「今日の飯はオレが作る」
なんの前触れもなく突如そんなことを言った乾に、黒川は今こそ口に入れようとした大福をカーペットの上に無惨にも落としてしまう。
「は?なんて?」
乾と黒川が1LDKの家に一緒に暮らし始めて2ヶ月が経とうとしている。
二人とも今まで家事などをしたこともほとんどないが掃除や洗濯は覚えようとしなくても出来るものだし、食事は買ったり今は便利な配達もあるのでそれを使うことが多かった。
たまに作ることになっても乾は戦力外として食器などを出してもらうばかりで黒川が作っていたし、前に鍋で煮込んでいるカレーを見とけと言えば本当にただ立って見ているだけの姿を忘れることはないだろう。
そんな乾が突然、何を思ったのか飯を作ると。
大福を落とすのも聞き返すのも仕方のないことだろう。
「今日は、オレが、飯を作る」
「聞こえなかったんじゃねぇんだよ!!!!」
そして聞き返したところでこうして返ってくるのも乾だから仕方のないことだった。
じゃあなんで聞き返したんだ?なんて思ってそうな顔で首を傾げる乾に、こんなことで怒ってたんじゃこいつと付き合うなんて出来ないことを思い出して、黒川は深く呼吸をすると子供と話すようにゆっくりと口を開く。
「なんで急に作るとか言い出したんだ?」
「作ろうと思ったから」
「なんで作ろうと思った?」
「なんとなく」
「…作れると思ったのか?」
「………」
どうやら本当に何の前触れもなく突然作ろうと思って口にしたらしい。
作ろうと思った理由もないし作れると言う自信も根拠もない。
「はぁ……」
「何か作れるだろ」
「…じゃあ、チャーハン」
数日前に鍋をしたので余った材料がいくらか残っていたはずだ。
使うだろうと冷蔵庫に入れたまま、どうせ一週間くらいしたら結局使わなかったと言って捨てられる運命の野菜や肉をどうせなら使ってもらおう。
適当に切ってご飯と炒めればそれなりのものは出来るから簡単だろうと一呼吸の間で考えた黒川が言えば乾は少し考えた後、いつもの真顔で親指を立てた。
「任せとけ」
不安しかない。
結果から言えば悲惨だった。
乾一人だけをキッチンに立たせると何をするか分からないし、最悪の場合血塗れになる可能性さえあったので隣に立って見ることにした黒川は、炒飯が完成する頃には疲れていた。
野菜は冷蔵庫から出してそのまま切ろうとするので、まず洗って皮を剥くところから教えなければいけない。何故だ。お前は先日オレが鍋の準備しているのを見ていたんじゃなかったのか。
ピーラーで剥くし簡単だろうと思ったが力加減が下手なのか腕の皮まで剥きそうなほど勢いが良く、人参に関してはどこまでが皮なのか分からず一人でさせていたら食べるところがなくなるところだった。
洗って皮を剥いた野菜はまな板の上に並べ、包丁を持つ乾は今から殺人でも犯そうとしているのかという気迫だった。
ただの野菜相手になんて顔してんだと呆れつつ、ここを成功すればあとはどうにでもなると思った黒川は包丁の持ち方から教えることとなった。
鍋と炒飯って結構具材違うんだな。と思いつつ大根や水菜までなんとか切り終えたまな板の上を見る黒川に次に乾が告げたのは「飯がない」だった。