Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    shi_ho_do_

    @shi_ho_do_

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    shi_ho_do_

    ☆quiet follow

    マイ武道前提モブ武
    フラッグシップの恋だった【後編②】

    #マイ武
    #モブ武
    mobWarrior
    ##フラッグシップの恋だった

    フラッグシップの恋だった【後編②】「それはキミにあげた物だ。いらないなら捨ててくれて構わない」
     それ、とは武道には分不相応な腕時計のことを指す。
    「さすがに捨てはしません……。昴さん的には、オレが持ってるのってイヤじゃないですか……?」
    「どうして?」
    「どうしてって……それは、だって……」

    『二度と現れるな』と言わしめた相手が、いつまでもこれを持っていることに嫌悪感はないのだろうか。

     軽い気持ちで調べたことがある。
     七海は高価な物ではないと言っていたが、どう見ても安物ではないそれに、マナー違反かもしれないが刻まれたロゴをこっそり検索エンジンにかけてみた。
     桁を見間違えているのかと、何度も拳で瞼を擦った。
     そうして再度見開いた両目で商品ページを睨みつけるが、一介の高校生はおろか、社会人だって果たしてどれ程の人間がこの値段の時計を所持しているだろう。
     価格が青天井の代物に上を見れば切りがないが、それでも未来でそこそこ出回り始めたガジェットの類ではなく、これは正にステータスを示すものだった。

     そうとも知らずそれを付けて何度か彼の家へ遊びにも行っている。男もそれを嬉しそうに見ていた。
     丁寧には使っていたつもりだが、それでもこれがどういう物かを教えてくれていればもっと扱いが変わっていたことも確かだった。

     身の丈に合わない高級品に、百歩譲って以前の関係ならいざ知らず、今の自分がこれを持つことが酷く憚られ、以来ずっと後ろめたさを覚えていたのだ。

    「俺はそれを受け取らない。武道の好きにしてくれていい」
    「……」
    「ただ、腕時計というのはしまっておいたり飾っておくための物じゃない。もし捨てることに抵抗があるようなら、使ってやった方がその時計のためではある」
    「……」
    「売るならそれはそれで構わないが」
    「……売りません」

    ────売れないよ。

     値段に関係なく、こんなにたくさんの思い出が詰まった、男からの贈り物を。
     武道は頑なに拒否する彼を説得させるのをひとまず諦め、次の話題を切り出すことにした。
     話す順番は予め決めてある。連絡の付かなかった持て余すほどの長い時間を使って、その道筋を立てていた。

     小箱を鞄に戻し、代わりに封筒を手に取りそれを差し出す。
    「こっちは受け取って下さい。オレはウリをしたつもりはないです」
     見ずともそれが何かを察した男はこちらに向きもしない。
    「じゃあ迷惑料として取っておいてくれ。それも不満なら示談金。慰謝料。和解金。何でもいい。納得する名目で受け取ってくれ」
    「できません」
     座席の間のコンソールボックスに無理矢理ねじ込む。
    「……この件については俺からも言いたいことがある。車を停めたら話そう」
     不安を掻き立てられる響きを残し、男は運転に集中した。

     そこから会話は途切れ、車は次第にイルミネーションをフロントガラスに流し始めた。
    「……」
     海とは聞いていたがまさかここだとは思わず、目を瞠る素晴らしい景観に武道は心をときめかせることもなく、車はその景色を一望できる位置取りの駐車場でゲートバーをくぐった。





     豪華客船が一隻、それにレインボーブリッジの照明が夜の水面をきらびやかに飾る。
     梅雨真っ只中の六月中旬、珍しく気持ちよく晴れた日の車内で二人はそれを眺めた。

     蒸し暑い夜だった。

     それでもエアコンのお陰で不快さはなく、整った空調に流れる気まずい沈黙の時間だけがただ刻々と過ぎていく。大きな吊り橋のケーブルイルミネーションは、いつの間にか白から緑へと装いを変えていた。

     冷却にコンプレッサーが忙しなく回り、エンジンがひときわ大きく唸り声を上げた時だった。
     アイドリング中の車内が雑音にかき回される中、男がハンドルに手を乗せたまま重そうに口を開く。
    「俺が話をする前に、武道からは他にないかい?」
    「……」
     神妙な眼差しに胸が捩れそうになる。ここに着くまでに何度か視線を合わせてきたが、何故だかとても久し振りにそのヘーゼルに見つめられた気がした。
     言いたいことは山ほどある。何度もイメトレしてきたのに、しかしそんなことは本人を前に何の意味もなさなかった。

    「……ごめんなさい」

     突いて出た謝罪の言葉は、口にしてみてそれが酷く陳腐なものだと思い知る。
     この状況で今更そんな台詞に何の効果もなく、その割に過ぎたる思いを込めすぎた。散々迷惑をかけたこと、不快な思いをさせてしまったことへの詫びの気持ちを、たった六文字に託すには荷が重い。
    「……それは、何に対しての謝罪だい?」
     上目でこちらを覗き込んでくる七海の表情もまた硬い。男は武道の曖昧さを聞き流さなかった。ともすれば軽薄とも取れる武道の尻窄みの言葉を、今までの彼なら言及してくることもなかっただろう。

    ────けれど自分たちはその些細な心情のあり方を、少しずつ掘り下げながら齟齬をなくそうとしている。

     今はそういう作業の時で、一つずつ丁寧に解きほぐしていかなければならないとわかっていても、男の反応が武道にとって切なさをもたらす事に変わりはなかった。
     もしかしたらこれは歩み寄りですらないのかもしれない。誤解を解いた先の二人の距離が必ずしも縮まっているとは限らない。それでも……。

