ちょっとだけなら……」
いささか重苦しくなった雰囲気を変えるために、ことさら明るくふるまうと青年もそれに乗った。
青年に出会わなくても、世界のためにすべきことをやろうとは思っていたのだ。
それがこんな風に、考え方も価値観も似通っている相手と出会えたのだから、これ以上の幸運は望めまい。
ふたりでならなんでも出来る気がしたし、なすべきをなして、ふたりそろってろくな死に方をしないのなら悪くない結末だと思った。
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自分を指針になどしてほしくなかった。
保護者のまねごとなんてしたのは、ただの気まぐれだ。いつかの自分や別の可能性をたどった自分のことがちらりと脳裡をよぎりはしたけれど。
結局同じだ。この道を選ぶだろうとは思っていたが。
自分自身も同じ道を選ぶだろうという納得。この身の信念は多少ぬるま湯につかった程度ではゆらがないことに対する安堵。しかしそれと同時に見えた破滅にむかう子供を哀れにおもう心もあった。
せめてこの二人旅を続けよう、いずれ破綻する、その時まで。