膝枕ふに、ふに……
ほど良い弾力だった。
手に引かれるまま横向きに寝転がってすぐ頭を置くところとして定めたそれは、ジョーカーの頬を受け止め跳ね返す。反動が強かったのだろう、ぺちんと頬をはたかれハッとしたジョーカーが恐る恐る頬を離し、また近づくとそれは今度はやわくジョーカーを受け止めた。
「なにこれやわらけえええ〜〜……」
声すら頬から下へと吸い取られるかのようだ。体は既に陥落し、顔がだらしなく緩む。
そんなグズグズになったジョーカーを、彼の弟子のハチが得意そうな顔で見下ろしていた。何を隠そう、ジョーカーが枕にしているそれは、ハチのふとももなのだ。
『ハチはいつまで経ってもお子ちゃま体型だなぁ』
ことの始まりは、ジョーカーのそんな心ない一言だった。
ふたりが出会ってから数年が過ぎたがハチの成長期はいまだに訪れず、ハチは抱えやすいサイズのままだった。
ジョーカーからすれば弟子としてジョーカーに継ぐミラクルメーカーへと順調に成長しているハチだ。成長のスピードはともかく、ジョーカーの思考を読んだり、トリックを自ら考え状況を打破しようとしたりと、着実に変化を遂げている姿は誇らしくもあり、さみしくもある。だからこそハチの肉体の変化のなさは、ジョーカーにとって便利7割、嬉しさが3割であり、その複雑な心がひと言に表れてしまった。
しかしハチもそんな屈折したジョーカーの愛を数年受けてきた身だ。ひどいっスよ! の言葉は嘆きではなく、抗議としてジョーカーに届けられた。
『見た目は子どもかもしれないけど、オイラ、筋肉はすごいんスから!』
確かめてみてください!
そう言って、ハチはジョーカーの頭を傾け自身のふとももに乗せさせた、というわけ。
「どうっスか、オイラの筋肉は! すごいでしょ!」
「いや筋肉ではないだろ。でもすごい…きもちいぃ〜〜……」
気持ちのいい湯に浸かった時の声が、声帯よりもっと奥から出てくる。
実際忍の末裔として忍術学園で学んだハチは身体能力は折り紙付きで、年に見合わない怪力だって持っている。大腿筋が鍛えられているのも当然、また、力を入れていない時の筋肉はやわらかいものだが、ジョーカーは頑なに認めない。
「落としますよ」
ハチがじっとりと目を向けてようやく、ジョーカーは慌てたようだった。
「やだ!! 落ちる時はお前のふともももいっしょだからな!」
「どんだけ気に入ってるんスか」
まるで子どものような駄々をこねるジョーカーに、ハチも気が抜けて少し笑ってしまう。思わず弟妹たちにするように、真下の柔らかな髪を掬ってはさらさらと流せば、もっとと言わんばかりにハチの手のひらへぐりぐりと頭がねだってくる。
「まったく、ジョーカーさんは仕方ないっスねえ」
ジョーカーと過ごしたこの数年間はあまりに濃くて、まるで何十年とジョーカーと過ごしたような気がする。だからハチには、ジョーカーの頑固さの裏にある不安も、さみしさもお見通しだった。
(そんなにこわがることないのに)
言葉にするとジョーカーは怯えてしまうので、かわりにハチはくふくふと笑った。ハチがどんなに成長して変わっていっても、こうしてジョーカーと共に過ごす時間は変わらない。だって、ここがハチの家で、帰る場所だ。
結局ジョーカーは筋肉と認めなかったし、ハチはそれを笑みと共に許したのだった。