     気丈に振る舞うとまではいかないが、ようやく漕ぎ着けたチャンスにせめて目的はきちんと果たそうと、武道は決意を胸に新たにする。
    「あのとき迷惑をかけちゃったこと。それと、出会わなきゃよかったって言ったこと……」
     どちらかと言えば後悔の気持ちは後者が大きい。酷い罵声に、何度無かったことにできたらと願いながら過ごしてきたか。少なくとも本人に“本音”をぶつけるべきではなかった。

     しかし初めからこの期に及んでの謝罪に価値を見出していない七海は、これらのことはどうでもよかった。そう思えるほどの晴れない表情に、寄せた眉の溝は深い。
     そして男はそのまま核心に触れた。

    「────キミは俺と、どういう関係を望んでいる?」

     きちんと、明確に、食い違いが起きないよう、一切の不明瞭を排除して男は言った。
     それにドクンとひときわ大きく脈が打つのに、武道は平衡感覚をなくす。ドクドクと身を揺らすほどの振動は、毛細血管をも突き破って血潮が噴き出すような激しい動揺の現れだった。
     額には汗が滲み、それに気付くと掌はもっと濡れていることを固く握り締めた拳に知る。
     それらを拭いもせず、表情を極力隠さず、武道は強張る口で言った。

    「オレは……昴さんと、友達になりたいです……」

     伝えたい想いが数ある中で真っ先に出たのは、今はもう失ってしまった以前の関係性への未練。
     緊張でついには汗が脇腹を伝う。拳はこれ以上震えないよう、爪が食い込むまで強く握り締めていた。
    ────犯した過ちは一度だけ。
     今ならまだ戻れると一縷の望みにかけながら、しかしそれが絶望的であることも、武道はまたよく知っていた。こういう願いというものは、大抵叶わないようにできているのだ。
     案の定、優しく笑った男ははっきりと言い切った。

    「それは無理だ」

    「……」
     ついでに祈りを込めていた両手は短い役目を終え、ゆるりと開かれたその掌はジクジクとした痛みだけが残った。
     七海にできないと断言されるのはこれまで過ごしてきた中で一度もない。正真正銘、これが初めてだ。
     そんな男が『無理』と言う時、それは本当に無理なのだろうなと諦めの境地に立たされる程度に、彼の言葉には重みがあった。
     あらゆる説得が無駄な抵抗だと試す前からひしひしと感じ、しかしだからと言って何もせずただ絶望に時間を割くには、ここでもやはり武道は諦めが悪かった。
    「……それでもオレは、友達になりたいです」
     長所でもあり、短所であるということは自覚している。自分のそんなところを、七海はどちらで認識していただろうか。以前に何かを言っていたような気もするが、目の前の男は今はそれにただ困ったように笑うと、助手席のヘッドレストに手をついた。
    「っ……!!」
     次いでグッと迫られ、退路のない状態で顎を掬われ息がつかえる。────呼吸がままならないのは、胸がこんなにも苦しいのは、この男の存在全てがそうさせた。
     真上から見下してくる七海の琥珀が武道の蒼を、そして反射で持ち上げていた腕の抵抗の兆しを封じ込む。
    「俺の話をしよう。俺もずっとキミに謝りたいと思っていた。……すまなかった。いくら腹を立てていたからと言って武道にああいうことをするべきじゃなかった。他にいくらでもやりようはあった」
     そうして最後に再び重ねた陳謝に、武道は先程の自分の謝罪が本当に何の意味もなさなかったのだと深く実感した。

     目の前の男の言葉になに一つ、感情が動かされなかったからだ。

     怒りも喜びも悲しみも、何も生まれない。むしろ僅かに残っていた情緒さえ掠め取られていくような、そんな虚しさが広がる。
     彼から聞きたいのはそんな陳腐な言葉じゃない。謝罪なんかいらない。簡単にナンパに乗った軽はずみな行動だって、もっと責め立ててくれてもよかった。

     その方がよほど────よほど七海の素の感情に近い気がするから。

     キラキラと飾り立てられた完璧な男なんかでなくていい。もっとドロドロとした現実を、表からは隠されたその昏い根底に触れたくて、武道の心はそればかりを渇望しているというのに────。
     しかし七海は躰を繋げたあの夜と打って変わって、本心に固く蓋をしているようだった。酔って微睡んでいた時の隙はどこにもなく、感情を剥き出しに胎内を暴き倒した灼熱も鳴りを潜め、当たり障りのない万人向けの顔しかそこにはなかった。それはドラケンや八戒らを前にした時と同じで、自分の立ち位置が今はあちら側であることを如実に示している。
     その事実に、どことも言えない腹の奥が、土嚢を幾つも積んだように重く沈む。

     ここで身を離した男は、一人平然とした顔で続けた。
    「それとさっきの話に戻ろう。俺が報酬を受け取れば、それでまたキミを抱くことになるが」
    「……」
     いつか語った、愛がなくても抱けるという話を彷彿とさせる。
    「でも、それではキミが困るんだろう?」
    「……」
     黙って頷けば、男が柔和な笑みを浮かべ、まるで先程の台詞が枕詞であるかのように次にくる語句は決まっていたのだろう。

    「だったらそれを受け取って、もうこれで終わりにしよう」

     聞き分けのない子供を諭すような声だった。
     対等な関係と勘違いしていたのは、男の配慮からそう錯覚していたに過ぎない。その温情を取り払ってしまえば、自分たちの間に何が残るのかを言い当てることは、今の武道には難しかった。




    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☕❤👏💕🙏🙏💴💴💘💖❤❤😭❤❤❤❤❤❤❤💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💘❤😍😭😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works